国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

驚異と怪異の迷宮へ

(4)電気羊の夢  2019年10月26日刊行

山中由里子(国立民族学博物館教授)


2019©五十嵐大介

漫画家の五十嵐大介氏が描く半人半戦闘機は、機械と人間の境界のゆらぎを暗示する=「異類の行進(マーチ)」部分

近代合理主義は、科学的に証明できないものの存在は否定してきた。しかしその科学技術自体が「あり得ない」としてきたものを、「あり得る」ものにしつつある。想像界の産物とされていた合成獣は仮想世界の現実となり、生命操作でクローンやキメラを生み出すことも可能となっている。人工知能(AI)が新種のモンスターを次々と自動生成するようなゲームの実現も近いであろう。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。人間は科学の力によって、自らのアイデンティティーを脅かす「怪物」を生み出しているのではないか。すでに半世紀ちょっと前にフィリップ・ディックがSF小説の主題とした問いかけが、より現実味を帯びた不安や脅威として感じられつつある。機械が「想像力」を学習し、人間の想像を絶するような創造物を生み出したとしたら……。

特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」の最後のセクション「創る」には、現代のクリエーターたちの作品が並び、人類の想像力と創造力の行方について考えさせる。

心の像は、視覚だけでなく、音、匂い、味、皮膚感覚、記憶などが複雑に作用しあって浮かび上がる。可視化されたイメージの合成パターンをAIが学習することは可能でも、感性の総合的な営みはそう簡単には再現できまい。

人の脳こそが、驚異と怪異の迷宮(ラビリンス)なのかもしれない。

シリーズの他のコラムを読む
(1)想像界の生物多様性
(2)里帰りした「人魚」
(3)キワの気配を展示する
(4)電気羊の夢