「世界を食べる日本」:中国編 「中華料理」と「中国菜」は似て非なるもの
「中華料理」と「中国菜」
筆者がはじめて訪れた中国は冬の北京であった。はじめて食べる北京のご飯の美味しさに、5週間の滞在中に4kgも太ってしまったという逸話つきである。何がそれほど美味しかったかといえば水餃子である。北京で食べる水餃子は、皮がモチモチプリプリで、至福の思いで「半斤(北京の水餃子は重さで注文する。これで250グラム)」の水餃子を平らげた。しかし、日本に戻ってきてみると北京と同じような水餃子を出す店がみあたらない。おかげで体重は元に戻ったが、北京で食べた水餃子をもう一度食べたいという思いは消えないままであった[写真1]。
考えてみれば水餃子に限らず、中国を訪れたことのある人なら、日本で食べる「中華料理」と、中国での「中国菜(菜は料理の意味)」とのギャップを大なり小なり感じていることだろう。中華丼や冷やし中華は中国にはない、というのは有名な話だが、日本では日本風にアレンジされた中華料理が非常に多い。
日本の中華料理店と聞いて、どのような店が思い浮かぶだろうか。ラーメンや焼き餃子を売りにしたチェーン店かもしれないし、町なかにある炒め物中心の庶民的な店かもしれないし、あるいは北京ダックやフカヒレを出す高級店かもしれない。つまり、日本における中華料理店は多様であり、それだけ広く日本の社会に溶け込んでいるのである。中華料理が他の各国料理と大きく異なる点は、もはやエスニック料理とみなされることはほとんどない、ということではないだろうか。
中華街は「本場」か?
さて、北京の水餃子が忘れられない筆者は、南京町に水餃子の専門店ができたとの情報を得てさっそく食べに出かけた。南京町といえば、いわずとしれた神戸の中華街である。町全体で「中国」を全面的に押し出しており、エスニック色の弱い日本の中華料理界にあって、最も「本場中国」が味わえる場所だといえよう。ここ数年で屋台の数も増え、レストランに入って食べるもよし、屋台で軽く腹ごしらえするもよし、または中華食材を買って帰るもよし、という町に成長している。
南京町の中華料理は、大きく北京料理と広東料理に分けられることもあり、各店のメニューをのぞいてみると、酢豚、八宝菜、エビのチリソース、ミンチのレタス包み、杏仁豆腐といった誰もが食べたことのある定番メニューが並んでいる。しかし、中国でこれらの料理を食べる機会があるかといえばそうではない。筆者のフィールドである雲南省においては全くみかけないものばかりである。これは単に中国は広いから、という理由だけではないだろう。
南京町は、1995年の阪神・淡路大震災からいち早く復興した町でもある。復興のひとつの目安として観光業の回復があげられるが、南京町は震災後、歩きながら手軽に楽しめる屋台が増加するなど観光客へのアピールを強めた感がある。週末に訪れると、横付けされた観光バスから降りてくる人も多く、人ごみで歩くのがやっとである。「本場中国」の味は、華僑や華人が多く住む神戸の味となり、より日本人向け、観光客向けにアレンジされたものなのかもしれない。知り合いの中国人留学生(北京出身)は「南京町の中華料理はあまり好きではない」と言っていた。味の好みには個人差もあるし、このセリフだけを真に受けるのは危険だが、少なくとも「本場中国」である南京町はこの中国人留学生にとってリラックスしたり、故郷を懐かしむ場所ではないのだろう。
南京町の水餃子専門店で食べた水餃子はとても美味しかった。ただ、彩りよく皿に盛られた水餃子のなかには柚子入りやひじき入りのものもあり、筆者に北京で食べた皿に山盛りの白菜水餃子への思いをより強くさせたのも事実である。
中国では中華料理の常識が通じない
反対に、日本の中華料理の常識が、中国で裏切られた事例を紹介したい。筆者の雲南省留学中に両親が遊びにきた。多少なりとも中国に慣れていた筆者は、初中国でとまどいを隠せない両親を通して、改めて日本の中華料理とのギャップを目の当たりにした。
まず、両親は朝食にお粥を食べたがった。雲南省は米どころではあるが、お粥にお目にかかったことがない。ちなみに雲南省の最もポピュラーな朝食は、米線と呼ばれる米からつくった麺である。夕食に出かけた大衆的なレストランでは、春巻きや焼売、小龍包など日本でお馴染みの点心を期待していたようだが、これらもほとんどみかけない[写真2]。小龍包の専門店はあるが、店主はたいてい上海や杭州などの出身である。また料理ではないが、取り皿がないことにも驚いていた。日本の中華料理店では、取り皿を豊富に用意してくれる。だが、中国のレストランで各自に出されるのは基本的に茶碗のみである。茶碗ひとつで、おかずもご飯もスープも食べるスタイルに慣れない両親のために、店員に取り皿をお願いすると、たった1枚しか持ってきてくれなかったことにまた驚いていた。店員にしてみたら、各自に取り皿が必要だとは思わなかったのだろう。
日本の中華料理の多くが広東料理系だというから、広東に行くと事情は異なるかもしれない。だが、日本で食べ慣れている中華料理が、中国に普遍的に存在するかといえばそうではない。両親にとっては期待していた「本場中国」の料理ではなかったかもしれないが、雲南省の「中国菜」には日本で食べるのとはまた別の、より美味しい発見もあったはずである。
中華まんの動向から今後の「中華料理」をうらなう
最近、「ご当地中華まん」が密かなブームになっている。中華まんは水餃子と同じく、好きな具を包むというアレンジしやすい食べ物である。すでにコンビニなどではピザまんやカレーまんなどが存在するが、「ご当地中華まん」には、静岡のわさびまん、京都のしば漬けなどが入った中華まん、名古屋の八丁味噌まん、長野のりんご豚まんなどがあるという。
中国では絶対にうみだされないであろうこれらの「ご当地中華まん」は、このまま「中華まん」という位置づけで発展していくのだろうか。そうすると、中華丼や冷やし中華に続いて、中国には存在しない「中華」ものの登場となる。今後どのような「ご当地中華まん」がでてくるのか、その動向を楽しみにしつつも、「ご当地水餃子」が登場しないことと、中国に行って八丁味噌まんを探す人が現れないことを願うばかりである。
[写真1] 水餃子
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考えてみれば水餃子に限らず、中国を訪れたことのある人なら、日本で食べる「中華料理」と、中国での「中国菜(菜は料理の意味)」とのギャップを大なり小なり感じていることだろう。中華丼や冷やし中華は中国にはない、というのは有名な話だが、日本では日本風にアレンジされた中華料理が非常に多い。
日本の中華料理店と聞いて、どのような店が思い浮かぶだろうか。ラーメンや焼き餃子を売りにしたチェーン店かもしれないし、町なかにある炒め物中心の庶民的な店かもしれないし、あるいは北京ダックやフカヒレを出す高級店かもしれない。つまり、日本における中華料理店は多様であり、それだけ広く日本の社会に溶け込んでいるのである。中華料理が他の各国料理と大きく異なる点は、もはやエスニック料理とみなされることはほとんどない、ということではないだろうか。
中華街は「本場」か?
さて、北京の水餃子が忘れられない筆者は、南京町に水餃子の専門店ができたとの情報を得てさっそく食べに出かけた。南京町といえば、いわずとしれた神戸の中華街である。町全体で「中国」を全面的に押し出しており、エスニック色の弱い日本の中華料理界にあって、最も「本場中国」が味わえる場所だといえよう。ここ数年で屋台の数も増え、レストランに入って食べるもよし、屋台で軽く腹ごしらえするもよし、または中華食材を買って帰るもよし、という町に成長している。
南京町の中華料理は、大きく北京料理と広東料理に分けられることもあり、各店のメニューをのぞいてみると、酢豚、八宝菜、エビのチリソース、ミンチのレタス包み、杏仁豆腐といった誰もが食べたことのある定番メニューが並んでいる。しかし、中国でこれらの料理を食べる機会があるかといえばそうではない。筆者のフィールドである雲南省においては全くみかけないものばかりである。これは単に中国は広いから、という理由だけではないだろう。
南京町は、1995年の阪神・淡路大震災からいち早く復興した町でもある。復興のひとつの目安として観光業の回復があげられるが、南京町は震災後、歩きながら手軽に楽しめる屋台が増加するなど観光客へのアピールを強めた感がある。週末に訪れると、横付けされた観光バスから降りてくる人も多く、人ごみで歩くのがやっとである。「本場中国」の味は、華僑や華人が多く住む神戸の味となり、より日本人向け、観光客向けにアレンジされたものなのかもしれない。知り合いの中国人留学生(北京出身)は「南京町の中華料理はあまり好きではない」と言っていた。味の好みには個人差もあるし、このセリフだけを真に受けるのは危険だが、少なくとも「本場中国」である南京町はこの中国人留学生にとってリラックスしたり、故郷を懐かしむ場所ではないのだろう。
南京町の水餃子専門店で食べた水餃子はとても美味しかった。ただ、彩りよく皿に盛られた水餃子のなかには柚子入りやひじき入りのものもあり、筆者に北京で食べた皿に山盛りの白菜水餃子への思いをより強くさせたのも事実である。
中国では中華料理の常識が通じない
[写真2] 小龍包
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まず、両親は朝食にお粥を食べたがった。雲南省は米どころではあるが、お粥にお目にかかったことがない。ちなみに雲南省の最もポピュラーな朝食は、米線と呼ばれる米からつくった麺である。夕食に出かけた大衆的なレストランでは、春巻きや焼売、小龍包など日本でお馴染みの点心を期待していたようだが、これらもほとんどみかけない[写真2]。小龍包の専門店はあるが、店主はたいてい上海や杭州などの出身である。また料理ではないが、取り皿がないことにも驚いていた。日本の中華料理店では、取り皿を豊富に用意してくれる。だが、中国のレストランで各自に出されるのは基本的に茶碗のみである。茶碗ひとつで、おかずもご飯もスープも食べるスタイルに慣れない両親のために、店員に取り皿をお願いすると、たった1枚しか持ってきてくれなかったことにまた驚いていた。店員にしてみたら、各自に取り皿が必要だとは思わなかったのだろう。
日本の中華料理の多くが広東料理系だというから、広東に行くと事情は異なるかもしれない。だが、日本で食べ慣れている中華料理が、中国に普遍的に存在するかといえばそうではない。両親にとっては期待していた「本場中国」の料理ではなかったかもしれないが、雲南省の「中国菜」には日本で食べるのとはまた別の、より美味しい発見もあったはずである。
中華まんの動向から今後の「中華料理」をうらなう
最近、「ご当地中華まん」が密かなブームになっている。中華まんは水餃子と同じく、好きな具を包むというアレンジしやすい食べ物である。すでにコンビニなどではピザまんやカレーまんなどが存在するが、「ご当地中華まん」には、静岡のわさびまん、京都のしば漬けなどが入った中華まん、名古屋の八丁味噌まん、長野のりんご豚まんなどがあるという。
中国では絶対にうみだされないであろうこれらの「ご当地中華まん」は、このまま「中華まん」という位置づけで発展していくのだろうか。そうすると、中華丼や冷やし中華に続いて、中国には存在しない「中華」ものの登場となる。今後どのような「ご当地中華まん」がでてくるのか、その動向を楽しみにしつつも、「ご当地水餃子」が登場しないことと、中国に行って八丁味噌まんを探す人が現れないことを願うばかりである。