研究班I-1 正倉院文書の高度情報化研究
歴博が創設以来、遂行してきた正倉院文書のレプリカ製作事業を基礎に、レプリカ写真をデジタル化したうえで表裏の接続状況を容易に観察できるシステムを整備する。そのうえで木簡・漆紙文書などとの比較により古代における帳簿・文書論の深化を目指し、さらには中世や近世文書との機能論的比較を行う。約一万点に及ぶ正倉院文書は日本古代史研究の基本資料であり、文献史学だけなく多様な学問分野にわたる歴史情報資源の貴重な宝庫といえる。豊富な内容を有する正倉院文書の情報は、保存の問題からこれまで十分には公開されてこなかった。そのため原本保管機関である正倉院事務所の協力を得て、デジタル情報として利用できる基盤を整備することは大きな意義を有する。古代日本の歴史情報資源の開発は、新たな古代史像を描くことを可能とし、まさに国立歴史民俗博物館が目指す「博物館型研究統合」(博物館という形態をもつ大学共同利用機関としての特長を最大限に活かして、資料の収集・共同研究・展示を有機的に連鎖した研究)にふさわしい研究事業であるといえる。
研究班I-2 9-19世紀文書資料の多元的複合的比較研究
第一には、人間文化を研究対象とする諸科学において素材の越境ともいうべき状況になっていることを捉えて、諸科学が共通して素材とする「文書資料」(書籍も含む)を、それぞれの学問の立場から分析しつつ共通の土俵を築こうとすることを目的とする。これを複眼的研究という。第二には、世界各地域における文書資料の比較研究を当該社会の特質との関係で行うことを目的とする。これを多元的比較研究という。その意義は、前者においては諸科学それぞれの相対化が総合化への糸口になるであろうこと、後者においては各地域の学問が不可避的に持つ国民国家的枠組みの相対化である。
研究班II-1 近現代における生活と産業変化に関する資料論的研究
近年、伝統産業の衰退や大量生産・大量廃棄の進行、材料・素材の変化などにより、明治時代から高度経済成長期にかけての生活資料が急速に失われつつある。それに伴い,モノを生産してきた技術や道具の使い方なども,徐々に忘れさられてきている。博物館は本来、そのような生活資料を収集し,それに関する技術や知識を記録保存する使命を担っているが、例えば渋沢敬三のアチック・ミュージアムが工業製品を民具と見なさず,収集の対象から除外したことを典型として,民俗学や歴史学の博物館が近代化・工業化以降の生活資料を積極的に収集したとは言い難い状況にある。
また,近現代の生活資料はガラスや金属、樹脂など長期的な保存に向かないものが多く、全国の博物館でその扱いに苦慮している。だからといって、それらを記録・保存していかなければ、近現代の生活活動に関する博物館展示の手法が制限されてしまう。とくに歴博では第6室の現代展示がオープンし、さらに第4室の民俗展示の新構築を進めていることもあり、モノの状態や民俗学、近現代史学の研究蓄積に合わせた、生活資料の収集方針や整理・保存の方法をあらためて検討する必要に迫られている。
ただし、近現代の生活資料の収集・整理,保存は、まだ全国的にノウハウが蓄積されていない。それは主に素材の面から修復,保存が困難なためであるが、近現代の研究・展示を進展させていくためには、その可能性と限界をどこかで示す必要がある。そこで本研究は、近現代資料の状態調査を通じて、それらの収集から保存に至るまでの1つの提案を示していきたい。
その際、本研究ではモノ資料を、産業史との関わりに重点をおくことに特徴をもつ。近代化・工場化,大量生産の進展といった産業の歴史は、新商品の開発や素材・材料,部品の転換など、いわばモノの歴史でもある。大量生産・大量流通された近現代のモノ資料には,時代を遡るほど産地や製造年の不明なものが多いが
、産業史と関連させることで、それを使用した地域や時代的背景を合わせて調査することができる。また,商品開発や素材・材料・部品の歴史が整理されれば、地域の生活史をモノの面からより具体的に復元し,かつそれらの情報をモノ資料の収集方針や保存計画にも有効活用できると思われる。
研究班III-1 映像による芸能の民族誌の人間文化資源的活用
一定の視点から芸能の動きと音を記録し、再生することができる映像は、第三者に具体的に芸能の姿を伝えることができる。その性質により、学術資料であっても、多くの人に活用され、芸能のイメージを広めることにひと役買う可能性をもっている。一方、芸能の関係者にとって、外部の人間が撮影編集した映像を見ることは、外からのまなざしを意識し、自己イメージを再形成する機会ともなる。この研究は、映像による芸能の民族誌的記録が、芸能を支える人々や研究者、映像を視聴する第三者など、立場を異にする人々のあいだにどのような相互関係を築き、どのように芸能の上演と伝承に影響を与えうるのかを実践的に明らかにし、学術的な民族誌映像の作成および活用の望ましいあり方を探ることを目的としている。
従来、映像記録の活用における諸問題は、多くの場合、資料をいかにアーカイブするかという側面から議論され、資料の保存や整理、また近年ではデジタル化とウェブを通じた公開の技術的側面等の研究に重点が置かれてきた。そうした研究が重要であることは明らかであるが、本研究は、学術資料を同時代の社会において意味あるものとする方策を探るものであり、芸能関係者、行政関係者、そして研究者等が協力して伝統芸能の映像記録を作成し活用する際の1つの具体的な指針を示そうとするところに意義がある。それは人文科学研究が築いてきた文化資源の社会的活用を模索する文化資源学の可能性を広げる研究と位置づけることができる。
研究班III-2 歴史研究資料としての映画の保存と活用に関する基盤的研究
映画のオリジナルフィルムには、撮影、編集、現像など、その作品の制作に関わる情報が豊かに備わっている。そのため、映画を歴史研究の資料として活かしていくためには、写っている内容についてだけではなく、フィルムという形ある物それ自体についての資料批判的な研究を同時に行うことが必要不可欠である。本研究では、歴博がコピーを所蔵している昭和初期の記録映画(ニール・ゴードン・マンローによるアイヌの記録映画および宮本馨太郎による民俗学的な記録映画。以下それぞれ「マンローフィルム」「宮本フィルム」とする)を対象に、オリジナルフィルムを所蔵する機関と連携してオリジナルフィルムの資料批判的研究および写っている内容の調査を行い、得られた情報を映像と連動させることを通して、映画を歴史・民俗などの文化研究の資料として保存・活用するために必要な手続きを構築することを目的とする。
映画の保存や活用を広げるために、古くはフィルムからフィルムへ、現在では、フィルムからデジタルへ媒体変換されることが多くなった。この過程で、オリジナルフィルムに備わっている、映画の制作過程に関わる多くの情報が失われてしまう。映像を単なる「イメージ」としてだけでなく、歴史や民俗などの研究資料として活用されるためには、映画がどのように作られたものなのかについての資料批判的研究が不可欠であり、それらの情報とともに映画が研究に供される必要があるが、現在、そのような手続きは確立されていない。本研究は、映像を文化研究の資源として所有・保存し、活用している研究・教育機関にも有用な成果をもたらすことが見込まれる。
研究班III-3 人間文化資源の保存環境研究
本研究はこれまで進めてきた人間文化研究総合推進事業「文化資源の高度活用:有形文化資源の共同利用を推進するための資料管理基盤形成」(平成18~20年度)ならびに「保存環境解析法の再検証」(平成21年度)の研究成果を発展的に継承し、より広範囲な資料群を対象とした保存環境研究を行うことを目的としている。
保存環境に関わる情報の解析と評価を効率的に実施することで、多様な形態で構成される研究資源の保存環境モデルを構築し、文化資源の適切な維持管理とその有効活用に寄与する。