国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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踊る

(1)精霊を誘う  2015年5月14日刊行
川瀬慈(国立民族学博物館助教)

エチオピア北部・ゴンダールでの憑依儀礼=2004年8月、筆者撮影

単弦楽器による単調なメロディが楽師によって奏でられる。コーヒー豆を煎る香ばしい煙と、香木を焚(た)く香炉からの煙がとぐろを巻くように交わり、部屋の中を真っ白に満たす。人々は円陣を組み、楽師の演奏にあわせて手を叩(たた)く。

突然、一人の女性が部屋の中央に踊り出て、髪の毛を振り乱し上半身をぐるぐると激しく旋回させ始める。この動きを合図に、全員が一斉に「イルルルルルルル……」と喉の奥から歓喜の声を絞り出す。精霊が霊媒に降り、彼女が“精霊の馬”(アムハラ語でアウォリャ・ファラス)となった合図である。

ザールは、中東から東アフリカにかけて広く伝わる憑依(ひょうい)儀礼である。特にエチオピア北部の古都ゴンダールは、ザールの中心地として知られる。人々はコレと呼ばれる精霊を呼び寄せ、病気や争い等、個々人が抱える問題に関して助言を求める。コレを迎え入れるには、匂いや音楽、さらには参加者の踊りによって、儀礼の場を“温める”必要があるといわれる。

参加者は“温める人”(アムァムァキ)と呼ばれ、上半身を旋回させたり、上下に激しく揺すったり、肩を痙攣(けいれん)させたりして場を温め、精霊を誘い込むとされる。精霊が去った後の儀礼の場は反対に“冷める”と表現される。

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(2)病気治しのダンス 池谷和信
(3)密なやりとり 川瀬慈
(4)流行を身にまとう 上羽陽子
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