国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国における環境政策「生態移民」の実態調査と評価方法の確立(2005-2007)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 小長谷有紀

研究プロジェクト一覧

目的・内容

中国は世界人口の約5分の1余を占める、日本の隣国であり、それゆえに当該国における環境政策は世界的にもまた日本にとってもきわめて重要な問題である。近年の「西部大開発」のスローガンに見られるように、中国はなお開発大国であるものの、同時に生態環境の保全も開発の目的として叫ばれるようになった。とりわけ2002年以降はもっぱら生態環境の保全を目的とする「生態移民」政策が開始され、その開発政策は環境保全へと方向を転じたかのようにも見える。しかし、その実態は決して楽観できるものではない。そこで、本申請研究は、中国の今日的な環境政策を具現化しているという意味で重要な「生態移民」に焦点をあて、これが実施されている現場に赴き、その実態を明らかにし、問題点を把握することを目的としている。また、実態調査の成果に基づいて、中国研究者と共同で、こうした政策のよりよい実施をめざす評価方法を確立する。
(1)「生態移民」という環境政策の経緯をより詳細に把握する(初年度前半)
(2)「生態移民」という環境政策の実施現況を全国規模で把握する(初年度前半)
(3)「生態移民」の実施現場を選択し、実態調査をおこなう(初年度後半)
(4)当該事例における問題点を生態学的側面のみならず、経済的、社会的、文化的側面から把握する
(5)それらの問題点を総合して、環境への影響評価などをおこなう方法論を討議する(次年度以降)
(6)評価のためのガイドラインを作り、政策実施の事前評価方法を確立する(最終年度)

活動内容

2007年度活動報告

1)平成18年度に中国内蒙古自治区首府フフホトで実施した国際シンポジウム『中国乾燥地域における環境保全と持続的発展』における議論の結果をまとめて、中国語の学術論文集『干旱区生態保育與可持続発展』を作成した。
2)平成19年7月、中国内蒙古自治区政府によって企画された会議に対して出席を要請された。そこで、日本側からの参加者を組織して、内蒙古自治区東北部の一大中心地である通遼で開催された国際会議に赴き、議論に参加した。本議論の成果は平成20年7月にフフホトで実施される国際草地学会で発表され、草原の保全に関する声明文となる予定である。
3)同9月、中国の中央民族大学からの依頼を受けて伝統的な遊牧文化とその変容について集中講義を行うとともに、生態移民に関してこれまでに中国で公刊されてきた論文を収集した。本研究テーマに関する中国語論文および新聞記事のデータベースを作成し、研究基盤を形成した。
4)同10月、北京師範大学で日中国際シンポジウムを実施し、<保存と開発のトレードオフ>という課題について、自然環境のみならず文化環境に広げて討議した。口頭伝承などの民俗学的情報は環境問題の研究と密接にかかわっており、環境問題の研究における人文学からの貢献の可能性が改めて明確となった。本シンポジウムの成果はすでに中国語で印刷中であり、平成20年中に刊行される予定である。
5)同上の会議で、生態移民のセッションを設け、そこで、事例検討のほかに、環境影響評価のためのガイドラインを作り、提案した。その試用については、引き続き別のプログラムで国際共同研究される。
国際シンポジウム「自然環境と民俗地理学中日国際シンポジウム」2007年10月27~28日@北京師範大学

2006年度活動報告

昨年度より協力体制を維持している中国内蒙古自治区経済計画局とともに企画立案をすすめた。 その結果、7月2日から9日までオラトおよびオルドス地域での実態調査、つづいて7月10日から11日まで首府フフホトでの国際会議を行なった。
実態調査では、とりわけ現地の行政担当官との対話によって、環境政策が中央において変化しつつあるのに対して地方では旧来の政策がそのまま固守されているという問題点が浮かび上がり、国際的な交流が地方で実現することによって穏便に政策の見直しが必要であることを提示することができた。
また、首府での国際会議は、現地側の希望により「中国乾燥地域における環境保全と持続的発展」というタイトルを掲げた結果、参加者80名、発表者40名という大規模な会議となり、成功裏に終えた。日本からは科研メンバー以外にも自己資金等により5名が参加し、さらにまたモンゴル国からの出席者も加わった。その成果はHPで速報として掲げている。
国際シンポジウム「中国乾燥地域における環境保全と持続的発展」2006年7月10~11日@中国銀行国際会議訓練センター
本国際会議では、政策の実施過程で生じる矛盾の指摘や批判を超えて、解決のための実践例が具体的に提示されたことが最大の成果であった。これらの実践例から、中国環境政策のうち、少なくとも「生態移民」政策については大きく転換期を迎えていることが了解された。こうした転換には、国際的な研究活動の影響があるものと思われる。
国際会議における諸発表は、現在、編集中であり、来年度早々に書籍としてとりまとめられる予定である。
最終年度である来年度に向けて「政策実施の事前評価」について焦点をあてて議論するために、まず国内での研究会を11月19日に実施し、中国から関係者3名を12月18日から24日に招聘した。こうした打ち合わせの成果を利用して、来年度は10月27日から28日まで北京で国際会議を開催する予定である。
また本研究に関連して以下の活動も行なった。すでに上梓している『中国環境政策 生態移民』の英語版の編集。モンゴル高原の北部の環境保全に関する「モンゴル環境保全ハンドブック」についての編集、印刷、配布。移民政策実施地域における、NGO活動の企画。

2005年度活動報告

平成17年7月に刊行された『中国の環境政策「生態移民」』を中国語に翻訳し、この成果をたずさえて、9月に北京で国際シンポジウム「生態移民の事前評価に関する会議」を実施した。中国側からはカウンターパートである中国社会科学院からの研究者をはじめ、中央から行政担当者および全国各地から研究者が集まり、現場をふまえた両国の研究者たちのあいだでの問題意識を共有することができた。
中国の環境政策「生態移民」は、これまで中国で行われてきた環境政策を引き継ぎながら、とりわけ貧困対策との接合方法として実施されている。しかし、実際の現場では、経済的側面においての効果が小さいか、あるいは逆効果にさえなっている事例が多く見出された。こうした問題は「貧困と環境」の一般的な悪循環論を克服するどころか、「貧困の潜在化」として抽出されるべき点であるため、今後はその原因を探ることを中心として、文科系からの環境問題へのアプローチが重視されることになるだろう。
具体的には、来年度に、この環境政策の最も中心的な現場である中国内蒙古自治区を訪問し、共同現地調査と首府フフホトでの国際会議の実施を行うことで合意した。現在、上記の書籍は英語に翻訳中であり、日本と中国の2カ国間のみならず、英語によってより広く国際的に研究成果を発信することを本研究はターゲットに入れている。
また、国内の研究会では、大学院レベルで本テーマに関わる研究者を集めて研究会を開催し、研究者ネットワークを構築することができた。若手研究者の養成を実現しながら、推進する。
国際シンポジウム「生態移民と環境影響評価」2005年9月27~28日@中国社会科学院