国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

岩壁画のレプリカ  2007年6月13日刊行
久保正敏

民博は、日本国内におけるオーストラリア・アボリジニ研究を先導するとともに、アボリジニに関する資料収集とそれに基づく展示も、早くから手がけてきた。1986年には、収集した資料をもとに、神戸市立博物館で「狩人の夢―オーストラリア・アボリジニの世界」展を開催し、それに合わせて、数万年前から描かれてきたという岩壁画を複製することを試みた。オーストラリアのいくつかの博物館にも岩壁画の展示例があるが、薄っぺらで安っぽい複製が多い。民博では、オーストラリア北部アーネムランドの町オーエンペリ近くの聖地であるイニャラック山の岩壁をモデルに、模型製作で定評のある会社に依頼してできるだけリアルな合成樹脂製の岩壁を製作した。展示に合わせて現地から招いたボビー・ナイアメラ氏が、1週間をかけて、自ら持参した泥絵の具(鉱物質顔料)を使って、イニャラック山で磨いた腕前をふるってレプリカの上に絵を描いたのが、この資料である。

岩壁画は、雨季の間にアボリジニの人々が住まいとした岩山の壁に、彼らの精神世界の核であるドリーミング、すなわち、創世神話を、次世代に伝えるために描いたものであり、樹皮画や絵画などのアボリジニ芸術の源泉の一つとなった。

この岩壁画にも、「死と再生」や「雨と豊穣」を司る精霊「虹ヘビ」が中央に大きく描かれ、その腹中には飲み込まれた男女の精霊が描かれている。また、骨格や内臓が透けて見える、いわゆる「レントゲン画法」によるカンガルー、ワニ、ゴアナ、バラマンディの他に、首長ガメ、岩の隙間に住むと言う超スリムな精霊ミミ、巨人ルマルマ、狩人、さらには睡蓮の花や根も見え、これらはすべて、この地域のドリーミングに登場するキャラクターである。また、岩肌にあてた自分の手の上から口に含んだ顔料をエアーブラシのように吹き付けて描いた手形が中央左端に見えるが、これは作者のサイン代わりだと言う。このように、土台はレプリカだが、描かれているのはまさに現地の岩壁画そのものなのだ。

幅2メートル、高さ2.5メートルもあるリアルなこの岩壁画は、アボリジニ関係の展示会にもしばしば貸し出されてきた人気資料だが、移動が大変なため、2001年のオセアニア展示リニューアルを機会にキャスター付きの台を誂えた。恐らく日本国内で唯一の可搬型アボリジニ岩壁画である点が、オタカラとして推薦する所以である。

久保正敏(文化資源研究センター)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0140421 / 展示番号:OS1200 / 標本名:岩壁画のレプリカ

[img]

◆関連情報
杉藤重信「ニジヘビの怒り」『月刊みんぱく』1986年2月号,pp.20-21,千里文化財団。
杉藤重信「レプリカの岩壁画-日本にきたアボリジニ」小山修三・松山利夫・窪田幸子・久保正敏・杉藤重信・松本博之(編集)『オーストラリア・アボリジニ-狩人と精霊の5万年』p.140,1992年,産経新聞大阪本社。

◆関連ページ
本館展示場(オセアニア展示 先住民の文化運動)