国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国における家族・民族・国家のディスコース(2012.4-2015.3)

研究期間:2012.4-2015.3 / 研究領域:包摂と自律の人間学 代表者 韓敏

研究プロジェクト一覧

研究の目的

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中国において、家・家族・国・民族・国家などの概念は、複合的社会関係を生み出す仕組みとして機能してきた。また、中国の歴史を貫き、社会構造の連続性と非連続性を作りだす重要な要素でもある。これらの概念は、歴史において中国人が自ら形成したものもあれば、外部から導入され、制度化されたものもある。王朝体制から共和制、社会主義国家へ、農耕社会から工業化、都市化社会への移行の中、上記の概念は複数の主体によってさまざまな状態に応じて構築されている。グローバル化が進む近年、上記の概念ならびに制度は開発、福祉、移動、観光、文化遺産などにおいて、人びとの関係や行動パターンを規制するディスコースとして再編される局面をむかえている。

本研究の目的は、日本、中国、韓国、アメリカの中国研究者による国際共同研究を通して、中国の国民国家の成立と社会主義政権の誕生以降の家族・民族・国家の概念およびその動態を民族誌的に検討をするところにある。

 
研究の内容

中国の歴史のなかで育まれてきた家・族・国などの概念および制度が、近代以降いかに人びとの関係や行動を規制する新たなディスコースとして再構築されてきたのか、そのプロセスおよび実態を検討するのがこのプロジェクトの目的である。具体的には、以下の三つの視点から取り組む。

  1. 個人・家族の視点
    これまでの系譜・規範を中心とする親族研究を踏まえたうえで、近代の西洋-東洋、社会主義ソ連―中国との関係性の中で家族ディスコースの動態を民族誌的に考察する。その際、家族ディスコースを作りだす主体と実践する人々に注目し、血縁、祖先、族譜、儒教、「生・熟」(人間関係の遠近)などと関連して、民衆の生活実践と語りを通して、中国人の自己構造、死者追悼のあり方、移動、社会福祉を含む家族の動態を検討する。また、東アジアや海外の華人・華僑との比較を通して、中国の家族の特質を明らかにする。
  2. 民族の視点
    中国の華夷秩序を踏まえたうえで、民族ディスコースが国民国家、都市化、文化産業化の文脈においていかに形成され、機能してきたかを考察する。具体的に言語、信仰、芸能、文化遺産、観光、移動などの側面から、民族ディスコースを構築する側、応用される側、研究する側などを総括的に研究する。
  3. 国家の視点
    中国における国家と社会、国家と文明の関係がいかに維持されてきたかに注目し、中華文明、近代の西洋文明と社会主義的文明観との連続性と非連続性について、年中行事、冠婚葬祭、観光、文化産業化などの側面から考察し、国家ディスコースの機能と動態を明らかにする。

上記のように本研究はこれまで国立民族学博物館で行われてきた共同研究および機関研究の蓄積を生かし、国際共同研究を通して、中国の家族、民族、国家ディスコースを検討することにより、「包摂と自律の人間学」に関する理論的モデルを中国研究の側から提示するものである。

2014年度成果
◇ 今年度の研究実施状況
  1. 国際シンポの実施
    2014年11月22日(土)・23日(日)国際シンポジウム「中国の文化の持続と変化――グローバル化の下の家族・民族・国家」(Continuity and Change of Chinese Culture:Family, Ethnicity and State under Globalization)を民博で実施した。
  2. 機関研究の成果刊行
    2012年度に開催された機関研究・国際シンポジウム「中国の社会と民族――人類学的枠組みと事例研究」の成果をまとめ、2014年11月に中国語論文集『中国社会的家族・民族・国家的話語及其動態――東亜人類学者的理论探索』 (Senri Ethnological Studies 90)を刊行した。
◇ 研究成果の概要(研究目的の達成)
  1. 中国社会科学院民族学・人類学研究所などと連携して、中国、台湾、香港、韓国、アメリカ海外から13名の研究者を招き、機関研究の3回目の国際シンポジウムを開催した。一日目は70名、二日目は61名、合計131名の方が参加した。本企画は、これまでの成果と蓄積を活かし、歴史の視点から、中国の家族、民族、国家のディスコースとその動態を分析し、文化の持続と変化のメカニズムを考察した。また、中国本土に限らず、華人社会、カナダ、ロシア、韓国、日本などとの比較を通し、実体論的な見方というより、関係論の視野から、ディスコースがいかに交差して生成されて、人びとの生き方やアイデンティティに影響を与えているかを明らかにした。
  2. 中国語論文集『中国社会的家族・民族・国家的話語及其動態――東亜人類学者的理论探索』 (Senri Ethnological Studies 90)は、東アジアの視点から家族・民族・国家に関する機関研究の最新成果を世界に発信した。

本書は、14名の人類学者と歴史学者によって執筆され、(1)家族・民族・国家と生/熟のディスコース、(2)国家枠組みの中の文化遺産とその資源化(3)歴史の視点からみる民族とその文化の構築の三つの部分によって構成されている。
第1部は中国社会の基本的な概念である家族を東アジアの中で比較し、ディスコースや制度としての中国の家族と東アジアの諸社会との類似性を提示した(末成道男)。また、「民族」構築の理論的系譜を旧ソ連およびヨーロッパの国民国家のモデルまでもさかのぼり、中国の国家レベルの民族のディスコースのもつ連続性を明らかにした(翁乃群)。一方、国家と社会の対立関係を前提とする欧米の主流である抵抗論とは違って、中国の国家と社会の関係性において、両者間の共謀、競合と妥協の側面がむしろ多く観察されていることがわかった(金光億)。近年、国境を超えた宗族のネットワークの形成、祖先崇拝や族譜編集などの復興などは、民間と国家の共謀によるものであることが事例として上げられている。
また、レヴィ=ストロースの構造主義人類学の「生のもの/火を通しているもの」の二分法をふまえた上で、漢族社会において、「生/熟」という二項対立のカテゴリーが食べ物からエスニックグループ、個人中心とした人間関係の作り方、人間の成長過程まで徹底されており、特にそれによる異民族への分類が、中国歴史上における複雑な民族間関係に計り知れない影響を与えたことが指摘された(周星)。
第2部においては、ディスコース構築の諸主体とその構築プロセスに着目することにより、民族のディスコースが観光開発、アイデンティティの確立、建築や衣装の創出に活用される文化資源に転化したことを明らかにした(塚田誠之、色音、河合洋尚、宮脇千絵)。アカデミックのディスコースが行政や経済的枠組みに組み入れたら場合、本来多様で、流動的、包括的な文化現象を一律化、固定化あるいは分割してしまう傾向がある。また、構築されたディスコースは、時間と空間を越えて、影響力をもち続けたり、変えられたりすることもある。たとえば国家のコンテキストの中で、「迷信」のディスコースで語られてきた満州族の民間信仰の「焼香」とダフール族の「ワミナ儀礼」は、文化遺産ブームが高まる近年に、シャーマン文化のもつ国際性、観光資源としての価値が認められ、政府や知識人により「文化遺産」のディスコースに置き換えられた(劉正愛、呉鳳玲)。
第3部は、漢方薬の老舗や国際移民が、20世紀において社会主義の国民国家と地方行政の管理の枠組に組み入れられた過程(張継焦、李海燕)、都市開発におけるエスニック空間や歴史事件に関する複数の主体による異なるディスコース構築のメカニズム(今中崇文、田村和彦)を分析した。
東アジアの諸社会は、異なる近代化の道を歩んできたが、共通の文字と倫理基盤を共有してきた東アジアの人類学者には、問題意識と研究方法において多くの共通点が見られる。本書で見られたような家族に関する東アジアのモデル比較、人類学と歴史学の結合、ディスコースの構築をめぐる国家と社会の間の多様で柔軟な関係性のとらえ方は、東アジアの中国研究の特徴として発見されたと言える。これらは今後のさらなる国際共同研究の基礎となろう。

◇ 機関研究に関連した成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
2013年度成果
◇ 今年度の研究実施状況

今年度は予定通りに二つの企画を実施した。

  1. 準備会合の実施
    2013年6月29日(土)13:30~18:00、大演習室にて機関プロジェクトメンバーと国外研究者、若手のオブザーバーが集まり、代表の韓敏が25年度の本機関研究プロジェクトの予定、11月開催予定の国際シンポの趣旨、問題意識および構成について、説明をおこなった。その後、各メンバーが今年度において個別研究の展開の方向性を報告し、今年度の予定と国際シンポについて打合せ等をおこなった。また、機関研究の海外協力メンバーであるカリフォルニア大学ロサンゼルス校人類学部のYan Yunxiang教授が、「現代中国社会における個人と個人化の過程(The Individual and Individualization Process in Contemporary Chinese Society)」について報告した。
  2. 国際シンポの実施
    2013年11月18日(月)~19日(火)、中国北京、中国社会科学院民族学・人類学研究所第1会議室において、国際シンポジウム「中日の人類学・民族学の理論的刷新とフィールドワークの展開」を、中国社会科学院民族学・人類学研究所と共催した。
◇ 研究成果の概要(研究目的の達成)
  1. 2013年6月29日民博で開催された機関研究の準備会合において、国内のメンバーが集まり、本年度の研究計画と問題意識の共有、ならびに研究の役割分担の明確化が行われた。また、社会の個人化や公共性など普遍的な課題について、プロジェクトの国内メンバーと海外のメンバーとの意見交換を行うことにより、広い視野で国際的共同研究を展開することができ、本機関研究の今後の新しい展開の一助となった。
  2. 2013年11月18日~19日2日間にわたり北京で開催された本国際シンポジウムには、民博からは、5名(塚田・横山・佐々木・韓・河合)、日本の9つの大学(東北大学、国学院大学、東京理科大学、東洋大学、神戸市外国語大学、日本大学、福岡大学、愛知大学、神戸大学)から9名の研究者、14名が出席し、全員発表を行った。中国側は、中国社会科学院民族学・人類学研究所のほかに、中央民族大学、清華大学、北京大学、中国人民大学、中山大学、云南財経大学、四川大学、貴州民族大学、蘭州大学、南開大学等から38名の研究者が参加し、研究発表を行った。一日目は52名、二日目は57名、両日合計109名が参加した。

両日にわたって参加者たちは、家族・民族・国家に焦点をあてた最新の研究動向とそれらに関する理論的枠組みの構築を試みながら、フィールド調査の方法、倫理、民族誌の書き方なども議論した。また、ロシア、イギリス、日本、韓国、ベトナム、ラオスとの比較を留意しながら、世界各地の人類学的調査の動向を視野に入れて、活発な議論を展開した。同時に中国を含むアジアにおける人類学の研究連携とそのネットワークを強化し、アジアおよび世界の人類学・民族学研究状況に対する本館のプレゼンスを示すことができた。
現在、中国社会科学院民族学・人類学研究所のプロジェクトリーダーは、上記の国際シンポの論文集を出版するための助成金を獲得して、中国での出版準備をすすめている。

◇ 機関研究に関連した成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

出版

2012年度成果
◇ 今年度の研究実施状況

今年度は予定通りに二つの企画を実施した。

  1. 準備会合の実施
    2012年5月19日民博で開催された機関研究の初回研究会において、国内のメンバーが集まり、代表の韓敏が本機関研究プロジェクトの趣旨、問題意識および方法論について、説明をおこなった後、各メンバーが趣旨に沿って今後どのように個別の研究を展開していく予定であるかを報告した。
    機関研究のメンバー、鄧暁華・客員教授から「世界文化遺産客家土楼からみる家族と国家のインタラクションと競合」の発表があり、メンバーおよび若手のオブザーバー、約30名が議論・検討をおこなった。
    また平成24年度11月に計画している国際シンポジウム「中国における家族・民族・国家のディスコース」の内容と形式について議論した。
  2. 国際シンポの実施
    平成24年11月24日(土)~11月25日(日)日本文化人類学会の後援を得て、中国社会科学院民族学・人類学研究所と韓国のソウル大学から研究者を招き、国際シンポジウム「中国の社会と民族――人類学的枠組みと事例研究」を、国立民族学博物館の第4セミナー室で開催した。
◇ 研究成果の概要(研究目的の達成)
  1. 2012年5月19日民博で開催された機関研究の初回研究会において、国内のメンバーが集まり、本企画の問題意識の共有、ならびに研究の役割分担の明確化が行われた。各メンバーがどのように研究を進めていくかについて認識や展望を交換でき、各自の方向性を確認することができた。またプロジェクトメンバーと若手のオブザーバーとの意見交換の機会を持つことができ、本機関研究の今後の新しい展開の一助となった。
  2. 平成24年11月24日(土)~11月25日(日)2日間にわたり開催された本国際シンポジウムでは、中国、韓国および日本各地から幅広い年齢層の参加者(94名)が集り、家族・民族・国家の概念やその動態を扱う人類学的な方法について、理論的な枠組みを検討し、再構築を図った。さらに、民族に焦点を当て、華夷秩序、近代国家、社会主義国家における民族の生成、もしくはグローバル化における民族文化の再構築について、各地の事例を通して検討を重ねた。

本国際シンポの開催において、中国の社会関係に関する主要な概念である家、民族、国について、歴史的かつ民族誌的な視点から研究をおこない、さらに日本・ソ連・西洋との比較を通してより広い視野で国家と社会、民族とエスニシティという普遍的な課題について国際共同研究を展開することができた。同時に中国およびアジアにおける人類学の研究連携とそのネットワークを強化し、アジアおよび世界の人類学・民族学研究状況に対する本館のプレゼンスを示すことができた。 現在、シンポの参加者が口頭で発表したものを論文にまとめている段階である。25年度中に、国立民族学博物館のSenri Ethnological Studiesの1冊として中国語で研究成果を出版するために準備している。

◇ 機関研究に関連した成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

出版 韓敏

  • 2012「家族・民族・国家のディスコース―社会の連続性と非連続性を作りだす仕組み」『民博通信』137: 08-09
  • 2012「国際シンポジウム 中国の社会と民族――人類学的枠組みと事例研究」『民博通信』139:31

国際シンポジウム

  • 中国の社会と民族――人類学的枠組みと事例研究
    Chinese Society and Ethnicity: Anthropological Frameworks and Case Studies
    日程:2012年11月24日(土)・25日(日)
    会場:国立民族学博物館 第4セミナー室
    言語:日本語・中国語(同時通訳)
    主催:国立民族学博物館
    後援:日本文化人類学会

    館長挨拶 須藤健一
    韓敏 趣旨説明「漢族・民族・国家のディスコース――人類学的枠組みと事例研究」

    第1セッション 座長:塚田誠之
    末成道男「中華漢族の家族と祖先―東アジア諸社会における比較を通して見えるもの」   
    翁乃群「国家と地方の文脈からみる民族/エスニック・アイデンティティ―藏彝走廊を事例に」
    金光億「中国の国家と社会――人類学研究の枠組みとして」
    コメント:佐々木史郎・聶莉莉・渡邊欣雄

    第2セッション 座長:横山廣子
    周星「顔なじみと赤の他人―人間の分類と中国社会の人間関係」
    色音「蒙古族における非物質文化遺産の観光開発―チンギスハン祭祀を事例とする試論」
    河合洋尚「エスニック・ディスコースと社会空間―広西と四川における客家空間の生産」 
    コメント 瀬川昌久・小長谷有紀・秦兆雄

    第3セッション 座長:佐々木史郎
    張継焦「中華老舗からみる企業と政府の関係」
    宮脇千絵「民族衣装の既製服化と流行―雲南文山ミャオ(モン)の事例から」
    コメント 川口幸大・田村克己

    第4セッション 座長:河合洋尚
    吴鳳玲「ダフール族におけるシャーマン文化の現代的変遷―ワミナ儀を通して」
    今中祟文「再構築される都市の少数民族集住地域―陝西省・西安市の『回坊』を事例として」
    李海燕「国家、社会とエスニシティから見る中国朝鮮族の形成」 
    コメント 劉正愛・田村和彦・澤井充生

    総合討論  座長  韓敏
    コメント 色音・金光億・瀬川昌久