国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

父親

(8)聖ヨゼフの日  2015年1月15日刊行
宇田川妙子(国立民族学博物館准教授)

子供の世話をする父親。こうした光景はイタリアの街角では珍しくない=ローマで2002年10月、筆者撮影

イタリアの「父の日」は3月19日、イエスの父・聖ヨゼフの日である。

聖ヨゼフの信仰や祭りは、昔からある。彼の生業(なりわい)が大工だったため、大工や木工職人の守護聖人とされていたし、孤児や貧者の保護者ともいわれていた。それが戦後、アメリカから「父の日」が入ってくると、イタリアではこの日が「父の日」になったのである。

しかし「父の日」は、せいぜい小さな子供が父に感謝の言葉や簡単なプレゼントを贈る程度で、今もあまり根づいていない。日本のように毎年日曜日になっていないせいかもしれない。

そしてもう一つの理由は、聖ヨゼフのイメージだろう。彼は、聖書によればイエスの実の父ではない。このことは、男らしさを重んずるイタリア男性にとっては少々厄介な問題だ。つまり「間男」をされたようにもみえる彼を、父親のモデルとはしがたいのだ。

そもそもイタリアでは、圧倒的に強い母親像に比べると父親像は貧弱である。外からは家父長的にみえるが、男たちにとって重要なのは、「父」であることより「男」であることだ。イタリアではエディプスコンプレックスは成立しないと語る学者もいる。とくに家族のあり方が大きく変化している今、いかに父となり、子供とどんな関係を結ぶのか、実は彼らの悩みは深い。

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