国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

捕鯨と環境倫理

研究期間:2016.10-2020.3 代表者 岸上伸啓

研究プロジェクト一覧

キーワード

捕鯨、反捕鯨運動、環境倫理

目的

人類は5000年以上にわたり鯨類を食料や原材料として持続的に利用してきたが、1982年に国際捕鯨委員会(IWC)において大型鯨類13種の商業捕鯨の一時的な捕獲禁止が決定された。その後、現在に至るまで同捕鯨は再開できないままである。この捕鯨をめぐる動きは、動物福祉・動物保護・環境保護団体による反捕鯨運動と連動し、反捕鯨を支持する人びとや政府が増加し、世界各地の捕鯨や捕鯨文化は存続の危機に直面している。反捕鯨運動の背後には、世界各地におけるクジラと人間の関係やクジラ観、環境観の歴史的変化が存在している。
この共同研究では、世界各地の捕鯨の現状および欧米に端を発する反捕鯨運動について把握したうえで、世界各地の反捕鯨運動とその背後にあるクジラ観や環境・動物倫理がどのように形成され、世界各地に広がり、世界各地の捕鯨文化にいかなる影響を及ぼしているかについて検討を加える。より具体的には、アラスカやカナダ、グリーンランド、カリブ海地域等の先住民等による捕鯨、日本の調査捕鯨と小型沿岸捕鯨、ノルウェーとアイスランドの商業捕鯨等の現状と、動物福祉・動物保護・環境保護団体による国際的な反捕鯨運動およびその諸影響について比較するとともに、その背後にあるクジラ観や環境観、捕鯨政策を学際的に検討する。

研究成果

捕鯨の開始は8000年以上も前にさかのぼるが、人類が世界各地で積極的に捕鯨を開始したのは(中世期の温暖化が始まった)紀元10世紀前後である。大航海時代から1960年代にかけては大型鯨類の商業捕鯨が大々的に実施されたが、1970年代以降は商業捕鯨に反対する動きがグローバルに見られた。1982年の国際捕鯨委員会(IWC)における捕鯨の一時的停止(モラトリアム)の採択以降、2019年に日本は商業捕鯨を再開したものの、世界的には商業捕鯨は縮小の傾向にある。
本研究会では、現在の捕鯨をIWCの管轄下(先住民生存捕鯨、商業捕鯨、調査捕鯨)とそれ以外に分類し、捕鯨や反捕鯨運動について報告と検討を行った。今回の共同研究の最大の特徴は、捕鯨や鯨類について異なる意見を持つ文化人類学者、社会学者、政治学者、倫理学者、地域研究者、動物保護運動家、ジャーナリスト、日本鯨類研究所の元職員らが参加し、議論を3年半にわたり行った結果、共通の結論には達しなかったが、フォーラムとして機能した点である。以下、成果について報告する。
(1) 本共同研究では、ロシアやアラスカ、グリーンランド、カリブ海における先住民生存捕鯨、アイスランドやノルウェーの商業捕鯨、日本の調査捕鯨、カナダ・イヌイットやインドネシア・ラマレラ島民、デンマーク領フェロー諸島民の捕鯨や日本のイルカ漁、そして韓国の鯨食文化について最新の情報が報告され、検討された。全体的な傾向として商業捕鯨は衰退に向かっている一方、先住民生存捕鯨は先住民権や人権を具現したものとして国際的な承認のもとで継続されている。
(2) 1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議が、捕鯨の人類史においては大きな転換の契機となった。このころを境にして環境保護団体や動物保護団体による反捕鯨運動が盛んになる。美化・神格化されたクジラ・イメージを利用したグリーンピースやWWF、シーシェパード等が反捕鯨運動をグローバルに展開し、捕鯨に反対する市民や政府(国家)が多くなった。1990年代以降、IWCにおいてもクジラ問題(特に商業捕鯨の再開)は科学的な根拠に基づくよりも極めて政治的な問題となり、IWCの枠組みの中では商業捕鯨の再開は困難となった。
(3) 反捕鯨運動の展開には、人間と動物との関係に関する考え方の変化が大きく関与している。その考え方には「動物福祉」、「動物の権利」、「環境倫理」などがある。ノルウェーや日本などの捕鯨推進国は、「動物福祉」を考慮した捕鯨技術を開発し、実践してきた。後二者は、鯨類の保護や反捕鯨の思想的な基盤を提供している。「動物の権利」は個々のクジラ(個体)の権利を強調する一方、「環境倫理」は特定の種としてのクジラと環境との関係を重んじる。前者の場合は、クジラに苦痛を与え、殺傷する捕鯨は「動物の権利」を侵害するものとして捕鯨を容認できないとする一方、後者の場合は、所与の環境システムのもとで特定種のクジラと環境と間で安定的な関係が保たれる場合は、同種の中の一部の捕獲・利用を否定するわけではない。現在の反捕鯨の主張では、「環境倫理」よりも「動物の権利」(動物倫理)が思想的支柱のひとつとなっている。
(4) 2020年の時点で実施されている日本とノルウェー、アイスランドの商業捕鯨の将来については、いくつかの問題点が指摘された。日本の場合は、政府の経済的支援を抜きにして採算性が確保できるかどうかが問題である。ノルウェーの捕鯨の継続は、アイスランドや日本へのミンククジラの輸出に依存しているという問題点がある。アイスランドの捕鯨の将来は、同国への観光客による鯨肉消費と日本への鯨肉の輸出に依存している。以上のように、これら3カ国の商業捕鯨の将来は相互に関係しあっている。

2019年度

本年度は、鯨類の保全・反捕鯨活動、世界各地の捕鯨文化の現状、捕鯨に反対する国際環境NGOsについて検討を加える。研究会のテーマ・開催日時・場所・講師は下記の通りである。
第1回 「鯨類の保全運動および反捕鯨運動」
日時:2019年5月25日(土)13:30~17:00
場所:みんぱく
講師:若松文貴
コメンテーター:石川創
(一般公開予定)
第2回 「研究成果原稿の検討」
日時:未定
場所:みんぱく
講師:全員参加
第3回 「捕鯨と環境・動物倫理」
日時:未定
場所:みんぱく第5セミナー室
講師:岸上伸啓、石川創、河島基弘、伊勢田哲治
(一般公開予定)

【館内研究員】 出口正之
【館外研究員】 赤嶺淳、李善愛、生田博子、石井敦、石川創、伊勢田哲治、臼田乃里子、河島基弘、倉澤七生、佐久間淳子、真田康弘、高橋美野梨、浜口尚、本多俊和、吉村健司、若松文貴
研究会
2019年6月16日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
若松文貴(京都大学)「日本の捕鯨政策における捕鯨推進派の紐帯」
石川創(下関海洋科学アカデミー)「コメント」
全体討論
2019年12月7日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
是恒さくら(東北大学東北アジア研究センター)「クジラとの係わり――アート実践『ありふれたくじら』プロジェクトを中心に」(仮題)
全員「共同研究会の成果と今後の課題に関する全体討論」
全員「成果出版の打ち合わせと今後の計画の検討」
2020年2月16日(日)13:30~16:40(国立民族学博物館 第5セミナー室)
岸上伸啓(国立民族学博物館・人間文化研究機構)「趣旨説明」
岸上伸啓(国立民族学博物館・人間文化研究機構)「捕鯨をめぐる世界の動きと諸問題」
浜口尚(園田女子大学短期大学部)「世界の捕鯨の現状と将来―アイスランドの事例を中心に―」
石川創(下関海洋科学アカデミー)「日本の捕鯨の現状と将来」
「ディスカッションと質疑応答」司会+コメンテーター:若松文貴(京都大学)+検討は全員
「まとめ」
研究成果

日本政府は2018年12月に商業捕鯨の再開を決定し、2019年7月より排他的経済水域内でのミンククジラ、イワシクジラ、ナガスクジラの捕獲を再開した。これは、国際捕鯨取締条約からの離脱(国際捕鯨委員会[IWC]からの脱退)と南極海・北太平洋北西海域での調査捕鯨の中止を意味している。日本の調査捕鯨は、共通の利権を持つ政-官-民 の「エリート層が動員する社会運動であり、その「捕鯨トライアングル」が権力基盤を維持する目的で捕鯨政策を推進していると言われている。第1回共同研究会では、若松文貴が2007-2008年に共同船舶広報部(日本捕鯨協会)で実施したフィールドワークをもとに、政・官・民の三者が日常的にどのように接触・連携し合い 、捕鯨政策を維持しているかについて報告した。  第2回研究会では、日常生活において一般の人々や漁民がクジラとどのような関係を持ってきたかを当事者の視点から報告した。特に、是恒さくら氏は自身のクジラに関係するアート実践について報告した。  第3回研究会では、これまでの共同研究の成果の一部を一般公開し、検討を加えた。岸上伸啓は捕鯨をめぐる現代の動きと諸問題について、浜口尚はアイスランドを事例として商業捕鯨(致死的利用)とホエールウォッチング(非致死的利用)の両立可能性について、石川創は日本における捕鯨の現状と将来について、報告した。 本年度の共同研究によって国内外の捕鯨の現状や問題点を整理・検討し、総括することができた。

2018年度

本年度は、鯨類の保全・反捕鯨活動、世界各地の捕鯨文化の現状、捕鯨に反対する国際環境NGOsについて検討を加える。研究会のテーマ・開催日時・場所・講師は下記の通りである。
第1回 「鯨類の保全運動および反捕鯨運動」
日時:2018年5月13日(日)13:00~17:00
場所:みんぱく
講師:倉澤七生および佐久間淳子
講師:伊勢田哲治
(一般公開予定)
第2回 「世界の捕鯨文化の現状」
日時:2018年11月30日(金)~12月2日(日)
場所:みんぱく
講師:岸上伸啓、浜口尚、赤嶺淳、高橋美野梨、本多俊和、李善愛、生田博子
(一般公開予定)

【館内研究員】 出口正之
【館外研究員】 赤嶺淳、李善愛、生田博子、石井敦、石川創、伊勢田哲治、臼田乃里子、河島基弘、倉澤七生、佐久間淳子、真田康弘、高橋美野梨、浜口尚、本多俊和、吉村健司、若松文貴
研究会
2018年5月13日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「鯨類保全運動と反捕鯨運動」
倉澤七生(イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク)「NGOの側からの意見『野生動物としてのクジラと向き合う』」
質疑応答・討論
佐久間淳子(立教大学)「『反捕鯨団体の代名詞』"グリーンピース"から見た捕鯨問題の姿 1988~2005の体験をもとに」
質疑応答・討論
伊勢田哲治(京都大学)「コメント」
総合討論
2018年11月30日(金)10:30~17:20(国立民族学博物館 第4セミナー室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「総論―世界の捕鯨の歴史と現状」
生田博子(九州大学)「アラスカ北極圏での生存漁労・狩猟経済における北極鯨漁の役割と重要性」
Eduard Zdor(米国・アラスカ大学フェアバンクス校)「21世紀初頭のチュコト半島の先住民捕鯨」
本多俊和(放送大学)「グリーンランドの捕鯨」
吉村健司(東京大学)「岩手県のイルカ漁」
Russell Fielding(米国南部大学)「フェロー諸島における現在の捕鯨、その歴史と挑戦」
コメントと総合討論
2018年12月1日(土)10:30~17:20(国立民族学博物館 第4セミナー室)
赤嶺淳(一橋大学)「ノルウェーにおける鯨肉サプライチェーン」
浜口尚(園田女子学園大学短期大学部)「再興するナガスクジラ捕鯨、衰退するミンククジラ捕鯨―アイスランドにおける商業捕鯨の現況と課題―」
高橋美野梨(北海道大学)「標準化をめぐる捕鯨政治:EUを事例にして」
河島基弘(群馬大学)「NGOの反捕鯨運動」
Egil Ole Øen(ノルウェー・野生生物管理サービス)「捕鯨を実行する上での動物福祉」
Jes Lynning Harfeld(デンマーク・オールボー大学)「捕鯨の倫理的ディレンマー現在の主張と位置」
伊勢田哲治(京都大学)「コメント」、総合討論
2018年12月2日(日)10:30~17:15(国立民族学博物館 第4セミナー室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「世界の捕鯨の歴史と現状」
臼田乃里子「アフター・ザ・コーブ :―逸脱する捕鯨推進と文化人類学の功罪:『ザ・コーブ』の後から見えてきたいくつかの事柄について―」
(捕鯨関連民族誌映画放映あり)
石川創(下関科学アカデミー)「日本の小型沿岸捕鯨」
倉澤七生(イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク)「クジラと鯨の溝をめぐって」
浜口尚(園田女子学園大学短期大学部)「世界の先住民生存捕鯨―現況と課題―」
李善愛(宮崎公立大学)「韓国の反捕鯨運動」
石井敦(東北大学)「クジラをめぐる国際政治」
総合討論(質疑応答)、佐久間淳子(ジャーナリスト)「コメント」
2019年1月26日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
鬼頭秀一(星槎大学)「捕鯨と環境倫理」
コメンテーター 伊勢田哲治(京都大学)全体討論 参加者全員
全体討論「本年の共同研究のまとめ」 参加者全員
研究成果

本年度は、動物保護・環境保護NGOによる鯨類保護や反捕鯨運動についての考え方と活動や、環境倫理から見た捕鯨活動について検討したが、捕鯨について賛成、反対、中立の立場に立つ研究者や活動家、マスコミ関係者が一堂に会して捕鯨について報告し、議論を行うことができた。その結果、次のような暫定的結論を得た。
(1)現在のIWC体制の下では日本の商業捕鯨再開はきわめて困難であることが判明した。さらに日本がIWCを脱退し、調査捕鯨をとりやめ、日本の排他的経済水域でミンククジラ漁を再開した場合、沿岸捕鯨の採算性や持続可能性について疑問が提起された。また、国際外交の視点に立てば、IWCからの脱退による商業捕鯨の再開は必ずしも得策ではないとの意見も多かった。
(2)世界各地において多様な捕鯨活動が実施されているが、この半世紀間にクジラをめぐる世界的な趨勢は捕鯨のような致死的な鯨類利用からホエール・ウォッチングのような非致死的利用へと変化してきた。 (3)反捕鯨や鯨類保護の立場に立つNGOは、「動物倫理」の立場やクジラの生物としての優越性を強調する傾向が強い。一方、日本やノルウェーのような捕鯨国はクジラを資源と見なし、「動物福祉」の原則に基づきながら捕鯨を続けている。また、「環境倫理」の立場に立つと必ずしもすべての捕鯨に反対すべきという結論にはならない。さらに、先住民の捕鯨などについては人権や文化権、少数派への政治的差別などの問題も深く係わるために、捕鯨に関する問題は複雑な国際的政治問題としての側面を強く持っている。

2017年度

第2年目の平成29年度には、捕鯨をめぐる動物倫理、国際捕鯨委員会の動向、日本の小型沿岸捕鯨の現状について検討を加える。研究会の題目と講師は次の通りである。
第1回研究会 「捕鯨と動物倫理」 伊勢田哲治(京都大学)
第2回研究会 「国際捕鯨委員会の動向」石井敦(東北大学)、真田康弘(早稲田大学)
第3回研究会 「日本の小型沿岸捕鯨の現状」石川創(下関海洋科学アカデミー)、臼田乃里子(英語スクールココナッツ)

【館内研究員】 出口正之
【館外研究員】 赤嶺淳、李善愛、生田博子、石井敦、石川創、伊勢田哲治、臼田乃里子、河島基弘、倉澤七生、佐久間淳子、真田康弘、高橋美野梨、浜口尚、本多俊和、吉村健司、若松文貴
研究会
2017年4月29日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「趣旨説明」
伊勢田哲治(京都大学)「動物倫理・環境倫理の観点から見た捕鯨」
質疑応答および議論
共同研究計画の打ち合わせ
2017年11月19日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「趣旨説明」
真田康弘(早稲田大学)「ICJ捕鯨裁判とその後の展開」
石井敦(東北大学)「IWCと環境倫理『規範』」
全員討論
2018年2月12日(月・祝)13:30~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
全体テーマ:「日本の小型沿岸捕鯨」岸上伸啓(国立民族学博物館)「趣旨説明」
石川創(下関科学アカデミー)「日本の小型沿岸捕鯨の歴史と現状」
臼田乃里子「和歌山県太地町の小型沿岸捕鯨に関する映像人類学的研究」
質疑応答・全体討論
研究成果

本年度は、捕鯨に関する動物倫理学的見解と反捕鯨運動・鯨類保護運動、南氷洋での日本の調査捕鯨を違法とした国際司法裁判所の判決とその後、日本の小型沿岸捕鯨の歴史と現状に関して検討を加えた。 (1)近年、シーシェパード、プロジェクト・ヨナ、IFAW、WDC、PETAなどの環境保護団体や動物愛護団体が反捕鯨運動や鯨類保護運動を展開している。倫理学者の伊勢田は、捕鯨を動物倫理学の立場から検討し、捕鯨の善悪について明確な倫理学的回答は存在せず、多様な運動の背後にある価値観の存在を知ることが重要であると主張した。
(2)石井は、捕鯨のモラトリアムを解除し、商業捕鯨の再開を目指すとする日本の外交政策を検討し、「日本のもっとも重要な外交目的は調査捕鯨の継続であり、そのためにはむしろ商業捕鯨モラトリアムは解除しないほうがよい」という仮説を提案した。真田は、日本の南極海での調査捕鯨(JARPA II)は科学とも言えないし、科学研究を目的にしているとも言えないという主張が受け入れられた国際司法裁判所の2014年判決が出た過程とその後を自らの調査と分析をもとに検証した。
(3)石川は、日本における小型沿岸捕鯨の歴史と現状について詳細に報告し、検討を加えた。臼田は、自らが制作した、和歌山県太地町の小型沿岸捕鯨に関する影像作品を紹介し、映画「The Cove」、「After the Cove」、「おクジラさま」と比較しながら、検討を加えた。
これらの報告と検討によって、捕鯨に対する国際的な司法および社会運動の動向と、国内において小型沿岸捕鯨を実施している現地社会の現実と動向について把握することができた。

2016年度

初年度の平成28年度には、問題意識の共有化と全体計画の検討を行った後に、アラスカやカナダ、グリーンランド、ベクウェイ島における先住民による捕鯨、アイスランドとノルウェーの商業捕鯨、日本の調査捕鯨、日本やフェーロー諸島の小型沿岸捕鯨の現状について報告し、比較検討する。
第1回研究会「問題提起と問題意識の共有、全体計画の検討」
第2回研究会「現状―先住民生存捕鯨・商業捕鯨・調査捕鯨の現状」(公開予定)

【館内研究員】 出口正之
【館外研究員】 赤嶺淳、李善愛、生田博子、石井敦、石川創、伊勢田哲治、臼田乃里子、河島基弘、倉澤七生、佐久間淳子、真田康弘、高橋美野梨、浜口尚、本多俊和、吉村健司、若松文貴
研究会
2016年11月5日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
岸上伸啓(国立民族学博物館)共同研究「捕鯨と環境倫理」の全体計画について
共同研究における各自の研究テーマについての検討(全員)
2017年1月22日(日)13:00~17:20(国立民族学博物館 第4セミナー室)
趣旨説明(岸上伸啓)
「グリーンランド捕鯨の歴史、現状と国際関係」
 ├本多俊和(放送大学)「文化人類学の視点から」
 └高橋美野梨(北海道大学)「国際政治学の視点から」
浜口尚(園田学園女子大学短期大学部)「カリブ海ベクウェイ島におけるザトウクジラ捕鯨――歴史、現況および課題」
岸上伸啓(国立民族学博物館)「北アメリカにおける先住民による捕鯨の歴史と現状――アラスカのホッキョククジラ猟を中心に」
総合討論
研究成果

本年度は、共同研究の初年度にあたるため、第1回目研究会では、問題の共有を行った後に、研究計画について検討し、今後の方針を決めた。
第2回研究会では、国際捕鯨委員会の管轄下にある先住民生存捕鯨(Aboriginal Subsistence Whaling)の事例としてグリーンランドの捕鯨、ベクウェイ島におけるザトウクジラ捕鯨、アラスカ先住民イヌピアットのホッキョククジラ猟について報告し、検討を加えた。その結果、次のことが明らかになった。
(1)デンマークが構成国のひとつであるEU(欧州連合)は、鯨類保護を政策のひとつとしており、デンマーク領グリーンランドにおける捕鯨に反対している。これに対し、デンマーク政府は、グリーンランド人の意思の尊重と、干渉しないという政治的立場に基づいて、グリーンランドの捕鯨を認めている。
(2)グリーンランドでは鯨肉や脂皮が公設市場などで販売されているため、商業的ではないかと、反捕鯨団体から批判されている。また、現代のグリーンランド人の中には鯨肉よりも牛肉や羊肉を好む傾向がある。さらに、グリーンランドの捕鯨には脱儀礼化が顕著に認められる。
(3)ベクウェイ島ではザトウクジラ捕鯨が実施されているが、近年、環境NGOが捕鯨をホエール・ワッチング業に転向させるための活動をしている。しかし、ザトウクジラは2月から5月にかけて同島の近くを通過するだけなので、ホエール・ワッチングを事業とすることは困難である可能性が高い。
(4)アラスカのホッキョククジラ猟は先住民の生活や世界観、アイデンティティと深く関連している。しかし、その実施には現金が必要であることや、温暖化の悪影響、環境団体や動物福祉団体の反捕鯨運動、捕鯨に反対する国家の増加等のために、ホッキョククジラ猟は存続の危機に直面している。
以上から、世界各地で実施されている先住民生存捕鯨の将来は明るくないということが分かった。