国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

移動する(2) ─夏の放牧地に羊を追う─

異文化を学ぶ


かつてバルカン半島では、内陸の山脈地方と黒海沿岸を結ぶ羊群移牧の大規模なネットワークが存在した。だが、近代国家成立後は国境に阻まれ、領土内にとどまらざるをえなくなった。そうした移牧の一例が、ルーマニア・マラムレシュ地方でみられる。羊は冬に舎飼いされ、春の訪れとともに国境沿いの山地の放牧地へと向かう。

夏の間、羊飼いは羊とともに過ごす。夜明け、草を求めて羊と移動を始め、夕暮れになると山小屋に帰る。夜の闇の中では、オオカミやクマが今なお跋扈(ばっこ)する。羊は農民から預かった貴重な財産だ。昼も夜も、緊張が続く。

夏が終わると、ようやく羊飼いの仕事も終わる。トウモロコシの粉をお湯で溶いたママリガにチーズという単調な食事からも解放され、家族のもとへ向かう。

国立民族学博物館 新免光比呂
毎日新聞夕刊(2007年8月8日)に掲載