国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

嗣(つ)ぐ・承(つ)ぐ・継ぐ・接ぐ(4) ─桜はきれい?─

異文化を学ぶ


先日ある外国人に、春に日本で見た桜は本当にきれいだったといわれた。青空を背景にした満開の桜は、確かにため息が出るほどきれいだが、その一方で、あまりの盛り具合に空恐ろしささえ感じる時もある。夜の明かりの下の満開の桜などは、どこか妖(あや)しく思わず息が詰まってしまう。そういえば「桜の樹(き)の下には屍体(したい)が埋まっている」と書いたのは梶井基次郎だったろうか。

私がそうした印象を抱くのは、山や寺社でほかの木々と交じって生えている桜ではなく、公園や学校や堤防などで一群となって咲いているソメイヨシノである。実は、ソメイヨシノがそんなふうに全国に大量に見られるようになったのは明治以降である。しかも、人手によって接ぎ木や挿し木で増やされたので、全(すべ)てDNAが同じクローンなのだ。桜を継ぐのは、植物にとって自然の摂理に反しないのかもしれないが、それが犬や猫や人間だったら、全く同じ顔がこの世に無数に存在することになり、これは怖い。

私が満開の桜に感じる空恐ろしさや妖しさは、我々が動物や農産物のクローンに本能的に抱く違和感にも通じる、ある種不自然な過剰さに案外起因しているのかもしれない。となると、それでも桜はきれいといえるだろうか?

国立民族学博物館 笹原亮二
毎日新聞夕刊(2009年3月4日)に掲載