国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

エジプト映画の今

(2)テレビ説教師  2018年8月18日刊行

相島葉月(国立民族学博物館准教授)


映画「テレビ説教師」の原作小説「マウラーナー」(第8刷)の表紙=筆者撮影

2017年にエジプトで劇場公開された映画「テレビ説教師(原題マウラーナー)」は、12年に出版されたイブラヒーム・イーサーのベストセラー小説を映画化した政治サスペンスである。宗教と政治の関係、シーア派やキリスト教徒への差別、イスラム過激派など、エジプトの社会問題を正面から扱った話題作だ。

宗教省に勤めるしがないイスラム学者であったハーテムは、イスラムの教義を解説するテレビ番組に出演したことをきっかけに、万人に慕われるスター説教師の座に上りつめる。人々は彼を「マウラーナー(我々の主)」と呼び、日常のあらゆることで助言を求める。

テレビ出演料を糧に豪邸を手に入れ、美しい妻と出会い、子宝にも恵まれる。しかし、幸せは長く続かず、ハーテムの人気や影響力を利用しようとする政治権力に翻弄されることになる。

本作の見どころは、実力派俳優アムル・サアドが演じている「スター」となった人間の戸惑いや葛藤である。イスラムに聖職者はいないが、エジプト映画はイスラム学者を「聖人君子」として描く傾向が強い。本作の主人公のハーテムは家庭問題に涙し、若い美女に誘惑され、腐敗した権力に怒るという、どこにでもいる普通の男なのである。

シリーズの他のコラムを読む
(1)「もしもし、こちら猿」
(2)「テレビ説教師」
(3)「誠のニッポン人」
(4)「若者2人とヤギの旅」