国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

バブリーなアジア(9) ─ラクダレース─

異文化を学ぶ


人間のためにレースに駆り出される動物は馬だけではない。北アフリカやアラビア湾岸諸国では、ラクダのレースが盛んにおこなわれている。大きなレースともなると、オーナーや見物人が四駆やマイクロバスに分乗して疾走中のラクダ(時速40㌔)に伴走し、大声の応援合戦をくりひろげる。

言うまでもないが、ラクダレースには古い伝統がある。砂漠に暮らす遊牧民(ベドウィン)は、人生折々の節目にラクダレースを開いては、部族全員でこれを楽しんでいた。レースの規模が大きくなり、半ば観光化した現在のような形で開かれるようになったのは、オイルマネー以後の話である。機械文明の浸透にともない、ベドウィンはラクダから四駆に乗り換えたが、ラクダが持つ象徴的な意味は今もなお健在なのだ。ラクダはステータス・シンボルでもあり、最近ではドバイの皇太子がコンテストの優勝ラクダを270万㌦で購入している。

イスラム圏では賭け事はご法度だから、ラクダレースでは勝者が賞金を獲得する仕組みになっている。レースが国家規模のイベントになると、賞金総額(高級車つき)も一気に増大した。当然ながらレースの優勝ラクダには天文学的な値段がついているのだが、その一方では、ラクダの肉は安価な食材であり、今日も庶民の食卓にのぼっているのだ。

国立民族学博物館 西尾哲夫
毎日新聞夕刊(2008年7月30日)に掲載