国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

よそ者?

(3)極北の踏み絵  2013年10月31日刊行
岸上伸啓(国立民族学博物館教授)

鯨肉を切り分ける作業風景=アラスカ北西部にて、筆者撮影

アラスカの北西地域、北極海沿岸に住む先住民イヌピアットは、春と秋に捕鯨をしている。彼らの捕鯨は、生存のための狩猟として国際捕鯨委員会に認められている。

近年、クジラを神聖視する一部の国際的環境保護団体や動物愛護団体で、すべての捕鯨に反対する動きが高まっている。イヌピアットの人々もその影響力に脅威を感じており、捕鯨に関心をもつ訪問者には特に敏感になっている。

私が調査をはじめて間もない春のある日、村の中を散策していると、ある捕鯨組(捕鯨のチーム)が祭りで食べるための鯨肉をさばいている場面に出くわした。数名の観光客とおぼしき人が「写真を撮ってもよいか」と尋ねたが、捕鯨リーダーは「この肉を食べることができたら許可しよう」と返事した。結局、彼らは写真を撮らぬまま去っていった。

このやり方で村人は見知らぬ訪問者が捕鯨に反対しているかどうか、見極めていたのである。何でもかんでも質問する私は、彼らにとって不審者だった。しかし、みんなの前で鯨肉をおいしそうに食べて見せると、歓待され、写真撮影も許されるようになった。

イヌピアットの人々に受け入れてもらう一番の近道は、鯨肉を食べてみせることのようだ。

シリーズの他のコラムを読む
(1)東日本大震災での支援 日高真吾
(2)カボチャナス外国人 三島禎子
(3)極北の踏み絵 岸上伸啓
(4)ここが、私たちの村だ 菅瀬晶子
(5)記録禁止というマナー 伊藤敦規
(6)東の国から来たスパイ 三尾稔
(7)居心地悪くつらくても 新免光比呂
(8)時空を超えて ピーター・マシウス