国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「日本を食べる世界」:モンゴル編 モンゴルの日本料理はどこで食べる?

前川愛

日本でモンゴル人は?
モンゴル料理、ヒツジ肉の塩茹で。たれは無し。ゆであがりをそのまま食べる。
[写真1] モンゴル料理、ヒツジ肉の塩茹で。たれは無し。ゆであがりをそのまま食べる。
モンゴル人のあいだで日本料理の人気は高くない。日本に行って、日本で日本料理を食べたことのあるモンゴル人でも、感想を求めると困った顔をしている。曰く「食べるものがあんまりなかった・・・、そういえば、果物が大きかったかなぁ」と。肉好きな彼らにとっては、日本の肉なんて、味もせず、歯ごたえもなく、ゆでても肉のスープが出ない、ほとんど肉とは思えないものなのだ。日本の肉は絶妙な調味料と最高の調理テクニックで食されるべきもので、ただゆでたりして食べても、全然おいしくないからしょうがない[写真1]。

しかし、長く日本に住んでいるモンゴル人は、彼らなりの「おいしい」ものを見つけている。その中で、面白かったのは「トロ」である。理由を聞くと、「よく噛んでトロの脂を味わうと、モンゴルの羊のあばら骨のまわりについている肉の脂と同じ味がするから」と答えてくれた。筆者には見当もつかないトロの楽しみ方があったものだと、びっくりしてしまった。日本料理が好きではなくても、モンゴル人が味音痴というわけでもないようだ。


モンゴルの食文化激変中
韓国料理屋のミッパンチャン。お代わり自由。野菜の乏しいモンゴルで貴重なおかず。
[写真2] 韓国料理屋のミッパンチャン。お代わり自由。野菜の乏しいモンゴルで貴重なおかず。
こういった「不人気な日本料理」の結果、モンゴルでは当然日本料理店は繁盛しない。つまり日本料理があるとしても常に外国人向けだ。1つ、2つあるのは接待用高級日本料理、それ以外の日本料理店は早いサイクルでできたり、潰れたりする。とくにモンゴル人が経営しているものはすぐになくなってしまう。筆者は接待に使われるような高級日本料理にはそうそう行けないので、モンゴルで外食をする時、おいしい日本料理を期待するのはさっさとやめてしまった。

モンゴルにある外国料理の店で一番多いのは中華料理で、ほとんど同じくらい多いのが韓国料理である。韓国料理店はモンゴルの食堂と変わらない値段でやっているところから、化学調味料を一切使わずに調理した本格的な店、焼肉専門店、などなどさまざまなバラエティでそろっている。野菜がふんだんに使われているミッパンチャン(料理を頼むと勝手に出てくる小皿料理)も豊富なために、モンゴルにいる日本人たちは野菜が食べたい時には、韓国料理屋に出かける人も多い[写真2]。

このように数え切れないほどの韓国料理屋がある理由は、韓国とモンゴル国の関係が過去10年間の間に急激に強まっているからだ。それも政治的な関係だけではなく、庶民的なレベルでの関係が強い。韓国の経営者がモンゴルでごく小規模に工場を操業していたり、韓国料理屋を韓国人の親子で切り盛りしていたりする。日本の零細企業がモンゴルでビジネスチャンスを狙うようなことはまずないのとは対照的である。これは1990年以降の民主化後の中央アジアに共通した現象だ。

もう1つの理由は、逆にモンゴルから韓国へ行く人の多さから生じている。モンゴル国の総人口の約1%はなんと韓国にいる。90年代後半から、モンゴル人は出稼ぎのために韓国へどんどん出国し始めた。そうやって韓国で就労し、モンゴルの家族へ送金しているモンゴル人は約20,000人いると言われている。ソウルにはモンゴル人が集まる場所がいくつもあるそうだ。出稼ぎの人たちの中で一番一般的なのは、男性が一人で行き、肉体労働をし、少しまとまったお金を稼いで、何年かしてモンゴルに戻ってくるという例である。「3交代制の工場で働いていて、1日3食は工場にある食堂で食べていたよ。自分で食べたらお金がかかるけど、まかないはタダだったから。使うお金といえば、モンゴルにたまに電話するための電話代と、タバコ代。残りのお金は全部モンゴルに送っていたよ」と話してくれた男性は典型的な例だろう。彼らはまかないで長年食事をしていたため、韓国料理に親しみ、モンゴルでも韓国料理を食べるようになっている。この男性は「韓国から帰ってきたら、モンゴルでも家族の中で自分だけ、スープに唐辛子をふりかけるようになっちゃったんだよ、ははは」と笑っていた。


こんなところで日本料理に遭遇
韓国料理屋のメニュー。マグロの刺身とにぎり寿司。それぞれ約2,000円と1,000円也。
[写真3] 韓国料理屋のメニュー。マグロの刺身とにぎり寿司。それぞれ約2,000円と1,000円也。
いつの間にか、日本料理ではなく、モンゴルにおける韓国料理に話が移ってしまった。それほど、モンゴルでは韓国料理は一般的なのだ。日本料理と違って、韓国料理屋はお客にモンゴル人が多い。在モンゴルの外国人のための店ではないのが、日本料理店との大きな違いだろう。なぜ、長々とモンゴルにおける韓国料理の話をしたかというと、韓国料理の店で突然メニューの中に日本料理らしきものを発見することがあるからだ。たとえば、「これって、お寿司?」、「トンカツかしら?」、「うどんみたい?」という具合だ。メニューの数多くの種類の中に1品か2品の日本的な料理が含まれていることがある。写真のお店では40品目中2品が寿司と刺身で、店の人に聞いてみると、「モンゴル人は注文しません、韓国人のお客さんがよく食べています」とのことだった[写真3]。

おそらく世界の中で、日本料理がもっとも大衆的なレベルでも食べられているのは韓国だろう。ソウルの街でも「日式○○○」といった看板でトンカツ屋や他の日本風の料理はそれほど珍しくない。その歴史はいつから始まったのかは知らないが、両文化の交流の時間の長さや濃さ、そして植民地時代のことを考えれば、それほど不思議なことではない。もう今はなくなってしまったが、1年ほど前まで手ごろな値段で、モンゴルで鰻丼を食べられるのは唯一、北朝鮮系料理屋だった。鰻が恋しくなると、筆者は北朝鮮料理屋に行っていた。その店は在日朝鮮人の人が経営していたのかもしれないが、メニューの半分くらいが日本料理のメニューだった。

モンゴルの首都、ウランバートルの風景。
[写真4] モンゴルの首都、ウランバートルの風景。
つまり、先にあげたここ10年のモンゴル・韓国間の関係の深まり、そして、日本と韓国の関係から、「モンゴルで」、「韓国・朝鮮系の料理屋が」、「日本料理を出している」という状況が生まれている。ここで、「韓国人がニセモノの日本料理で店を出している」などと怒ってもしょうがない。世界中の「文化」でピュアなものなんて実にどこにもなく、また常に同じ状態にとどまっているものでもないのだ。はっきり言って、文化なんてじゃんじゃん他の人たちに使ってもらってなんぼ、そこで初めて自らも生き残れるようなものである。その過程では、すり替えや転用や融合が起きて当たり前、モンゴルでキムチののったうどんを韓国料理屋で見つけたら、「うどん、ひさしぶりー、ラッキー」と食べるのが正しい姿勢だ。モンゴル人なんて、「トロ」を「羊のあばら骨のまわりについている肉の脂」とフクザツに読替えて、「トロ」を楽しんでいるのだ。それに比べたら、キムチののったおいしいうどんなんて、喜べばいいだけのことだ。お、今度はウランバートルの中華料理屋で「日式炒麺」を新たに発見、早速試してみるとしよう[写真4] 。