国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.2 岸上伸啓―イヌイット放送

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─ 彼らは、テレビとかラジオの放送局はもってるのですか?
岸上 全国放送としては北を網羅するCBC Northというテレビおよびラジオがあります。これは日本でいうとNHKの北方版みたいなものです。ただし、イヌイット語の番組は一日に一時間の特別番組とニュース番組ぐらいですかね。あとはフランス語・英語のプログラムを流してます。
 
─ ああ、一日に一時間はイヌイット語。
岸上 ラジオも同じくCBC Northというのがあって、一時間毎に五分ぐらいイヌイット語でニュースを流してます。

─ 英語やフランス語の放送は全国放送と同じものをやってるわけですか。
岸上 ええ、そうです。
それから、各村にローカルなFMステーションがありまして、村だけで放送できるような制度があるんです。村のDJがいまして、ちゃんとしゃべりつづけるんですよ。たまにはお年寄りを呼んできて昔話をさせたり、今ちょっとうちに食い物がないんだけど、だれか食い物くれませんかとかいって放送すると、誰かがもってくるわけです。ぼくが一度行ったら、日本の話をしてほしいといわれたので、通訳をいれて話をしました。
そういうことで、情報促進というんですか、そういう制度は整っています。だから、なんでもすぐ伝わっちゃうんです。肉をいっぱいもってるのにおれにはひと切れもくれなかったということになったら、ば~っと広まるしね。今度きた日本人はいいやつだってことになったら、もうみんなにこにこしてくれるしね。

─ みんなテレビみたりやラジオ聞いている?
岸上 ええ、とくにスポーツ番組は、冬だとホッケーは熱狂的ですね。主婦を対象にしたような、昼の二時ごろにやるメロドラマ、アメリカでいうとソープオペラというのかな、それもみんなしっかりみてますね。

─ でも番組が英語だったらわからないでしょう。
岸上 子どものときから聞いてると、英語は話せなくてもいうことはわかるんですよ。だから今50歳以下の人は英語はだいたいわかります。

─ さきほど歌と踊りを伝承するといっておられたけど、音楽はどういうものですか。
岸上 シャーマニズムにかかわるようなドラムダンスとかは、宣教師によって一時期壊滅的な影響を受けました。これは悪魔の仕業だと。そういう意味では一回途切れています。今伝統文化がみなおされているなかで、復活させてますけど、ものすごく弱りました。
 

>今の彼らの伝統はなにかというと、むしろスコットランドのスクエア・ダンスです。スコットランド出身の捕鯨の人たちと毛皮商人がもちこんだのです。越冬しますのでね。あと、イヌイットの音楽でもっとも人気があるのはウェスタン・カントリー・ミュージックです。それが今の老人たちにとっては、子どものころおぼえた一種の伝統音楽とみなされてますね。
この10年、イヌイットの歌い手がロック・ミュージックとか、ポピュラー・ミュージックとかを自分たちでつくってみんなの前で歌うようになって、CDも出してます。アークティック・ローズというようなかっこいい名前の女性歌手もいます(笑)。

─ スコットランドのダンスというのは意外ですね。
岸上 お祝いごとのあるとき、イースターとか開村記念日とか、カナダの建国記念日とかクリスマスとか、おごそかなことがあるときには、みんなそうやって祝いますね。村人みんなが、学校の体育館に集まりまして、夜明けまで踊り尽くしますね。なかなかおもしろいです。

 
【目次】
海洋民族学への夢祖母の貯金をかてにカナダ留学いよいよイヌイットの村へイヌイットとブリジッド・バルドーの関係命名法の不思議都会のイヌイットイヌイット放送キリスト教徒としてのイヌイット生じている社会問題イヌイット・アート先住民の住み分けとヨーロッパ人との接触「ラッコとガラス玉」展―先住民の交易活動イヌイットのわれわれ意識多様化する生活