国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

熱帯の牧畜における生産と流通に関する政治生態学的研究(2014-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 池谷和信

研究プロジェクト一覧

目的・内容

21世紀に入り、世界の家畜をめぐる環境が大きく変化をしている。鳥や豚のインフルエンザ、牛や豚の口蹄疫など家畜の介在する感染症が、世界中を自由に行き来できるグローバル化の影響を受けて目立つようになってきた。その一方で、地球の人口は70億人を超えて主として途上国では都市化がますます進む現在、人びとの食糧供給源としての肉や乳などの家畜資源の重要性が増加している。そして、これら家畜生産の増大や流通量の拡大が進行中であるのが世界の熱帯地域である。ここでは、家畜の餌となる植物資源が豊かであり、未利用の土地や豊富な労働力が存在する。本研究では、3大陸の湿潤熱帯地域における牧畜に焦点を当てて、そこでの牧畜生産からみた土地利用の実際および家畜の流通を政治生態学的に把握することを目的とする。

活動内容

2017年度活動報告

世界の熱帯地域のなかでモンスーンアジア地域に焦点をあてて、牧畜の生産および流通の実態およびその変化を把握する研究が進展した。調査地域としては、ラオス(中辻、高井、中井)タイ(増野、中井、高井、池谷)ミャンマー(高井)、バングラデシュ(池谷、ファルーク)、インド(篠田)、ネパール(渡辺)、日本の琉球列島(増野、池谷)などであり、研究対象とする家畜は、対象地域によって異なるが、水牛、牛、ブタ、ヒツジ、ガヤル、馬、鶏、アヒル、ミツバチなどの家畜に焦点が当てられた。
各自の研究を個別にみると、近年のインドにおける社会経済変動のなかで、牛飼いカーストの伝統的職業からの離脱や職業転換をはじめとする生計生活パターンの変化が、どの程度進行しているのかをインド南西部のグジャラート州で行った現地調査により確認できた。また、ミャンマーにおいてはヤンゴン~ピイ間の牛・水牛定期市の状況、および同地域の定期市からタイ・メーソートへの搬出ルートを確認できた。一方で、タイの牛・水牛流通と地域社会の変動に関しては、かなり経年データを蓄積できてきている。さらに、ラオスではモン族やラオ族の狩猟や家畜飼育について継続調査を行い、野生動物や家畜をとおして民族間の交換事例について検討した。ラオス北部ルアンパバーン県では、ブタに関しては、導入種の生産と流通が進んでいるものの、山地少数民族(カム)を中心に在来種の生産が根強く続けられていること、ウシに関しては、外来牧草の導入が進み、放牧の仕方がかつての村単位の共同放牧から、世帯単位の個人放牧へと転換しつつあることが明らかになった。
以上のように、モンスーンアジアの牧畜の生産と流通についての実態が明らかになり、これらの基礎資料を利用することで地域全体の家畜と人とのかかわりを体系的にまとめることができる。

2016年度活動報告

世界の熱帯地域のなかでモンスーンアジア地域に焦点をあてて、牧畜の生産および流通の実態およびその変化を把握する研究を進展させてきた。調査地域としては、ラオス(中辻、高井、中井、池谷)タイ(増野、中井、高井、池谷)ミャンマー(高井)、バングラデシュ(池谷、ファルーク)、インド(篠田)、ネパール(渡辺)、日本の琉球列島(増野、池谷)などであり、研究対象とする家畜は、対象地域によって異なるが、水牛、牛、ブタ、ヒツジ、ガヤル、馬、鶏、アヒル、ミツバチなどの家畜に焦点が当てられた。
各自の研究を個別にみると、インドの農業先進地域、農業機械化が展開している地域、農地や放牧地の工業団地や住宅地への転用が進んでいる地域では、牛飼いカーストの酪農からの離脱が急速に進んでいることも確認できた。また、バングラデシュでは、これまでベンガルデルタにおけるブタの遊牧が報告されていたが、南東部のチッタゴン丘陵ではブタの放し飼いが一般的な飼育の方法であった。さらに、タイを経由して中国とベトナムに水牛を食肉用として流通していく状況、牛の場合、東北部などの牛がいったん中部のファームで肥育されてから中国へ流れる状況等が続いていることを確認した。さらに、タイ北部の山地を中心に家畜飼育および家畜利用状況に関する調査を実施した。インテンシブな調査をおこなった村では、出稼ぎのため村を離れる者が増えるなかで,村での活動は活発ではなくなっており、家畜飼育も活発ではなくなっている。村で活動する人びとの現金収入源として、赤米の販売やキャッサバの販売が重要になっていた。これらは、山村の生業複合論としてタイのみならず他の地域にも当てはまる状況を示している。

2015年度活動報告

世界の熱帯地域のなかでモンスーンアジア地域に焦点をあてて、牧畜の生産および流通の実態およびその変化を把握する研究が進展した。調査地域としては、ラオス(中辻、高井、中井、池谷)タイ(増野、中井、高井、池谷)ミャンマー(高井、中井)、バングラデシュ(池谷、ファルーク)、インド(篠田、渡辺、池谷)、ネパール(渡辺)、日本の琉球列島(増野、池谷)などであり、研究対象とする家畜は、対象地域によって異なるが、水牛、牛、豚、羊、ガヤル、馬、鶏、アヒル、ミツバチなどの家畜に焦点が当てられた。
各自の研究を個別にみると、熱帯の家畜生産の面では、日帰りの放牧および泊まりの放牧の状況、それにかかわる家畜飼料基盤の変動、放牧地利用の実際などが個々の家畜に応じて異なることが明らかになった。また、家畜の流通面では、家畜の仲買人の活動、家畜の売買をめぐる家畜市場の状況など、国内の家畜の移動のみならず国境を越えた流通の展開過程が昨年に比べてさらに把握された。たとえば、タイ国内の牛や水牛の流通を見ると、各地の家畜市場の役割が大きいが、市場とは関係なく肉が首都バンコクに運ばれる量も増えてきていることが明らかにされた。
現時点では、モンスーンアジア内での個々の調査地に対応して、牧畜の現状や動態が把握されてきたが、各地域の事例を比較することから牧畜の一般的性質を把握する試みは、平成26年度に引き続きあまり進行していない。今回の研究事例が、各地域の牧畜生産と流通の地域性を把握するための基礎資料を提供すると同時に、多くの地域の共通性を見出だすことができるものとなると考えている。

2014年度活動報告

本年度は、世界の熱帯地域のなかでモンスーンアジア地域に焦点を当てて、牧畜の生産および流通の実態を把握する研究が進展した。具体的な調査地域は、ラオス(中辻、高井)、タイ(増野、中井、チョムナード)、ミャンマー(高井)、バングラデシュ(池谷、ファルーク)、インド(篠田、池谷)、ネパール(渡辺)、日本・南西諸島(池谷)などであり、研究対象とする家畜は、地域によって異なるが、水牛、牛、豚、羊、ガヤル、馬、ミツバチなどの家畜が挙げられる。
メンバー各自の研究を個別にみてみると、家畜生産の面では、日帰り放牧の状況、それに関わる飼料基盤の季節変動の動向、刈り跡放牧の実際などが個々の家畜に応じて明らかになった。また、家畜の流通面では、家畜仲買人の活動、家畜の売買をめぐる市場の状況など、国内の家畜の移動のみならず国境を越えた家畜の流通の展開過程が新たに把握された。例えば、バングラデシュ国内のブタの流通をみると、国の北部に位置するブタ市場の役割が大きいが、市場とは関係なくブタ肉が首都ダッカに運ばれる量も増えてきている。
現時点では、モンスーンアジア内のおのおのの調査地に対応して牧畜の現状や動態が把握されてきたが、各地域の事例を比較することを通して牧畜の一般的性質を把握する試みはあまり進行していない。今回の研究事例が、各地域の地域性を把握するための基礎資料になると同時に、多くの地域共通性を見いだすことができるものと推察している。