国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ネオリベラリズムのモラリティ

研究期間:2017.10-2021.3 代表者 田沼幸子

研究プロジェクト一覧

キーワード

ネオリベラリズム、モラリティ、グローバリズム

目的

本研究の目的は、ネオリベラリズムの現れ方の多様性、特にモラリティの意味付けと実践を現地の文脈や当事者の視点から解き明かすことによって、今日の世界における生を民族誌的現実に即して知らしめ、具体的な課題を明らかにしつつ、ありうべき社会の可能性を探るための議論に貢献することにある。
ネオリベラリズムは、その言葉を知ろうと知るまいと、関心があろうとなかろうと、私たちの生活を覆いつくしつつある。しかしその現れ方は、場や受け取る側の歴史や政治経済的状況、及び文化によって様々である。本共同研究では、世界各地で長期フィールドワークを行ってきた30~40代の研究者たちが、それぞれの地域と対象の人々の詳細な事例に関する情報と知見を交換し、ネオリベラリズムの世界におけるモラリティを具体的な事例を通じて理解することを試みる。

2020年度

本年度は、これまで研究会内部で発表してきたものを総括し、二回、館外発表を行う。日本文化人類学会研究大会(早稲田大学、5月30日、31日)分科会「ネオリベラリズムの民族誌」(代表:田沼、発表者:宮本、猪瀬、相島、佐久間、コメンテーター:中川)およびIUAES 2020(クロアチア、10月、詳細未定)パネル “Ethnographies of Neoliberalism: Hope or Pessimism?”(convenor: 田沼、 co-convenor: インゲ・ダニエルズ[オックスフォード大学]) においてである。
 この間の7月と9月に、5月の分科会から見えてくるであろう更なる課題を踏まえ、国際学会においてどのように本研究の成果を伝えるかを改めて吟味する。このため、それぞれ事前に原稿共有のための時間をとり、全員が目を通したあと、二日間ずつ時間をとり、内容に関して議論とブラッシュアップを行う。
 クロアチアにおける発表を経たのち、研究成果を編著として出版するため、草稿を出版社に提出する。出版助成の申請も行い、本共同研究終了後、2年以内の出版を目指す。

【館内研究員】 相島葉月、八木百合子
【館外研究員】 伊東未来、猪瀬浩平、酒井朋子、佐川徹、佐久間寛、佐々木祐、中川理、深澤晴奈、宮本万里
研究会
2020年8月4日(火)10:30~15:30(ウェブ会議)
Discussion on Theme “Ethnographies of Neoliberalism: Hope or Pessimism?”
Sachiko Tanuma (Tokyo Metropolitan University), Haruna Fukasawa (Keio University),
Tomoko Sakai (Kobe University), Mari Miyamoto (Keio University),
Tasuku Sasaki (Kobe University)
2020年11月21日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ会議併用)
田沼幸子(東京都立大学)「ネオリベラリズムを生きる人類学者として、何ができるのだろうか」
深澤晴奈(東京大学)「移民受け入れ社会におけるモラリティの変容―—現代スペインのケース」
宮本万里(慶応義塾大学)「宗教領域の一元化と起業家的仏教僧の登場——ブータンの事例から」
酒井朋子(神戸大学)「EU離脱をめぐる分断と家族の配慮——北アイルランドの事例から」
佐々木祐(神戸大学) 「トランジットの毎日を生きること—―メキシコにおける中米移民」
松田素二 コメント

2019年度

7月13日(土)佐久間寛、宮本万里
11月9日(土)酒井朋子、八木百合子
2月15日(土)中川理、田沼幸子
各発表者は、それぞれの調査で見られる、ネオリベラリズムのモラリティについて民族誌的事例を元に報告する。それらの報告について、参加者が様々な観点から検討し、本研究の課題に関する仮説の精度を高め、普遍化した議論をも行えるようにする。
これまでの発表で明らかになった各地の多様性や複雑さを鑑みつつ、個別具体的な事例の理論的な分析精度を高め、総括へと向けていく。

【館内研究員】 相島葉月、八木百合子
【館外研究員】 伊東未来、猪瀬浩平、酒井朋子、佐川徹、佐久間寛、佐々木祐、中川理、深澤晴奈、宮本万里
研究会
2019年7月13日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
佐久間寛(明治大学)「『テントを切り裂けばバターがある。放っておく?』:現代ニジェールにおける恋愛、移動、自由」
宮本万里(慶應義塾大学)「コンニェル(寺守り)の世界とその変容:ブータンの仏教僧院による村寺の包摂と破壊」(仮)
参加者全員「今後の研究会展望」
2019年11月9日(土)12:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
参加者全員 今後の研究会展望
酒井朋子(神戸大学)「国境、国籍、利便性:ブレクジットの未来と北アイルランド・コスモポリタニズムの困難」
中川理(立教大学)「エスノリベラリズム・リベラリズム・ネオリベラリズム(そしてホームランド・ビューティとグローバル・ギャップ)」
全体討論
2020年2月15日(土)12:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
参加者全員 今後の研究会展望
八木百合子(国立民族学博物館)「ペルーにおける人の移動と宗教文化の変容:都市祭礼をめぐるヒト・モノ・カネ」
田沼幸子(首都大学東京)「怒って済むなら人類学者は要らない。ではどうするか」
冨山一郎(同志社大学)コメント
参加者全員 総合討論
研究成果

それぞれの民族誌的報告は、ますます濃密で複雑なものとなってきており、地域的歴史的背景を踏まえてネオリベラリズムを理解することの重要性を再認識させられる。
 佐久間は20年前のフィールドにおける悲恋を扱った。微細な会話とやり取りを、伝統的コンテクストとその時点でのコンテクストを通じて描くことによって、なぜそのようなやりきれない展開になってしまったのかを掘り下げた。宮本は、従来は村の男性が交代で務めてきた寺の世話が、各地の大僧院から派遣された出家僧に置き換えられていった背景を明らかにする。僧侶の統治から王政へ、隣国が関わる経済政策、グローバル化する布教活動など、大きな力が小さな村に変化をもたらしている。中川は、フランスのモン難民が工場労働から農民になった背景に「エスノリベラリズム」があり、それが国の管理などへの抵抗としての価値を具現化するリベラリズムに接合されていったことを示す。一方でそれは不平等なジェンダー関係によって成立し、彼らの自由もネオリベラリズム・ガバナンスによって緊張にさらされている。八木は、村から都市へ移動した人々によって、祭礼が経済的に大規模になっただけでなく、祀られる聖人にも変化が起きたことを示す。経済的な力が、政治的な力を凌駕して、宗教的な祭礼に影響を及ぼしているのだ。ただし村から都市への移動は、経済的利益を求めてではなく、政情不安による危険を回避してのものだった。田沼は「ネオリベ」への人類学者の怒りは学生に受け入れられず分析が単純化しがちだと指摘する一方で、外部に理解しがたい難解な人類学は、「私たちの仕事を失ってしまう」ことにつながるというシドニー・ミンツの危惧が現実に迫っていることを示す。改めて何か共有できるとしたら、私たち自身もネオリベラリズムに巻き込まれていること、そして解決策を知らず、間違いうることを自覚して、古いものを捨てていくのではなく、円環的時間・直線的時間が併存する「revolution」のように、過去を振り返り、「循環」しながら、人類学/民族誌することを続けていくべきではないか。

2018年度

平成30年2月3日(土)の初回研究会での討議と計画に基づき、研究会を開催する。一回につき、二人から三人の発表を予定している。
 第一回 7月14日(土)於:公立大学法人 首都大学東京 秋葉原サテライトキャンパス
 発表者:伊東未来、佐川徹 
 第二回 9月29日(土)於:国立民族学博物館
 発表者:深澤晴奈、相島葉月
 第三回 2月9日(土)於:国立民族学博物館
 発表者:佐々木祐、猪瀬浩平

各発表者は、それぞれの調査で見られる、ネオリベラリズムのモラリティについて民族誌的事実を元に報告する。それらの報告について、参加者が様々な観点から検討し、本研究の課題に関する仮説の精度を高め、普遍化した議論をも行えるようにする。

【館内研究員】 相島葉月、八木百合子
【館外研究員】 伊東未来、猪瀬浩平、酒井朋子、佐川徹、佐久間寛、佐々木祐、中川理、深澤晴奈、宮本万里
研究会
2018年7月14日(土)11:00~18:00(上野アメ横「呑める魚屋魚草」周辺、首都大学東京秋葉原サテライトキャンパス)
田沼幸子(首都大学東京)と大橋摩州(研究協力者)の対談「日本におけるネオリベラル経済の展開とアメ横」
佐川徹 (慶應義塾大学)「アフリカにおける土地収奪と社会的保護」
伊東未来(関西学院大学)「マリ人の国外における商業活動について」
2018年9月29日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
深澤晴奈(東京大学)「スペインにおける移民の社会統合と社会政策」
相島葉月(国立民族学博物館)「空手道に見るエジプトの社会階層とスポーツ実践」
総合討論
2019年2月9日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
田沼幸子(首都大学東京)趣旨説明・研究者紹介
猪瀬浩平(明治学院大学)「<ネオリベラリズム>と<ボランティア>再考」
佐々木祐(神戸大学)「ネオリベ的暴力によって析出される『個体』:メキシコにおける中米移民・難民の実情から」
松村圭一郎(岡山大学)人類学と映像表現:「マッガビット:雨を待つ季節」(2016)をもとに
総合討論
研究成果

3回の研究会はどれも非常に密度の濃いものであった。大橋摩州氏との対談から、日本において官主導のネオリベラリズムの広がりが言われる以前から、アメ横においては「神様」がおらず商店街として祭りもない、個人主義的で競争的な経営が行われていることが明らかになった。これに対し、研究発表ではエチオピア、マリ、スペイン、エジプト、日本、メキシコからの多様な事例が挙げられたが、多くは政府が経済自由化を推進している。それはむき出しの競争だけをもたらすのでなく、「人権」や「ボランティア」といった用語を用いてバラバラになった諸個人を包摂/統合するという言説に基づいた制度や空間、NGOをも生成する。しかしそれが実際にどのように機能・作用しているかは各事例だけでなく、その場に関わる個人によっても異なり、それぞれの政治経済的なマクロな背景と、各人のミクロな人生のあり方を複眼的に見ることの必要性が明らかになった。

2017年度

ギアツが「反=反相対主義」において述べたように、人類学者がある視点や立場をとるのは、主義主張ありきではなく、調査で得た事実からである。同様に、長期調査を元に歴史的・人類学的に当該地や人々を研究してきた本研究会の研究者は、民族誌的事実から、ネオリベラリズムのモラリティについて報告する。
参考となるのは、善悪二元論の枠組みが日常的な会話で用いられ、それを鑑みつつも、古文書や公的な歴史、インタビューを元に一枚岩ではない人々の世界観を再構成したグレーバーの“Lost People”である。植民地化前から現地の貴族階級による他集団への奴隷化が行われていた当該地では、旧貴族を「悪者」とする言説が日常で聞かれる。しかし、聞き取りを通じて、誰が旧貴族か否かさえ曖昧なことが明らかになっていく。
本研究会のメンバーも同様に複雑な事例を扱ってきた。各自の発表を通じて、ネオリベラリズムがフィールドの人々の中で共感や反発を誘発しながらも新たなモラリティを形成しているという枠組みの妥当性を検討したい。研究発表の会合の日程は以下である。
平成29年度 初回 全体会合 研究代表者が趣旨および概要の説明を行い、メンバー全員が研究会の基本方針を確認する。その際、ギアツやグレーバーの民族誌の批判的検討を行い、ネオリベラリズムの世界におけるモラリティの分析枠組みについて議論を行う。

【館内研究員】 相島葉月、八木百合子
【館外研究員】 伊東未来、猪瀬浩平、酒井朋子、佐川徹、佐久間寛、佐々木祐、中川理、深澤晴奈、宮本万里
研究会
2018年2月3日(土)13:00~16:30(国立民族学博物館 第2演習室)
田沼幸子「趣旨説明」
中川理「趣旨説明に対するコメント」
参加者全員「自己紹介及び研究概要」
参加者全員「今後の研究会開催について」
研究成果

本年度の研究会合は2月の初回の一回であり、田沼の趣旨説明と中川の応答、各共同研究員のこれまでの研究紹介を行った。趣旨説明では田沼幸子が日々、大学で学生と接しながら感じることと、ネオリベラリズム批判を中心とする人類学的研究との間のズレから生まれた問題意識を挙げた(詳細は『民博通信』6月号掲載予定原稿を参照のこと)。中川理は、ネオリベラリズム、資本主義、経済とモラリティに関する研究の人類学的研究のレビューを紹介し、これらの流れに本共同研究を位置づけるだけでなく、そもそも「自由」とは何かを問い直し得ることを示唆し、射程を広げる可能性を示した。共同研究員は、それぞれ異なる地域やテーマを専門としてきた。だが、長年関わってきたフィールドの中で、ネオリベラリズムにまつわる様々な政治的・経済的変化が起きており、それらを研究対象として扱う上で、本共同研究の視座が有用であることが期待された。