国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

盗まれた仮面 ~インドネシア~  2015年11月1日刊行
福岡正太

ある時、インドネシアの友人にとても残念なニュースを聞かされた。彼の義理の母親は、トペン・チルボンとよばれる仮面舞踊の踊り手で、先祖から伝えられた仮面をとても大事にしていた。ところが、その仮面が盗まれてしまったのだという。その数日前、ある人物が踊り手の家を訪ね、仮面をぜひ買い取らせて欲しいと言ったそうだ。もちろん、ことわったのだが、その男は実物の仮面を見せてもらいながら、保管場所を確認したのだろう。夜中に押し入って、仮面を盗んでいったようだ。家族の1人の女性が物音に気付いたが、怖くて出て行けなかった。その男が残していった連絡先は、実在しなかったという。

トペン・チルボンは、ジャワ島西部の北海岸の町チルボンとその周辺に伝えられている。この地域で伝統的な芸能を継いできた人々は、家系を大切にしている。良い踊り手になるには、単に踊りがうまいだけではなく、観客を魅了し、災いを払う力をもたなければならない。そうした力は、修行により身に付けると同時に、血筋により、祖先から伝えられるものでもある。名手と言われる踊り手の家系図をさかのぼると、一様に、この一帯に芸能を広めた伝説的な聖人にたどりつく。それは踊り手が強い力をもつことの証しになっているのである。

祖先から伝えられる力は、芸とともに伝えられる仮面や楽器などにも宿っている。盗まれた仮面も、祖先から継いだ大事なものだった。木曜の夜には、必ず香を焚いてささげるようにしていた。何かの事情で香を焚かないと、仮面をしまった箱の中でガタガタと音がし、仮面が怒ることもあったという。また、仮面を削って得られる粉には、薬としての効能もみられたそうだ。

仮面についての不思議な話を聞きながら、それらを写真に収めたのは、今から25年前のことである。実物が盗まれてしまった今、踊り手一家では、この時の写真を大切にしているという。仮面の行方について占ってもらったところ、仮面はあるべきところに戻るだろうと告げられたそうだ。私たちも、もし日本でこの仮面が売りに出されたり、博物館に展示されたりしていたら、すぐに知らせて欲しいと頼まれている。すでに盗まれてから7年近くがたつが、仮面が踊り手一家の手に戻ることを祈りたい。正統な継承者の手にあってこそ、仮面に宿る力が発揮されるのだから。

福岡正太(文化資源研究センター准教授)

◆関連写真

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盗難にあった仮面。1990年、インドネシア、チルボンにて撮影。

◆関連ウェブサイト
インドネシア共和国(日本国外務省ホームページ)