国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

生き物

(1)古代から生き続ける豚  2014年6月5日刊行
池谷和信(国立民族学博物館教授)

群れをつくる豚=バングラデシュ・ベンガルデルタで2007年12月、筆者撮影

数年前に、バングラデシュのデルタ(三角州)で見た光景が忘れられない。動物が群れをなして、地平線の先から収穫後の水田を進んでいく。最初は、ヤギかと思った。しかし、近づいてみるとそれは黒豚であることがわかった。鼻はとんがっていて、イノシシのようだ。

私は、興奮していた。国内外で豚の遊牧はほとんど知られていないからだ。しかも、豚の品種改良が進んで、成長が早く肉量の多い白豚に置き換わっているところが多い。私は、これらの黒豚が何を食べているのか気になった。

バングラデシュでは、国民の9割が豚を汚れた動物とするイスラム教徒である。その後、豚たちを追いかけていると、地域の住民が鼻をふさいだり追い払ったりする光景を見る機会があった。それでも、豚は収穫後の畑や水田に入って、農民にとっては雑草とみなされる草の根を掘り起こして食べる。これは、農地への糞(ふん)の提供ともなり認められている。

黒豚は、イスラム教徒が到着する千年以上前から飼われてきた古い品種のようだ。イノシシの顔に近いのも、昔の形を維持していることによる。この意味で、豚は野生動物から人が作り出した文化財みたいなものだ。私は、人類が初めてイノシシを豚に家畜化した過程とその要因に強い関心を持ってきたが、遊牧豚がその手がかりを握っていると思っている。

シリーズの他のコラムを読む
(1)古代から生き続ける豚 池谷和信
(2)寄生虫の博物館 出口正之
(3)格闘し、「くい」、思う 山本睦
(4)カカオ畑のハチミツ 浜田明範
(5)牛とともに 朝倉敏夫
(6)いつかは行きたいイノシシ猟 丹羽典生
(7)精霊の化身、仮面 伊藤敦規
(8)その角が格好良いから 吉岡乾