グローバル化時代の捕鯨文化に関する人類学的研究――伝統継承と反捕鯨運動の相克(2015-2018)
目的・内容
人類による捕鯨活動は5000年を超える歴史を有し、今日でも米国、デンマーク領のグリーンランド、ノルウェー、アイスランド、日本などでは捕鯨が行なわれている。また、韓国では鯨食文化が存続している。しかし、近年、グローバルな反捕鯨運動の影響で、世界各地の捕鯨活動および捕鯨文化の存続が危機に瀕している。本研究では、歴史性を考慮しながら、国際政治や環境保護運動等の影響下にある世界各地の捕鯨および捕鯨文化の実態を、現地調査によって民族誌的に把握し、記録に残すとともに、アクターネットワーク論の視点から解明する。また、捕鯨や捕鯨文化が直面している諸問題について比較検討し、人類による鯨類利用と鯨類の保全を視野に入れた問題解決のための提言を行う。平成30年度は、上記地域の捕鯨活動や鯨肉の流通消費、反捕鯨運動、クジラの観光資源化について現地調査を実施するとともに、成果発表のための国際シンポジウムを開催する。
活動内容
2018年度実施計画
平成30年度は、米国や韓国、ノルウェー、アイスランド、グリーンランド、日本等において捕鯨や鯨肉の流通・消費、ホエールウォッチング、反捕鯨活動に関する調査を実施するとともに、英国と日本において環境保護団体や動物愛護団体の反捕鯨活動について調査を実施する。また、これまでの研究成果の発信のための国際シンポジウムを開催する。具体的には、下記の活動を行なう。
(1)研究代表者の岸上は、平成30年8月に米国の先住民捕鯨について調査するとともに、カナダ北西海岸地域における鯨類利用について6月に開催される日本文化人類学会において研究発表を行う。
(2)李は平成30年8月に韓国の蔚山等において反捕鯨運動および鯨食文化について補足調査を行う。
(3)赤嶺は平成30年8月にノルウェーの商業捕鯨および鯨肉の流通・消費について補足調査を行う。
(4)浜口は、平成30年7月下旬から8月上旬にかけてアイスランドにおいてナガスクジラとミンククジラの捕鯨に関する補足調査を実施するとともに、ホエール・ウォッチングの調査を行う。
(5)研究協力者の石川は、平成30年10月にツチクジラを捕獲している和歌山県太地町の国内小型捕鯨業者を訪問し、IWCによる商業捕鯨停止決議前後の様子や現在の操業形態や会社方針などについて聞き取りを行う。また、ノルウェーの捕鯨との比較研究を行う。
(6)河島は、平成30年9月にイギリスのクジラ・イルカ協会(WDS)、英国動物虐待防止協会(RSPCA)、世界動物保護協会(WAP)等の環境・動物愛護団体を訪問し、捕鯨問題に関してインタビュー調査と資料収集を実施する。日本のWWFジャパン、地球生物会議などでも捕鯨問題のインタビュー調査を行なう。
(7)高橋と研究協力者の本多俊和は、平成30年9月中旬から10月初旬にかけてグリーンランドとデンマークにおいて捕鯨史に関する文献・資料収集、グリーンランド捕鯨のIWC交渉官および捕鯨者へのインタビュー調査を実施する。
(8)各自、調査の成果を整理し、分析するとともに、その結果についてインターネットを利用して相互に検討する。その結果を研究代表者が取りまとめ、国立民族学博物館のホームページから発信する。また、平成30年11月30日から12月1日に国立民族学博物館において科研の成果を深化させ、発信するための国際シンポジウム「世界の捕鯨の現状と課題」を開催する。
2017年度活動報告
平成29年度は、カナダや韓国、ノルウェー、アイスランド、日本等において捕鯨や鯨肉の流通・消費、ホエール・ウォッチング、反捕鯨活動に関する調査を実施した。(1)岸上は、平成29年夏季にカナダBC州バンクーバ島で先住民の鯨類利用に関する調査を実施した。また、スウェーデンで6月中旬に開催された第9回国際極北社会科学会議においてこれまでの研究成果を報告した。さらに北米北西海岸地域の捕鯨についてサイモン・フレーザー大学のAlan McMillan博士を9月に招へいし、共同研究を実施した。(2)李は韓国の蔚山と釜山等において反捕鯨運動について調査した。(3)赤嶺は平成29年8月にノルウェーのスボルバー(ロフォーテン諸島)のLofothval社において、鯨肉生産と流通の実態調査をおこなうとともに、捕鯨関係者の個人史を採集した。その結果、近年、捕鯨従事者が減少していることが明らかになった。(4)浜口は、平成29年夏季にアイスランド国レイキャヴィクおよび周辺地域において、ミンククジラの捕鯨および流通・消費に関する調査を実施し、関連資料を収集した。あわせて、ホエール・ウォッチングについても参与観察を実施し、関連資料を収集した。(5)研究協力者の石川は、日本沿岸にてツチクジラを捕獲している北海道網走市の小型捕鯨業者を訪問し、IWCによる商業捕鯨停止決議前後の様子や現在の操業形態などについて調査を行った。(6)河島は、平成29年9月にデンマーク領フェロー諸島で、ゴンドウクジラ漁の調査を実施した。また、次年度の調査に備えてイギリスの環境・動物保護団体について事前調査を実施した。(7)研究協力者の高橋は10月に欧州連合(EU)においてグリーンランドの捕鯨とEUの環境政策に関する調査を行った。その結果、水域共通管理を進めるEUと、それに対するグリーンランドの不信感という基本的な構図を確認できた。
2016年度活動報告
平成28年度は、カナダ(岸上)、デンマーク領グリーンランドおよびデンマーク(高橋・本多)、米国(河島)、ノルウェー(赤嶺)、アイスランド(浜口)、韓国(李)、日本(石川)で捕鯨および反捕鯨活動の現状、クジラの観光資源化について調査を実施した。その結果、下記の点が明らかになった。
カナダの極北先住民イヌイットはホッキョククジラやシロイルカなどを捕獲し、鯨類を食料として利用している一方で、北西海岸先住民は捕鯨の再開をむこう20年は行わず、ホエール・ウォッチングなどの観光資源として鯨類を利用することが判明した。グリーンランドでは鯨肉が売れ残ることがあることやホエール・ウォッチングが実施されていること、デンマークの近代化政策がグリーンランドの捕鯨に大きな影響を及ぼしたことが分かった。ノルウェーでは現在でも沿岸捕鯨が実施され、鯨肉が流通している一方、アイスランドでは捕鯨とともにホエール・ウォッチングが実施されていることが報告された。小型沿岸捕鯨が継続されている日本とは異なり、韓国では捕鯨は実施していないが、ウルサン地域の地方行政関係者や村人たちはエコ・ツーリズムを展開しながら捕鯨に関連する伝統文化の維持を図っていることが判明した。また、米国東海岸にある反捕鯨団体である「国際人道協会」と「動物の倫理的扱いを求める人々の会」における調査の結果、欧米社会独自の自然観や鯨観の存在が明らかになった。
本年度の調査から世界各地で捕鯨が実施され、鯨産物が利用されている一方で、鯨類の観光利用が盛んになりつつあることが明らかになった。
2015年度活動報告
本年度はカナダ(岸上)、デンマーク領グリーンランド(高橋・本多)とフェーロー諸島(河島)、ノルウェー(赤嶺・石川)、アイスランド(浜口)と韓国(李)の捕鯨および捕鯨文化の歴史や現状、捕鯨政策について調査を実施した。その結果、下記の点が明らかになった。
カナダ・ヌナヴィク地域のイヌイット社会では操業経費がかさむため毎年の捕鯨の実施は困難であることや大型クジラよりもシロイルカの方が食料として好まれていることが判明した。グリーンランド西部地域では、ミンククジラ猟が積極的に行われている一方、鯨類の観光資源化の動きがみられることや捕獲制限に対して不満があることが分かった。
デンマーク領フェーロー諸島におけるゴンドウクジラの捕獲に関しては、シーシェパードによる妨害活動で島民の中には逆に捕鯨の文化的重要性に目覚める者が出る一方で、汚染による影響を危惧して鯨肉の摂取を控える動きが広がっていることが判明した。ノルウェーの商業捕鯨では、同国政府が捕鯨資源の持続的利用と零細捕鯨者支援によって地域社会の維持・活性化を図る政策をとり、鯨肉の品質向上や輸出拡大を図っていることが分かった。また、現在の捕鯨産業を支えているのは季節的に雇用されるポーランド人ら海外労働者であることも判明した。アイスランドの商業捕鯨についてはナガスクジラやミンククジラが捕獲され、鯨肉をレストランで観光客に提供するとともに日本に輸出していることが判明した。
韓国ウルサン地域では地域住民や行政がクジラをテーマにした観光資源戦略を展開し、村の活性化を図っていることが分かった。韓国では捕鯨を行っていないが、鯨食文化は存続しており、捕鯨再開の動きがみられる。
以上のように、存続の危機に直面している世界各地の捕鯨・鯨食社会では、捕鯨に関連して多様な動きが見られることが判明した。