モノからみる芸能文化のグローバル化――バリの仮面と楽器を事例として(2013-2014)
目的・内容
本研究は、世界各地で現地の芸能家によって演奏や上演に用いられるようになった、バリのガムラン楽器および仮面が、その後各地の人々とどのように関わっているのかを明らかにする。バリでは、楽器や仮面は神格(あるいはその力)を宿す存在である。これらのモノが新たな土地でどのように扱われ、またその土地のモノの配置(e.g.住環境)や物質文化や音楽文化にどのように影響され、また現地の人々にどのような働きかけをしているのかを、日本、北米、香港、ジャワ島の事例から明らかにする。また、米国や日本でみられる、自作のガムラン楽器や仮面の利用実態も明らかにし、これらのモノが、現地のバリ芸能実践にいかなる影響を与えるのかも考察する。民族芸能のグローバル化という現象を、モノの側から考察し、音や舞踊や演劇だけでなく、それを支える物質文化をも含みこんだ「芸能文化」の越境の問題として問い直す。
活動内容
2014年度活動報告
国内では、都内を中心に3つの日本人によるバリ芸能実践グループの活動の調査を続けた。部分的には、自身も公演に携わりながら、参与観察をおこなった。海外では、米国(ボストン、バークレイ、ホノルル)と香港およびジャカルタを訪れ活動実態についての調査を行った。また本年は、ガムランの主要な形式であるゴン・クビャールが生まれた100周年を記念するイベントがバリ島現地で開催され、日本と米国からのグループが出演したため、この現地調査も行った。
米国では、大学内で結成されたり、それを地元に発展させる形でグループが結成されることが多い。ボストンのグループは、実験的な曲作りが特徴的で楽器自体もオリジナルに開発している。バークレイのグループは歴史が長くまたバリとのつながりが深い。ハワイには比較的新しいグループがあり、現在大きなプロジェクトを抱えている。
日本国内では、大学とは別にグループが多数結成されている点が特徴的である。また、神社や寺といった宗教的公共空間を利用した上演活動が頻繁にみられる点も興味深い。
ジャカルタでは、ヒンドゥ教徒コミュニティおよび、バリ芸能クラブを母体としてグループが形成されているが、ムスリムの参加者も多い。
調査対象となったグループは多様だが、どこもが多かれ少なかれバリのモノに関わる信仰・文化に学び、供物を楽器や仮面に供える等の実践をしていた。また、楽器の重さ、大きさ、音量が、さまざまな面で実践に影響を与えている。加えて日本の神道や仏教そしてジャカルタのイスラム教といった、現地の宗教的な文脈に部分的に影響も受けている。現在はこれらの事柄の具体的な差異や共通点について分析を進めている。
なお期間中は2つの国際学会にて口頭発表し、意見交換をした。さらに、米国の民族音楽学会を訪れ、モノに着目する民族音楽学の最新の研究動向について情報収集した。
2013年度活動報告
【現地調査】
一年目の本年度は、日本国内の団体を対象とした調査を中心に活動した。特に都内の3チームを訪れ、練習に見学・参加した他、主宰者や主要メンバーへの聞き取りを行った。
調査項目は:(a)各上演団体の概要と歴史や現在力を入れている活動内容。(b)所有している(或いはかつてしていた)仮面と楽器について種類と歴史。入手経路や発注・制作プロセス、作成年、作者、制作時の儀礼の有無等。(c)それらのモノの移動および収納の方法や場所(d)所有する(していた)仮面や楽器に対する儀礼の有無、定期・不定期に供えられる供物の内容。(e)仮面や楽器に対する思い入れや愛着。(f)仮面や楽器の維持・修理の方法や加工の履歴。
上記の調査項目について、大分情報が集まってきた。どのチームも所有する(していた)楽器と仮面について他チームとの細かな違いを意識し、愛着を寄せている。楽器や仮面を部分的に自作する事例もあった。都市部に特有の問題もある。楽器は一つ一つが重くまた場所をとる上、演奏はかなり大音量となる。各チームは、周囲と騒音トラブルを起こさない環境や、練習場に隣接した十分な収納スペースの確保などに気を使う。
バリでは楽器や仮面は多かれ少なかれ神格と結びつくものとして扱われる。この信仰(kepercayaan)とでも呼べる態度は、日本の場合、神道や仏教の宗教実践とも緩やかに結びつきつつ、日本の都市の物理的環境にも影響されながら、うっすら「信仰らしきもの」として存在していることを示す興味深い事象がいくつか観察された。これらのデータをまとめつつ、来年度の調査計画を立てた。
【文献調査】
芸能のグローバル化に関連する先行研究に目を通した。また、反対に芸能を特定の地域と結びつける「文化遺産化」に関わる先行研究に対し、本研究との関連性を検討している。加えてウェッブ上での諸外国のガムラン・チームの活動状況の把握に努めた。