国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

台湾および周辺島嶼生態環境における物質文化の生態学的適応

研究期間:2015.4-2019.3 / 開発型プロジェクト(4年以内) 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 本プロジェクトの第一の目的は、島嶼環境における物質文化を生態学的適応という観点から探究し、自然環境の中から人間が資源を選択する過程を明らかにするとともに、それを実践するうえで利用されてきた土地の知識や技術的背景を体系化することである。従前の目的のために、本プロジェクトでは台湾と琉球列島を含めた周辺島嶼域で作り出され、利用されてきた生活用具、工芸品を具体的な対象とし、それらが製作され利用される生態環境ならびに文化的脈絡に関する基礎的な情報を現地調査、文献調査から収集する。そのうえで、これら両者の相関関係が参照可能なデータベースの構築を行うとともに、そのデータベースを活用した土地の知識の重層的な収集をはかり、従来の知識の掘り起こしとそれに想起される新たな知識体系を明らかにする。

プロジェクトの内容

 本プロジェクトの第一の目的は、島嶼環境における物質文化を生態学的適応という観点から探究し、自然環境の中から人間が資源を選択する過程を明らかにするとともに、それを実践するうえで利用されてきた土地の知識や技術的背景を体系化することである。これは、物質文化をある種の生態学的な適応戦略から生み出されてきた生存装置ととらえ、普遍的な物質文化モデルを構築する態度である。一方で、異なる環境はもとより、同様な自然環境の中に生存する複数の集団が異なる生業戦略を採用し、集団間で相補的な関係を築くことが、狩猟採集民、牧畜民、農耕民との間の交渉関係、職業カースト等の調査、研究から明らかとされてきた。また、同様な自然環境中で生態学的な適応を一にする集団が異なるエスニシティを構築しながら、その物質文化の詳細に差異をあたえてきたこともよく知られている。本プロジェクトではこうした生態環境とエスニシティが物質文化にどのような共通性や差別化を与えてきたかを、本館の豊富な標本資料ならびにそれらに関連した民族誌、映像、音響資料、歴史史料をもとに探究することを全体の目的とする。
 従前の研究目的を達成するために、本プロジェクトでは本館の所蔵する標本資料の中から、台湾を中心にし、琉球列島を含めた周辺島嶼地域の資料を対象とし、素材、用途も含めた機能、製作技術等の情報を網羅的に収集し、それらの分析を通じて、生態学的脈絡と文化的脈絡の中に物質文化がどのように布置できるのかを考察するものである。これらの地域を調査、研究の対象としたのは、これらの地域の自然環境が比較的類似している一方で、エスニシティの多様性が色濃く見られ、加えて、地理的に他の地域と海洋域によって隔たれていることから、物流の状況が物質文化に与える影響を検証しやすいという理由がある。
 調査、研究の対象の中心となる標本資料は、研究代表者である野林が専門とする台湾資料である。これらの資料のなかでも特に重点的に検証を行うのは、北部居住のタイヤル、南部のパイワン、島嶼環境のタオの資料であり、現地調査、現地の原住民族ならびに国内外の研究者による資料情報の相互検証を行うケーススタディを先行させる。これらの手法の有効性を検証したうえで、琉球列島ならびに他の台湾諸地域の資料調査に着手することによって、効率的、効果的なプロジェクトの推進を狙う。以上の過程を通して、土地の知識の重層的な収集をはかり、従来の知識の掘り起こしとそれに想起される新たな知識体系を明らかにする。

期待される成果

 本プロジェクトにおいて期待される成果は以下の5点にまとめることができる。
1)島嶼環境における物質文化に関わる土地の知識や技術的背景の体系化とそのための方法論の確立すること。
2)台湾、琉球列島ならびにその周辺地域における物質文化の共通性と差異を明らかにし、それらが形成されてきた生態学的要因と文化的要因を明らかにすること。
3)台湾、琉球列島における物質文化に関わる統合的なデータベースを多言語で構築することによって、オンライン上で物質文化に関わる情報学的分析を可能にする環境を研究者コミュニティに提供すること。具体的には、日本語、中国語、英語で操作可能なインターフェイスを備えたデータベースであり、基本データ(資料名、民族名等)もこれら3ヶ国語で提供する。オンライン上でデータに関する追記が可能な機能を加えるととともに、台湾における主要な博物館、研究所で公開されているデータベース上の同種の資料へのリンク情報、民博に所在する資料に関する原文に即したかたちの原情報をデータベース上で提供する。
4)本プロジェクトの推進に必要な組織の体制を構築するうえで、学術協定を国内外の研究機関と締結するとともに、資料のソースコミュニティとの協力関係を築く。また、本館が台湾、琉球列島の物質文化研究の中核機関の一つとなることによって、共同利用性を高めること。
5)本プロジェクトを推進するうえで必要となる調査、研究に若手研究者やソースコミュニティの当事者の積極的な参加を促し、次世代の研究者ならびに現地における調査、研究の実践者を養成すること。

 

成果報告

2018年度成果
1. 今年度の研究実施状況

1)国際シンポジウム ‘Ecological and cultural approaches to Taiwan and neighboring islands’を開催した。(2018年7月19-21日、参加者数41名)
2)本プラットフォームを活用した海外からの熟覧調査を45名(台湾40名(うち原住民族20名)、カナダ4名、アメリカ合衆国1名、2018年7月17日、18日実施)受け入れ、資料調査、研究を共同で実施した。
3)本プロジェクト推進を目的の一つとして締結している国立台湾歴史博物館との国際学術協定にもとづき、プラットフォームへの組み込みを検討している学術アーカイブス(内田コレクション)を活用した国際連携展示「南方共筆」(国立台湾歴史博物館、2018年10月2日-2019年4月14日)を共催で開催した。
4)公開中の台湾資料のプラットフォームのデータの精査を行うとともに、コレクション情報の追加のための資料整理と調査を実施した。具体的には、国文学研究資料館寄託の台湾関係資料ならびに東京大学人類学教室寄託の台湾関係資料の収集時の記録を整理し、精度確認のための調査を実施した。
5)プラットフォームへの組み込みを検討している学術アーカイブス(内田コレクション)の画像データ277件(4records)の精査を行い、掲載可能な状態にした。
6)琉球関連資料のプラットフォームへの掲載の可能性について検討した。
7)初年度に公開したプラットフォームを活用した調査、ワークショップで得られた知見をもとに、プラットフォームの完成版のシステム更新を行った(これから)。
8)台湾側の来年度の熟覧実施計画立案の支援を実施した(台中市政府文化局、台中市繊維工芸博物館準備所「108年館蔵泰雅苧麻織物研究国際交流計画」)。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

研究計画にもとづき、1)国際シンポジウムを実施し、これまでの調査や各年度に実施したワークショップでの知見を統合化するための研究報告、議論を行った。報告原稿はこれらの議論をふまえたうえでの改稿を行い、Senri Ethnological Studiesに論文集の刊行を申請する予定である。ソースコミュニティ当事者の原住民族側の発意で、海外からの熟覧者の受け入れ、共同研究を実施した。台湾側の熟覧は、(1)大学と原住民族との共同計画、(2)地域コミュニティの文化復興事業者、の2つに類型されるとともに、それぞれが単一の民族集団ではなく、異なるエスニシティの成員によって構成されていることに特徴を有した新たな取り組みとなっていた。国際連携展示は、本プラットフォームで公開している標本資料が収集された時期と重なる時期の台湾の様子を画像とその情報とで構成したアーカイブスと同時期に収集された資料を活用した共催展示であり、これらの資料についても国際共同公開を国立台湾歴史博物館と検討している。公開中のデータや今後掲載の可能性をもつデータの精査を継続して実施し、データの精確さを向上させている。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

○出版
査読付き論文
2018「エスニシティを可視化する手段としての衣服-台湾原住民族サキザヤ族の民族認定を事例として-」『国立民族学博物館研究報告』42(4):379-409
概説
2018「民族文化を伝える手法と課題-国立民族学博物館における取り組み」湯浅万紀子編『ミュージアム・コミュニケーションと教育活動』 pp.209-219、東京:樹村房

その他
野林厚志
2018「プラットフォームとしてのデータベースの活用─台湾でのワークショップの経験から」『民博通信』162:10-11

口頭発表
Nobayashi A.
2018‘Evoking the memory and creating a new lineage in the museum: handicraft of Taiwan indigenous peoples’ The 23rd JSPS “Science in Japan” Forum, The National Museum of the American Indian, Washington, DC. 2018.06.15.
野林厚志
2018「成果なくして還元なし−学問の社会的貢献という呪縛をとこう」総研大文化フォーラム・シンポジウム「ひろがる知、つながるひとの輪」国立民族学博物館、2018.11.24

2017年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 1)昨年度に公開した台湾資料のプラットフォームのデータの精査を行うとともに、コレクション情報の追加のための資料整理と調査を実施した。具体的には、国文学研究資料館寄託の台湾関係資料ならびに東京大学人類学教室寄託の台湾関係資料の収集時の記録を整理し、精度確認のための調査を実施した。
 2)本プロジェクト推進のための国際学術協定にもとづき、国立台湾歴史博物館の研究者2名を科研費プロジェクト基盤研究A「ネットワーク型博物館学の創成」との協働で招聘し、次年度以降にプラットフォームへの組み込みを検討している学術アーカイブス(内田コレクション)の基礎調査を共同で実施した。
 3)本プラットフォームを参照した熟覧調査を台湾から2件受け入れた。
 4)年度内に台湾においてビレッジミーティングを苗栗県のタイヤル族居住地域で実施し、多言語化した資料データベースをソースコミュニティの当事者と共同利用し、インターフェイスの検証と知識の共有の実践的手法について検討した。
 5)琉球島嶼部の資料の基礎調査を行い、次年度以降のプラットフォームへの追加を検討した。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 本年度は研究計画にしたがい、1)台湾資料に関する情報収集のための現地調査。ビレッジミーティングの実施、2)台湾資料、琉球列島資料に関する情報整理ならびに日本語、中国語による資料台帳の作成は継続しており、さらに通文化的な比較研究を可能にする文化項目コードの中国語訳を完了、3)台湾資料に関するコレクション情報の精査と追加を、国文学研究資料館寄託ならびに東京大学人類学教室寄託の台湾関連資料で実施、4)学術交流締結機関である国立台湾歴史博物館との共同調査を実施、5)台湾資料の双方向型多言語DBの改良を、データの精査を通して実現している。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

 2018年2月の期間中に台湾におけるビレッジミーティングを実施した。今年度の年内をめどに精査できたデータを1月中に更新し、プラットフォーム全体の精度を上昇させた。

2016年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 台湾資料に関する基本情報を整理したうえで、日本語、中国語、英語による資料台帳の作成を完了した。さらに、これらの資料の海外博物館における収蔵状況の予備調査をインターネット、文献資料を活用して行い、収蔵館による標本名称の相違等に関する状況の概要を把握した。
 これらの基盤データを基本コンテンツとする双方向型のデータベースプラットフォームを日本語、中国語、英語で設計し試行運用を館内で開始した。大きな問題点等がなかったことから、このプラットフォームの実用化のための検証実験もかねて、台湾において国際ワークショップ「台灣資訊跨國多語言交流平台(台湾資料の国際多言語交流プラットフォーム)」を2016年11月26日に、台湾屏東県「原住民族委員會原住民族文化發展中心」において実施した。これは、当初、予定していたビレッジ・ミーティングを拡張するものであり、ソースコミュニティのメンバーだけでなく、地域の資料館の標本管理担当者を含めた国内外の複数の研究分野(人類学、博物館学、情報学、博物学)の研究者ならびにソースコミュニティの当事者と多言語化した資料データベースを共同利用し、インターフェイスの検証と知識の共有の実践的手法について考えた。
 年度末には年度活動の報告と次年度の計画立案をプロジェクトメンバー間で共有する全体会合を開催する

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 本年度は研究計画にしたがい、1)台湾資料に関する情報収集のための現地調査、2)蓄積されてきた台湾関係の資料情報の整理ならびにそれらの多言語化(日中英)、3)双方向型多言語DBの試作ならびに試験的運用と設計に関連した国際ワークショップの実施については目的を十分達している。琉球列島関連資料については、台湾資料のプラットフォームの運用状況に応じた整理の方法を検討しており、台湾資料についてプラットフォームのモデルを構築したうえで、来年度に順次計画を進める予定である。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

研究展示「台湾原住民族をめぐるイメージ」2016年8月4日~10月4日本館企画展示場
国際ワークショップ「台灣資訊跨國多語言交流平台(台湾資料の国際多言語交流プラットフォーム)」2016年11月26日台湾屏東県「原住民族委員會原住民族文化發展中心」

2015年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 本年度は研究計画にしたがい、次の3点の内容に着手した。 1)台湾資料、琉球列島資料に関する情報整理ならびに日本語、中国語による資料台帳の作成。2)学術交流締結機関とのプロジェクト内容の協議、確認。3)台湾資料に関する情報収集のための現地予備調査。1)については、台湾、琉球列島諸島の資料に関連した文献情報の収集(琉球列島資料)、台湾および海外の学術機関のデータベース上で公開されている本館所属と関連した資料に関する情報の収集(台湾資料を中心)を行った。また、台湾資料の標本資名については、英語訳、中国語訳を作成した。
2)については、(1)順益台湾原住民博物館を訪問し、博物館長ならびに担当学芸員にプロジェクトの内容についての説明を行い、協力関係の発展的な継続について確認、(2)国立台湾大学考古人類学系および国立台湾大学情報センターを訪問し、当該部門で進めてきた海外資料データベースとの将来的なリンクも含めた研究計画について協議、(3)国立史前文化博物館を訪問し、次年度以降におけるビレッジミーティングの計画について協議、(4)国立台湾歴史博物館と学術協定を締結し、研究協力と成果の公開についての協議、ならびにキックオフとなるワークショップを開催、(5)琉球大学風樹館、琉球大学URAを訪問し、琉球関係資料の資料情報収集のネットワーク形成について協議を行った。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 当初の研究計画におおむねしたがった研究活動が実施できた。特に国立台湾歴史博物館において実施した国際ワークショップでは、外部資金を活用しながら、館内メンバー全員の参加を実現し、双方の将来構想も含めた情報、意見を担当者のみならず先方機関の所属職員と広く共有することができた。
 資料台帳については、台湾資料については英語、中国語、日本語の3言語による目録情報の公開はデータコンテンツとは可能な状況となっており、システム部分の構築を待つ状態となっている。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

◇ 出版
野林厚志 2015.12.24 「「情報遺産」を博物館が構築する意義―「核としての周縁」からの発信」『民博通信』第151号:12-13

◇ 公開シンポジウム
(1)国立民族学博物館フォーラム型情報ミュージアム国際ワークショップ
「台湾および周辺島嶼生態環境における物質文化の生態学的適応」(中文題目「台灣及周邊島嶼的物質文化之生態學適應性」)
日時:2016年1月24日(日)
場所:国立民族学博物館第5セミナー室
(2)国際ワークショップ「國立臺灣歷史博物館 國立民族學博物館2015年「民族學と歷史學の交流」博物館交流ワークショップ」
日時:2015年10月15日-16日
場所:台湾国立台湾歴史博物館
本館参加者:須藤健一館長、伊藤敦規、寺村裕史、日高真吾、野林厚志
研究協力者:黄貞燕(国立台湾芸術大学)、范如苑(国立台南大学)、河村友佳子(元興寺文化財研究所)、和高智美(文化創造巧芸)