国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民博が所蔵するアイヌ民族資料の形成と記録の再検討

研究期間:2016.4-2020.3 / 開発型プロジェクト(4年以内) 代表者 齋藤玲子

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 本プロジェクトの目的は、国立民族学博物館(以下、民博)に所蔵されているアイヌ民族の標本資料の情報を充実させ、国内外のアイヌ文化に関心をもつ人びとが、より利用しやすいデータベースを提供することにある。併せて、標本資料(民具)の収集とアイヌ民族についての民族学的研究がどのような関係にあったのか、コレクションの成り立ちを分析することで、明らかにしていく。
 民博に所蔵されるアイヌの標本資料は、5000点近くにのぼる。近年、アイヌ文化への関心は高まっており、本館の事業利用のみならず、他機関への貸し出しや、研究や複製などのための特別利用も頻繁におこなわれているが、公開されているデータベースから、館外者が資料の概要や個別情報を入手しやすい状況にはない。
 資料情報を整理・追加するとともに、資料名がわからなくても検索できるような分類システムをつくり、とくにアイヌ文化の担い手に活用されるデータベースを構築する。

プロジェクトの内容

 民博が所蔵するアイヌ資料は、展示等のために製作を依頼するなどして意図的に収集したものも少なくないが、設立時に他機関から移管されたものや、旧蔵者の逝去や遺族等の事情により手放すことになった個人コレクションが大半を占めている。それらは、民博の教員が現地で使用・製作されているものを調査しながら収集したものではないうえ、一度に多数の資料を受け入れなければならなかった事情などから、情報が欠落していたり不完全であるものが極めて多い。こうした資料を活用するためには、旧蔵者や収集者に関する情報を集め、収集の経緯を明らかにして、標本資料に付与していくことが不可欠である。
 また、実際にアイヌ資料を研究、展示等の普及啓発、技術継承のための復元等に活用しようとするアイヌ文化伝承者や工芸家、研究者や学生らが、目的とする資料にたどり着くことができ、必要な情報を得られるようなデータベースの公開が期待されている。ことに、アイヌ文化関係者は北海道在住者が多く、民博でじっくりと調査をおこなうことは難しいため、精度の高いデータベースを公開することは、アイヌ文化の振興や研究の推進に役立つとともに、双方向型にすることで、実見調査のみではわかり得なかった地域差や現地名等の情報収集も可能となる。
 本プロジェクトは、以下のようなプロセスでおこなう。

  1. 民博が所蔵しているアイヌ資料のすべてについて、旧蔵者の台帳や付け札・購入時の書類・関連文献や写真、標本資料に直接書き込まれている情報などのうち、データ化されていないものを、撮影およびスキャニングする。
  2. すでにデータベース化されている情報と、旧蔵者の台帳や付け札・購入時の書類・関連文献や写真等とつきあわせ、データの入力・修正作業をする。
  3. 収集地での確認が必要な場合は現地調査をおこない、旧蔵先の関係者への聞き取りや確認が必要な資料については、民博に関係者を招聘して実見しながら資料調査をおこなう。
  4. 並行して、資料名(日本語・アイヌ語)とその表記の整理、その英訳をおこなうとともに、OMC情報を参考にしながら、資料の分類体系を検討し、コンテンツを構築する。その際、実際に利用する立場として、(公社)北海道アイヌ協会や(公財)アイヌ文化振興・研究推進機構等の関係者や研究者を交えて、検討会をおこなう。
  5. これらの情報を集約し、フォーラム型情報ミュージアム委員会システム開発部会の委員と協議しながら、双方型多言語データベースを作成。2年目以降、データベースをオンライン上で逐次公開し、運用しながら修正を進める。
  6. 最終年度に、海外のアイヌ資料所蔵機関の学芸員・研究者らを交えて、アイヌ資料情報のネットワーク化に関するシンポジウムを開催する。
期待される成果

 館外に公開されてこなかったアイヌの標本資料の詳細な情報を、アイヌ文化伝承者や研究者・学生などが入手できるようになり、アイヌ文化の振興や研究の推進に寄与することができる。資料名の不統一などにより、検索しても目的の資料にたどりつかないなどの不備について、分野による検索で解消するとともに、関連資料へも視点をひろげることができる。さらに個別情報の充実のみならず、コレクションごとの収集の背景や収集者(旧蔵者)に関する情報が引き出せるデータベースとして、アイヌ研究史の一部としても活用できる。さらに、フォーラム型機能により、修正や追加すべき情報が集約され、データベース自体の充実と進化、それにともなう研究の発展が期待できる。
 また、北海道をはじめ、遠隔地からもアイヌ資料の情報収集に活用でき、アイヌ文化の普及や教育にも利用することができる。

 

成果報告

2019年度成果
1. 今年度の研究実施状況

モデル版のデータベースを運用しながら、民博が所蔵しているすべてのアイヌ資料について、関連文献等を探してつきあわせ、データの入力・修正作業を進めた。資料名についても整理を進め、その表記を統一するとともに、アイヌ語と英語および新たにロシア語を付す作業を終えた。ロシア語については、リサーチ・アシスタントの留学生が、既刊のロシア博物館所蔵アイヌ民族資料目録を参考に資料名を付した。さらに検索の精度をあげるために項目の確認や修正も進めた。併せて、データベース画面表示や操作について改善をおこなった。
また、2019年9月15日にアイヌ関連資料を所蔵するロシアの博物館の研究者らを招聘し、国際ワークショップ「民博が所蔵するアイヌ民族資料の形成と記録の再検討 ―データベースとその活用」を開催し、一般にも公開した。アイヌ関連資料のデータに関する研究や公開の状況について、国内の大学、博物館、アイヌ関係団体等の研究者・職員ら共同研究員とともに、情報を交換しあい、より有用なデータベースにするための議論をおこなった。なお、同ワークショップでは、本館の外国人客員研究員と協力し、およそ100年前にアイヌ民族の調査と資料収集をおこなったハンガリー人研究者バラートシ・バログ・ベネデクの足跡をたどる調査報告もおこなった。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

上記の実施状況のとおり、データベース公開に向けた情報の確認調査と修正ができ、アイヌ文化に関心がある国内外の研究者や学生、アイヌ文化伝承者らと、情報交換や討論をとおして、アイヌ資料の情報のあり方について検討することができた。近年、アイヌの物質文化の研究は、地域的な分布や時代による変化を追究すべく進められており、所蔵資料の情報を開示することが不可欠になってきている。また、そうした研究の成果により、地域や時代が不詳だった資料も推定が可能になる。国際ワークショップでも、100年以上前など古くに収集された資料について、収集の背景や収集者(旧蔵者)に関する情報の重要性が確認されたところであり、そうした情報が引き出せるデータベースとして、アイヌ研究史の一部としても活用されることが期待できる。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

2019.9.15 国際ワークショップ「民博が所蔵するアイヌ民族資料の形成と記録の再検討 ―データベースとその活用」開催(一般にも公開)国立民族学博物館第4セミナー室
2020.1.26 日本文化人類学会公開シンポジウム「アイヌ民族と博物館 ―文化人類学からの問いかけ」において「研究成果の還元と博物館活動 ―収蔵資料のデータベース化を中心に」発表(齋藤玲子)法政大学市ヶ谷キャンパス富士見ゲートG401教室

2018年度成果
1. 今年度の研究実施状況

データベースの基礎情報として、引き続き、民博が所蔵しているすべてのアイヌ資料について、既存の標本資料詳細データベース(館内版)の情報をベースに、関連文献等を探してつきあわせ、データの入力・修正作業を進めた。併せて、文献の関係箇所のデジタル化を進めた。また、データベースに不慣れな利用者にも資料の検索がしやすいように、『北海道開拓記念館収蔵資料分類目録1 民族』(現・北海道博物館)を参考にして、独自の分類をおこなった。併せて、資料名について整理し、その表記を統一して、アイヌ語と英語を付す作業をほぼ終えた。
さらに、共同研究員とともに特定の資料(今年度は編み袋:サラニプ)についての熟覧調査をおこない、情報の付加に努めた。アイヌの工芸家と収蔵資料の調査をし、情報の聞き取りをおこなった。
館外の大学、博物館、アイヌ関係団体等の研究者・職員を共同研究員として、進捗状況をふまえて、有用なデータベースにするための議論および次年度のシンポジウムの打ち合わせもおこなった。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

上記のとおり、本年度も情報の収集と確認をおこない、既存のデータベースで不明だった年代や地域等の情報の修正・追加入力を進めるとともに、標本資料について書かれた文献を収集しつつ、デジタル化もおこなった。また、資料名の表記の統一とアイヌ語名・英名を付した。
さらに、共同研究員とともに編み袋(サラニプ)についての熟覧調査をおこない、技法や素材について新たな情報を付加することができた。アイヌの工芸家からも標本資料についての情報収集をすることができた。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

 

2017年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 データベースの基礎情報として、昨年度に引き続き、民博が所蔵しているすべてのアイヌ資料について、既存の標本資料詳細データベース(館内版)の情報をベースに、関連文献等を探してつきあわせ、データの入力・修正作業を進めた。併せて、文献の関係箇所のデジタル化を進めた。
 関連文献のなかでも、東京大学理学部人類学教室旧蔵資料のうち1000点(アイヌのみではなく、世界各地の資料)を掲載した『内外土俗品図集』(寶雲舎 1938-39年)については、館内での試験的公開に向けて整備した。
 さらに、共同研究員とともに特定の資料(今年度は刀掛け帯/エムシアッと背負い紐/タラ)についての熟覧調査をおこない、情報の付加に努めた。
 北海道アイヌ協会から派遣された工芸家とともに現行の衣服関連資料データベースを使い、改善点等を検討した。
 加えて、アイヌ語訳の準備として、(公財)アイヌ文化振興・研究推進機構の工芸品展の図録をはじめ近年の文献から資料のアイヌ語名を拾い出す作業をおこなった。
 館外の大学、博物館、アイヌ関係団体等の研究者・職員を共同研究員として、進捗状況をふまえて、有用なデータベースにするための議論もおこなった。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 上記のとおり、本年度も情報の収集と確認をおこない、既存のデータベースで不明だった年代や地域等の情報の修正・追加入力を進めた。標本資料について書かれた文献を収集しつつ、デジタル化もおこなった。
 また、共同研究員とともに刀掛け帯(エムシアッ)と背負い紐(タラ)についての熟覧調査をおこない、技法や素材について新たな情報を付加することができた。
 さらに、北海道アイヌ協会から派遣された工芸家とともに、衣服関連資料のデータベースに望むポイントについて調査・検討することができた。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

「旧蔵者からの再調査の可能性」(仮)『民博通信』160号(平成30年3月発行予定)

2016年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 データベースの基礎情報として、民博が所蔵しているアイヌ資料のすべてについて、既存の標本資料詳細データベース(館内版)の情報をもとに、旧蔵者の台帳、購入時の書類・関連文献等とつきあわせ、データの入力・修正作業を進めた。その際、旧蔵者の台帳、購入時の書類、関連文献などで、データ化されていないものをスキャニングした。また、情報がほとんど付されていなかった平取町二風谷の故貝澤守幸氏旧蔵資料約200点について、遺族を民博に招聘して資料を実見しながら調査をおこなった。
 関連文献のなかでは、東京大学理学部人類学教室の資料1000点(アイヌのみではなく、世界各地の資料)を掲載した『内外土俗品図集』(長谷部言人監修・東京人類学会編纂/寶雲舎 1938-39年発行)に、標本資料詳細データベース(館内版)に入力されていない詳細な情報が掲載されていることから、テキスト化をおこなった。
 加えて、英訳の準備として、関連文献から資料の英名を拾い出す作業をおこなった。
 また、館外の大学、博物館、アイヌ関係団体等の研究者・職員を共同研究員として、有用なデータベースにするための議論をおこなった。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 上記のとおり、本年度はデータベース構築のための準備作業として、基礎情報の収集や既存のデータベースの修正・追加入力を進めた。標本資料について書かれた文献を収集しつつ、スキャニングもおこなった。
 また、平取町二風谷の故貝澤守幸氏旧蔵資料約200点については、情報がほとんど付されていなかったが、遺族(守幸氏の妻と子たち)を民博に招聘して資料を実見しながら調査をおこない、製作者や製作・収集時の年代・状況などの情報が得られた。
 初年度として予定していた準備作業は、ほぼ実施することができた。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

成果としては無し。 概要については、「アイヌ民族資料の活用のために」『民博通信』155:10-11