国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

モノを通してみる現代ペルーにおける聖人信仰の形成と発展に関する人類学的研究(2015-2016)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|研究活動スタート支援 代表者 八木百合子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

今日、産業化やグローバル化の加速を背景に、従来希少性が重んじられてきた工芸品や美術作品までも、その複製品が数多く世に送り出されている。そのようななか、宗教的な領域での商品化もかつてないほど急速に進んでいる。とくにペルーでは近年、聖像をはじめとする「聖なるもの」の商品化が著しく、そうしたモノの流通の拡大は、聖人をめぐる人びとの宗教実践を変容させ、近代以降カトリック教会の権力の弱体化とは裏腹に活性化を続ける聖人信仰を下支えする力になっている。
本研究は、宗教的なモノの生産と流通に焦点をあて、現代ペルーにおける聖人信仰の発展について人類学的に追究するものである。その際、聖像というモノを分析の中心に据え、モノと人々が作り出す多様な実践を捉えることで、教会や宣教師の活動に力点をおく従来の見方を越え、宗教現象の新たな理解をはかることを目的とする。

活動内容

2016年度活動報告

本年度はペルーにおける聖像の流通ネットワークの解明を目的に以下の調査を実施した。
(1)現在の聖像流通の一大拠点となっているリマの聖具店街の成り立ちについて明らかにするために、リマ市立図書館およびカトリカ大学附属リバ・アグエロ研究所の図書館において、18~19世紀の旧市街地の様子や職業集団に関する歴史資料の収集と分析を行った。その結果、現在、聖具店が集中するワンカベリカ通りは地図のうえではかなり古い時代から存在している点が把握できたが、聖像の販売や制作を担っていた店や職人に関しては、19世紀半ば頃まで記録はなく、19世紀末から20世紀初頭に入り、ようやく聖像販売に携わっていた店に関する情報を数件確認できた。
(2)上記をもとに、リマの聖具店街周辺で聞き取り調査を重ね、20世紀以降に存在した古い店や工房について情報収集した結果、この地域に最初に登場したとみられる工房を同定することができた。また当時は多くが露天商であったという事実も判明し、現在の聖具店街の形成過程を知るうえで重要な情報を得た。
(3)リマの聖具店の各店舗を訪問し、店の成立時期や仕入先となる工房の情報を入手した。
(4)聖具店を訪れる客にインタビューを行い、聖像購入の経緯およびその行先について聞き取り調査を行った。これらの情報から、工房や店舗の関係者以外に聖像の流通に関わる複数のアクターの存在を掴むことができた。
このほか本年度は、本課題にかかる成果の一部を国立民族学博物館の共同研究会において発表した。今後は、これまでの調査結果をもとに、20世紀のペルーにおける聖像流通の発展と聖人信仰の展開との関連性について分析を行い、成果論文として発表を行う予定である。また次年度以降は、本研究をより発展させるべく、現代世界における宗教的なモノの流通をテーマにした共同研究を本格的に開始する予定にしている。

2015年度活動報告

本年度は、ペルーにおける現在の聖像制作の実態と商品化プロセスの把握を目的に以下の調査を行った。
(1)首都リマにある複数の工房および聖具店を訪問し、聖像の生産形態、デザイン、材質、工房や職人に関する調査研究を行った。その結果、現在の聖像生産の中心となるリマでは、ここ30年ほどで生産市場が拡大してきた点が明らかになった。この背景には農村部から都市部への人口流入が関わっており、地方出身者や大衆層による新たな生産市場が生み出されていることが判明した。
(2)リマ市内の図書館および教会関係施設において、旧来の聖像制作に関する資料の収集を行った。
(3)現代の聖像制作に関して比較検討を行うために、職人による伝統的な聖像制作が未だ主流であるクスコを訪問し調査研究を行った。聖像制作の実態を把握するために、クスコで年に一度開催される恒例の聖像販売市に参加し、この地域を中心に活動する聖像職人に関する調査を実施した。とくにクスコでは、国際的に名の知れた職人が制作する高品質・高価格なものを求める顧客も比較的多く、観光化や地域振興とも相まって特定の商品の価値が上昇する状況が観察され、国内でも制作の実態や市場の動向が二極化している現状が明らかになった。