国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

博物館の怪物たち(2) 『毎日小学生新聞』掲載 2017年1月21日刊行
山中由里子(国立民族学博物館准教授)
生物図鑑にのった怪物

リンネと同時代のオランダの生物学者アルベルトゥス・セバによる『博物宝典』1巻(1734年)に描かれたヒュドラ―

蛇のような、トカゲのような2本足の体に頭が七つの怪物。この絵はドイツのハンブルクにかつて実在した、はく製を写したものです。セバという18世紀のオランダの学者がまとめた生物図鑑に大まじめにのっています。

15世紀以降の「大航海時代」にヨーロッパ人は五大陸を広く旅して、世界中の民族や生物に関する知識を集めました。そして、それまでは本の中だけで知られていた各地の珍しいモノの実物を収集し、お城や館の陳列室に並べることが貴族やお金持ちの間ではやりました。貴重なアイテムを見せびらかし、人々をあっと驚かすためのこうした空間は「驚異の部屋」あるいは「珍奇のキャビネット」と呼ばれました。


リンネ『自然の体系』(第1版、1735年)。自然の体系に分類できない「パラドクサ」の項目には人魚、一角獣、フェニックスなども含まれています。

セバの生物図鑑に描かれた七つ頭の怪物は「ヒュドラ―」と呼ばれ、聖書の『ヨハネの黙示録』という預言に出てくる獣が本当にいる証拠と考えられ、当時のハンブルク市の市長の自慢の珍物コレクションの一部でした。1735年の春に同市を訪れたスウェーデン人の若き生物学者、カール・フォン・リンネもこのはく製を見せてもらうのですが、リンネはそれが実在する動物ではないことを見破ってしまいます。

リンネは同じ年に出版した『自然の体系』の「パラドクサ」(矛盾する動物たち)という項目で、ハンブルクのヒュドラーについてこう書いています。「自然は常に自らに忠実なので、一つの体に複数の頭を自ずからつくり出すことはない。私自身が見たところ、(このヒュドラ―は)爬虫類のものではないイタチの歯をしていることから、ニセモノで作りものであることは明らかである。」

さすが「分類学の父」リンネですが、お宝のモンスターがニセモノだとあばかれてしまった市長さんもちょっと気の毒です。

 

一口メモ

カール・フォン・リンネは生物を分類し、2語のラテン語で名前を付ける二名法を考え出し、国際的に通用する生物の「学名」の命名法の基礎を作りました。

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