国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

移動手段の文化史

(2)牛車  2020年4月11日刊行

飯田卓(国立民族学博物館教授)


マダガスカルの牛車=南西部地域圏で2014年、筆者撮影

帆船にくわえてもうひとつ、マダガスカルのわたしの調査地では、牛車すなわち牛に曳かせる大八車のような乗りものが重要な移動手段だった。帆船より遅くて積載重量も少ないが、風向きに関係なくどの方向にも行ける利点がある。携帯電話が導入される前は、村で不幸があると、葬儀の日取りを一刻も早く知らせるため牛車が親族に遣わされた。

わたし自身は、牛車を船ほど頻繁には使わない。しかし、調査地に連れていった家族が急病になったときは、値段交渉して牛車を出してもらった。急いでいたので、満足には値切れなかったと記憶している。

船にせよ牛車にせよ、値段交渉しないと乗れないというのは不便だ。現地の人たちも、顔見知りの旅行に便乗することはあるが、自分の旅行のためだけに値段交渉をすることはほとんどない。乗りものそのものの減価償却費はそれほど高額ではない。問題は、自分が運転できないことだ。

他人の乗りものを傷つけてはたいへんなので、運転は持ち主に頼まざるをえない。そうするとかならず休業補償を求められる。旅行が長期にわたる場合は、食事代も払わなければならない。そして、なぜだか知らないが、嗜好品であるたばこも支払うよう要求する人が多い。トラベルはトラブルなりとはよく言ったものだ。

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