ネットワーク型博物館学の創成(2015-2019)
目的・内容
本研究は、世界の博物館、とくに民族学博物館が所蔵する資料を、その資料のもともとの制作者や所有者、すなわちソースコミュニティの人びとと共有化し、いわば人類共有の財産として活用するため手法とシステムを考究・開発し、そのシステムの実際の運用と理論化を進めることで、ネットワーク型の新たな博物館学を創生・提示しようとするものである。
この目的の達成のため、国立民族学博物館(民博)をひとつのハブ(拠点)として、世界の主要博物館(以下、拠点博物館とよぶ)との間で資料情報共有のためのネットワークを構築するとともに、それら拠点博物館が所蔵する資料のソ-スコミュニティとの間での共同研究を実施し、資料の共同管理と活用に向けた規範・手法とシステムを考究・開発する。さらにそのようにして開発された手法・システムを実際に運用し、問題点を検証しつつ理論化を進めることで、ネットワーク型の新たな博物館学を創生・提示する。
活動内容
2019年度活動報告
1.博物館のネットワーク化と共同研究
須藤健一は、オーストラリア国立博物館等で同国の博物館の情報ネットワークサービスに関する調査を実施した。亀井哲也は、南アフリカの野外博物館コドゥワナ文化村で活動状況を調査した。野林厚志は沖縄県立博物館の企画展に協力し、博物館の国内外ネットワークによる台湾文化研究に関する議論を深めた。研究協力者の信田敏宏はマレーシア先住民オラン・アスリに関する情報を整理し、民博の特別展「先住民の宝」にその成果を反映した。林勲男はインドネシアのアチェ津波博物館にて、災害博物館のネットワーク化推進を協議した。2019年9月に開催された国際博物館会議(ICOM)京都大会にて、民博とICOM-JAPANがセッション「博物館とコミュニティ開発」を共催し、吉田憲司が基調講演を、園田直子がコーディネーターをつとめた。本科研によってさらに強化された民博の博物館ネットワークを生かしてミャンマー・アルメニア・エクアドル・ザンビアから報告者を招聘し、個々の発表とディスカッションから多くの新たな知見を得た。また同大会にて、佐々木史郎は「先住民族としてのアイヌと国立博物館」のセッションを主宰し、開館予定の国立アイヌ民族博物館について議論した。
2.ソースコミュニティとのネットワーク化と共同研究
岸上伸啓はカナダのハイダ博物館等を訪れ、先住民文化展示に向けた博物館連携を進めるとともに、関係資料の共同調査を実施した。阿部健一は東ティモールにて、コミュニティメンバーと映像作品を制作することで、建設構想中の博物館の展示コンセプトを検討した。
3.情報共有システムの開発
久保正敏は、国立極地研究所にて調査し、自然科学系博物館のアーカイブ資料に関する分野を超えた博物館ネットワークの必要性を明らかとした。そして、連携検索を実現するための資料の階層構造を関連付けたデータベースの検証作業を進展させた。
2018年度活動報告
1.博物館のネットワーク化と共同研究
研究代表者の須藤健一はグアム博物館とネットワークの構築に向けて協議を行い、ミクロネシア連邦では資料館の建設計画の評価を実施した。研究分担者の吉田憲司は、国立民族学博物館(民博)と学術協定を締結している国立台湾歴史博物館において、歴史記録の共同利用について具体的計画の立案を行った。亀井哲也は南アフリカ共和国の野外博物館コドゥワナ文化村で博物館ネットワークを用いた共同調査を実施したほか、スウェーデンのヨーテボリにて開催のオリンピック・ミュージアム・ネットワーク総会に出席し、世界各地の関係博物館との連携体制を構築した。野林厚志は国立台湾歴史博物館において国際連携展示「南方共筆―継承される台湾風土描写」を企画し、2018年10月から19年4月にかけて開催した。園田直子はトリノで開催された国際文化財保存学会にて研究発表を行うとともに、他の参加者との間でのネットワーク形成を図った。林勲男はサモア国立博物館にて、民博が国際協力機構と共同で実施している博物館学研修への過去の参加者たちを交えて、すでに構築された博物館ネットワークについて検証と評価を実施した。
2.ソースコミュニティとのネットワーク化と共同研究
研究分担者の岸上伸啓はカナダのロイヤル・ブリティッシュ・コロンビア博物館、キャンベルリバー博物館、米国マカー博物館等を訪れ、先住民文化の展示に向けた博物館連携を進めるとともに、関係資料の共同調査を実施した。阿部健一は、東ティモールで国立博物館設置構想について調査し、消失の危機にある言語や儀礼・歌などの無形文化遺産の記録保存にむけた博物館ネットワークの重要性を把握した。
3.情報共有システムの開発
研究分担者の久保正敏は、博物館所蔵資料の連携検索を実現するため、資料の階層構造を関係付けた簡易なデータベースをパソコン上で試作し、検証を進めた。
2017年度活動報告
1.博物館のネットワーク化と共同研究:須藤健一はパラオ国立博物館とミクロネシア連邦の「生きた生活博物館」を訪れ、連携体制を構築した。岸上伸啓はフィンランド国立博物館、カナダのノヴァスコシア博物館等の6館、アラスカのアンカレッジ博物館等2館を訪れ、先住民展示を調査するとともに、ネットワーク化を行なった。林勲男はパプアニューギニア国立博物館とオーストラリア博物館で民博所蔵資料に関連する情報の共同利用について協議した。園田直子と日高真吾(協力者)はICOM-CC第18回大会(於:コペンハーゲン)で発表するとともにネットワークの拡充を図った。野林厚志は国立台湾歴史博物館の研究者と民博の台湾関係アーカイブの共同調査を実施した。吉田憲司はブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館長アンソニー・シェルトンを招聘し、世界の博物館の中での民博の位置付けについて研究交流をし、今後の両館の研究連携を図った。協力者の竹沢尚一郎と小林直明もマリとタンザニアにて博物館ネットワーク体制の確立について協議した。
2.ソースコミュニティとのネットワーク化と共同研究:吉田憲司と亀井哲也はガーナのマンヒーア王宮博物館でワークショップを実施し、ガーナ、マリ、ザンビアの博物館関係者とコミュニティ・ミュージアムのあり方についての共同研究を実施した。亀井哲也は南アフリカのウィットウォータースランド大学美術館を訪問し、地域コミュニティにおけるアート教育について共同研究を行なった。阿部健一は東ティモールを訪れ、建設予定の博物館の資料収集・保全について協議した。信田敏宏(協力者)はマレーシアの先住民オラン・アスリの居住地を訪れ、博物館の自文化展示を通じて民族のアイデンティティ意識が強まっている事を確認した。
3.情報共有システムの開発:久保正敏は博物館所蔵のアーカイブ資料の連携検索を実現する為のデータベース・システムを試作した。
2016年度活動報告
(1)博物館とのネットワーク化と共同研究 須藤健一は、2016年6月に現代アボリジニ・アートの企画展開催を通じて、オーストラリア国立博物館とネットワークの構築を行なった。吉田憲司と園田直子は同年7月、ICOM(国際博物館会議)ミラノ大会に、また、吉田は同年5月にIUAS(国際人類学・民族学科学連合)のドブロニク大会に参加し、各国の博物館とネットワーク形成について協議した。岸上伸啓は同年8月と9月にカナダのカナダ歴史博物館など4館およびイギリスの大英博物館等2館と先住民展示に関するネットワーク化を行った。また、カナダUBC人類学博物館とデータベース共有のための共同研究を開始した。日高真吾(協力者)は、同年9月に米国西海岸にあるアジア美術博物館など4館でネットワーク化の協議を行った。阿部健一は東ティモール国立博物館とネットワーク化を行った。
(2)ソースコミュニティとのネットワーク化と共同研究 佐々木史郎と齋藤玲子(協力者)は、アイヌ文化の継承者らとともにアイヌ文化展示およびデータベース構築について共同研究を行った。信田敏宏(協力者)は、2016年9月にマレーシアの国立博物館およびオラン・アスリ関連の博物館において協力のあり方について議論した。亀井哲也は、同年8月~9月に南アフリカ共和国でンデベレ人社会の現地調査を行うとともに、ウィットウォータスランド大学美術館でネットワーク化について協議した。野林厚志は、同年12月に台湾の台北市と台東県でソースコミュニティと博物館との間の学術資料の情報共有化の現状と仕組みについて調査を行うとともに、ネットワーク構築を行なった。
(3)情報共有システムの開発 久保正敏は、博物館所蔵アーカイブズ資料の情報化のために、簡易なデータベース・システムを作成し、それを共有しながらデータ付加を行えるシステムを構築するための稼働実験を行った。
2015年度活動報告
本研究は、世界の博物館、とくに民族学博物館が所蔵する資料を、その資料のもともとの製作者や所有者、すなわちソース・コミュニティの人びとと共有化し、いわば人類共有の財産として活用するための手法とシステムを考究・開発して、そのシステムの実際の運用と理論化を進めることで、ネットワーク型の新たな博物館学を創成しようとするものである。
計画初年度にあたる平成27年度には、拠点博物館となる世界の主要博物館のうち、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館、英国の大英博物館、オックスフォード大学ピットリヴァーズ博物館、イーストアングリア大学セインズベリー芸術センター、ニュージーランド・テパパトンガレワ博物館、南アフリカ・ウィットウォ-ターズランド大学美術館、ザンビア・リヴィングストン博物館、台湾・順益台湾原住民博物館、国内では北海道大学アイヌ・先住民研究センターとのあいだで共同研究を実施し、各博物館の所蔵品管理の状況を精査したうえで、資料とその情報の共有化に向けたシステム作りをおこなった。
また、民族誌資料のソース・コミュニティとしては、米国・ホピ、カナダ・クワクワカワクゥ、南アフリカ・ンデベレ、ニュージーランド・マオリ、台湾・各原住民および日本国内のアイヌの各コミュニティにおいて、コミュニティ博物館の資料所蔵・保管状況、拠点博物館とコミュニティ博物館の関係に関する予備調査を実施し、所蔵資料の情報の充実のために必要な作業を特定するとともに、コミュニティの人びとの参加プログラムの策定要件の抽出をおこなった。