国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代日本における「看取り文化」の再構築に関する人類学的研究

研究期間:2016.10-2020.3 代表者 浮ヶ谷幸代

研究プロジェクト一覧

キーワード

死、看取り、文化

目的

本研究は、現代日本の超高齢社会における地域包括ケアシステムとそこに通底する死生観や人格観、家族観を明らかにしながら、「医療の生活化」という概念を手掛かりに、地域社会での「看取り文化」を新たに構想することを目指す。
日本は世界に類を見ないスピードで高齢多死社会に突入しつつある。病院死がおよそ80%占める一方、「終活」の展開や葬儀の多様化が進み、「その人らしい死」「死の自己決定」という死の文化的、社会的変容が起こっている。また「独居老人」や「孤独死」という言葉に見られるように家族観の変容と地域社会の変貌が指摘されている。近年、厚生労働省は高齢多死社会を見据えて病院医療から在宅医療への転換を打ち出し、終末期医療の再検討を始めた。これにより日本各地で在宅(施設を含む)での「看取り」のあり方が模索され始めている。今日、在宅の「看取り」には医療福祉制度の充実や多職種連携は不可欠であるが、そこには実践的課題と学術的課題がある。前者は、既存の地域包括ケアシステムが抱える問題、公的介護と家族介護とのバランスという課題である。後者は、死の医療化論、死生観と家族観の変容、死の個人化を促す地域社会の再検討という理論的課題である。本研究では、国外の「看取り」実践を参照点とし、上記の二つの課題を横断的に捉えつつ、現代日本における「看取り文化」の再構築への道筋を提示する。

研究成果

本共同研究から得られた知見は、以下の5点である。
1.「看取り文化」という視点
 近年、文化人類学では「文化」という視点が等閑視されているが、あえて「看取り文化」に着目することで、医療に偏りがちの看取り実践を、「死にゆく人」を囲む本人や家族、専門家に取り戻し、地域で「ともに暮らす」場に位置づけ直すことができること。
2.分析における4つの視点
 看取り実践の分析において、①ケアのあいまいさ、②「死」の自己決定の再考、③最期を迎える場所性、④コミュニティ(地域)という4つの視点が見出されたこと。
3.医療と非医療との分割を越えて
 在宅の看取りでは、医療(フォーマル)と非医療(インフォーマル)とが分かちがたく結びつくことから、「看取り文化」の構築には「死にゆく」本人を起点にすることが求められていること。
4.役割分担から役割の重なり
 高齢者ケアには多職種連携が前提とされているが、そこで重要なのは、個別に機能する役割の分担ではなく、互いに重なり合う(多機能的な)役割が重要であること。
5.無縁と有縁を分かつもの
 身寄りのある独居高齢者や無縁の高齢者の増加によって、従来の地縁、血縁などの有縁のコミュニティ(地域)ではなく、新たなカタチのコミュニティが構築される可能性があること。

2019年度

本年度は共同研究の最終年度であり、事例報告を中心とした共同研究会の開催(2回)、日本文化人類学会第53回研究大会分科会の打ち合わせ、共同研究の成果についての打ち合わせを予定している。日程は第1回:4月20日~21日、第2回:5月11日~12日、第3回:10月26日~27日(変更の可能性あり)である。第1回と第2回では共同研究員の報告のほか、特別講師を招聘し、高齢化・過疎化が進む長崎県の小島での在宅看取りの実践報告(山田千香子:聖徳大学)、沖縄県の離島での小規模多機能ホームの看取りの実践報告(加賀谷真梨:新潟大学)、メラネシア地域のバヌアツ共和国における看取りの実践報告(福井栄二郎:島根大学)を予定している。なお、第2回では日本文化人類学会第53回研究大会での分科会「コミュニティ(地域)による看取りの力」について打ち合わせを行う予定である。そして、第3回では、研究成果として論文集の企画打ち合わせ(出版社の検討と各自の論文の位置づけなど)と、同テーマでの共同研究の継続の可能性について検討する予定である。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 相澤出、渥美一弥、鈴木勝己、田代志門、田中大介、松繁卓哉、山田慎也
研究会
2019年4月20日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
加賀谷真梨(新潟大学)「分化する「看取り」――沖縄離島の小規模多機能型介護施設の実践から考える」
福井栄二郎(島根大学)「ヴァヌアツ・アネイチュム社会における高齢者の生・病・死、その変化について」
2019年4月21日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
浮ヶ谷幸代(相模女子大学)「ルームシェアで最期を迎える――神奈川県藤沢市UR住宅における小規模多機能ホーム〈ぐるんとびー〉の取り組みから」
2019年5月11日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
日本文化人類学会第53回研究大会分科会のためのプレ発表
浮ヶ谷幸代(相模女子大学、趣旨説明)「コミュニティ(地域)による看取りの力」
相澤 出(岩手保健医療大学)「地元に投じる一石としての『安心ノート』――二ツ井ふくし会による在宅での看取り事例集は地元になにをもたらすか?――」
浮ヶ谷幸代(相模女子大学)「『小さな移住』と『大きな移住』――日本版CCRCとUR団地小規模多機能ホームとの比較から――」
山田慎也(国立歴史民俗学博物館)「看取りから葬送へのコミュニティは形成されるか?――無縁化への予防と自己決定をめぐる実践を通して――」
松繁卓哉(国立保健医療科学院)「地域包括ケアシステム(保健・医療・福祉)への『住民参加』――システムにおける互助の問題――」
渥美一弥(自治医科大学)「サーニッチが居留地で看取ること――地域の看取りとしてのカナダ先住民保留地――」
2019年5月12日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
日本文化人類学会第53回研究大会分科会のためのプレ発表
山田千香子(聖徳大学)「住み慣れた地域を終の棲家とするために――長崎県の島の取り組みを事例として」
研究成果

本年度は、共同研究の最終年度であり、共同研究の成果の一部として日本文化人類学会の分科会の準備にあてた。加えて、看取りに関する調査研究に取組んでいる特別講師を3人招聘し、「死」「看取り」「地域」について検討した。分科会のテーマは「コミュニティ(地域)における看取りの力」であるが、80%近くが病院で最期を迎えている現代日本で、コミュニティに看取りの力を想定することは可能か、という課題が議論された。家族や地域住民における「おたがいさま」という機能が消失した現在、無縁者や独居高齢者が最後を迎える際に行政や企業がイニシアチブをとらざるを得ない現実があった(山田慎也)。他方、医療・福祉制度(松繁)を背景として、最期を迎える人を含めた専門家と家族、住民とのかかわり方から「看取り文化」の可能性について論じる報告があった(加賀谷、浮ケ谷、相澤、山田千香子)。海外の報告(福井、渥美)を参照しつつ、これらの結果を踏まえて「看取り文化」の構想には医療・福祉の専門家やその実践と、「死にゆく人」とその「死」をめぐる関係者の思いや行為とが交叉する、政治的、経済的、社会的プロセスを明らかにすることが重要であることを確認できた。(括弧内は報告者)

2018年度

第1回共同研究会
 (1)浮ヶ谷幸代(相模女子大学):最期を迎える場所を取り戻す――UR住宅におけるハウスシェアリングを例として――
 (2)相澤出(医療法人社団爽秋会):「特養の看取り」「在宅の看取り」「ホームカミング」――二ツ井ふくし会による地域への問題提起のテーマとしての看取り――
 (3)山田千香子(聖徳大学):長崎県の看取り実践の報告
第2回共同研究会
 (1)西真如(京都大学):大阪市西成区の訪問看護ステーションの看取り実践の報告
 (2)山田慎也(国立歴史民俗博物館):近親者なき人の葬儀・供養の実態報告
 (3)林美枝子(日本医療大学):北海道都市部の看取り実践の報告
第3回共同研究会
 (1)渥美一哉(自治医科大学):北米サーニッチ社会における死への向き合い方
 (2)鈴木勝己(二松学舎大学):タイ・日本における仏教看護に基づく看取りの可能性
 (3)松繁卓哉(国立保健医療科学院):近年の終末期における栄養摂取をめぐる言説
第4回共同研究会
 (1)鈴木七美(国立民族学博物館):欧米社会における老いと看取り実践
 (2)浮ヶ谷幸代(相模女子大学):老いと看取りを「自分ごと」として考える――北海道えりも町の地域デザインミーティングの実践例から――
 (3)田代志門(国立研究開発法人国立がん研究センター):新しい「死の文化」の可能性と課題
*下線は特別講師の予定。報告者と報告内容は変更の可能性あり。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 相澤出、渥美一弥、鈴木勝己、田代志門、田中大介、松繁卓哉、山田慎也
研究会
2018年7月21日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
林美枝子(日本医療大学)「『看取りねっと』の試みと課題」
浮ヶ谷幸代(相模女子大学)「Aging in Placeの意味するところ:日本版CCRCと小規模多機能ホームとの比較から」
2018年7月22日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
山田慎也(国立歴史民俗博物館)「近親者無き人の看取りから葬送への連続的ケアの可能性」
2019年2月9日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
西真如(京都大学)「身体の痛みに寄りそう――大阪市西成区の単身高齢者を看取る訪問看護師」
田中大介(東京大学)「遍在する死と遺体:東日本大震災における葬儀業の支援活動とデス・ワーク」
2019年2月10日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
松繁卓哉(国立保健医療科学院)「地域包括ケアシステムにおける『住民参加』『地域資源』の課題」
2019年2月23日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
鈴木勝己(早稲田大学)「タイ・エイズホスピス寺院における『死にゆく力』の考察」
渥美一弥(自治医科大学)「カナダ先住民サーニッチにとっての死と儀礼について」
2019年2月24日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
渡邊欣雄(東京都立大学)「あの世のために生きる――漢族の死生観と死の条件」
研究成果

2018年度は「看取り文化」の再構築に向けて、海外における死と看取りの実践例(タイ・エイズホスピス寺院、カナダのサーニッチ社会、中国の漢族)と、日本における死と看取りをめぐる実践例(北海道札幌市、神奈川県藤沢市・横須賀市、大阪市、千葉市、宮城県・福島県)を集めた。さらに、日本の高齢者医療政策の「地域包括ケアシステム」が抱える課題、そして地方創生の一環である「生涯活躍のまち(日本版CCRC)」構想を通して、国家政策と「看取り」とコミュニティとの関係について検討した。日本における伝統的な「看取り文化」が消滅している現在、「看取り文化」の構想が果たして可能かと問い、「消滅の語り」と「生成の語り」というクリフォードの「文化」概念を導入することにした。新たな「看取り文化」が生成される可能性を検討する際に、地方行政の取り組みや専門家による活動、地域住民の参加の有無など、地域資源の実態を踏まえて、死と看取りにかかわる実践とコミュニティ(ローカルな地域)との関係を精査する必要があることを確認した。

2017年度

第1回:5/13~5/14 花戸貴司氏(医師、滋賀県永源寺診療所所長)、鷹田佳典氏(社会学、人間総合研究センター招聘研究員)を招聘予定
第2回:7/1~7/2  新村拓氏(日本医療史、北里大学名誉教授)、森田敬史(宗教学、新潟県長岡ビハーラ僧)を招聘予定
第3回:12/10~12/11 山田千賀子氏(文化人類学、聖徳大学、検討中)を招聘し、早稲田大学の死生学研究会と合同研究会を開催する予定
第4回:2/11~2/12 渥美一哉(自治医科大学)、鈴木勝己(二松学舎大学非常勤講師)、山田慎也(国立歴史民俗博物館)

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 相澤出、渥美一弥、鈴木勝己、田代志門、田中大介、松繁卓哉、山田慎也
研究会
2017年5月13日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
花戸貴司(滋賀県永源寺診療所所長)「地域での看取りを支える ――永源寺の地域まるごとケア――」
指定討論
総合ディスカッション
2017年5月14日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
鷹田佳典(人間総合研究センター招聘研究員)「緩和ケアへの公衆衛生アプローチに基づく実践的取り組み――イギリス・スコットランド・オーストラリアにおけるコミュニティケアの展開」
2017年7月1日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
新村拓(北里大学名誉教授)「看取り文化」
鈴木勝己(二松学舎大学)「タイ・エイズホスピス寺院における仏教看護と看取り」
2017年7月2日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
森田敬史(医療法人崇徳会長岡西病院)「長岡西病院ビハーラ病棟における『看取り』」
2018年2月24日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
中村沙絵(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科)「スリランカにおける老年と看取り――在宅・施設の事例検討」
関根康正(関西学院大学)「生死のヘテロトピア」
2018年2月25日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
田中大介(東京大学大学院総合文化研究科)「葬儀業にみる汚穢観念と職業意識」
研究成果

2017年度は、老い、看取り、死をめぐる日本の歴史と比較文化の視点から、本共同研究のテーマに取り組んだ。歴史の文脈では医療史研究の第一人者である新村拓氏を招聘し、仏教的な死生観から明治以降の家庭看護の導入、戦後の病院死の増加に至るプロセスについて、日本の看取り文化の歴史を総ざらいし、看取り文化の再構築に向けての政策提言についての示唆を受けた。次に、長岡市の病院(ビハーラ僧、森田敬史氏)、タイのエイズ寺院(鈴木勝己氏)、スリランカの高齢者施設(中村沙絵氏)での看取り実践についての各報告から、アジア地域での看取り実践の文化比較を行った。また、滋賀県永源寺地区から在宅医療医を招き「地域まるごとケア」について報告をしてもらい、現代日本の在宅医療での看取りの可能性について示唆を受けた。さらに、近年欧米文化圏で広まりつつある「デスカフェ運動」(社会学者、鷹田佳典氏)、葬祭業における死の汚穢観念(田中大介氏)の報告を受け、従来の「死のタブー視」を払拭する試みについて検討した。これらの報告をもとに、死をめぐる人類学的な理論的枠組み(関根康正氏)について検討を行い、次年度の課題に引き継ぐこととした。

2016年度

「看取り文化」に関する国外の調査研究を参照点として、日本における在宅(施設を含む)での看取りを行っている医療機関や家族、関係者の「看取り」実践の実態を報告していく。
◆2016年度は共同研究会の方向性と研究計画について議論する。
終活や葬儀、死生学と看護学、緩和ケアホスピス研究のレビューをし、「看取り文化」の再構築にかかわる学際的アプローチと各分担者の役割を確認する。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 相澤出、渥美一弥、鈴木勝己、田代志門、田中大介、松繁卓哉、山田慎也
研究会
2016年10月22日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
共同研究員の自己紹介と共同研究における役割分担
浮ヶ谷幸代(相模女子大学)「現代日本における『看取り文化』の再構築に関する人類学的研究」についての趣旨説明と問題提起
田代志門(国立研究開発法人国立がん研究センター)「『死の社会学』の系譜」
2016年10月23日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
松繁卓哉(国立保健医療科学院)「地域包括ケアシステムの中で構想されている『看取り』」
2016年12月10日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
田中大介(桜の聖母短期大学)「『死の人類学』の系譜」
総合ディスカッション「『看取り文化』の再構築のための学術研究の方向性――第1回の田代報告と松繁報告を踏まえて――」
2016年12月11日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
相澤 出(医療法人社団爽秋会岡部医院研究所)「看取りをめぐる体験との向き合い方―在宅緩和ケアのケア提供者側に焦点をあてて―」
研究成果

本共同研究では、老い、就活、ターミナルケア、死、葬儀、墓に至るまでのプロセスを視野に入れ、広義の「看取り文化」の再構築を目指すことを確認した。理論的枠組みとして「医療の生活化」論と「ケア論、コミュニティ論、地域論」を整理した。次に、二つの課題のうち、学術的課題として「死の社会学」の系譜から、認識論的研究(死のタブー化、死の自己決定権批判)と実証的研究(ホスピス等の遺族研究、悲嘆研究)の流れを近代化の中に位置づけ、これまで欠落していた「死に逝く人の経験」の研究を課題として示した。また、「死の人類学」研究では、葬制・儀礼研究からデス・スタディの周辺と医療人類学や民俗学の領域へとシフトしていることを示した。他方、実践的課題として「終末期医療」「医療ニーズ」「医療的介入」「規範」「地域で看取る」という観点から、日本の地域包括ケアシステムがはらむ問題を提起した。次年度以降の事例研究の導入として、宮城県の緩和ケアホスピスにおけるケア提供者と遺族のお迎え体験に関する意識調査の結果を報告した。