国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

カネとチカラの民族誌:公共性の生態学にむけて

研究期間:2018.10-2022.3 代表者 内藤直樹

研究プロジェクト一覧

キーワード

利己性、経済、ネットワーク

目的

本共同研究の目的は、「利己性」と「経済」という視点から、公共性概念に関する人類学的な考察を深めることにある。そのために、近年の情報通信技術の発展のもとで営利を追求する諸主体(企業・NGO・個人・コミュニティ等)による実践に焦点をあてる。そして利己的な主体による、生存上の必要(食・住居・教育・医療・福祉等)の充足に関わるやりとりが、公的な領域やネットワークを創発する事例に関する民族誌を比較検討する。これらの検討を通じて、グローバルな政治経済的状況における公共性をめぐる諸問題に対する人類学的な応答の方途を構想する。それは、社会が成立する保証が無い状況から、社会がいかに立ち上がるか考察することでもある。そのために本共同研究では、市民社会やその規範的価値の存在を前提視しえない状況における、①それぞれの生存を追求しようとする多様な主体による利己的な行為に焦点をあて、②物質やエネルギーの移動をともなう相互行為としての経済に注目し、③それが特定の価値や倫理を帯びた場所やネットワークを産出する事態を社会的なものの創発として捉え、その機序を検討することを通じて「公共性の生態学」を構想する。

2020年度

これまでの議論に基づき、グローバルあるいは惑星的な文脈のなかで、非人間を含めた他者の間に潜在的コモンズがパッチ状に生成する機序を捉えるための比較民族誌的な手法について検討する。そうすることで、今日の惑星時代のなかで、市民的な理性を持たないとされる非人間を含めた他者間での生に関わる物質やエネルギーのやりとりが創発される機序や、そうしたやりとりをめぐって生起する情動とやりとりとの間の関係に関する理解をすすめる。今年度は特に、国境を越える人の移動や物理的な近接のあり方等に未曾有の影響を与えたコロナウィルスと人類のやりとり念頭におきつつ、「他者が持つ本源的な危険性」や「他者に対する本源的な恐れ」にも注目しながら、惑星的な文脈における他者との関わりのあり方についての再考を進める。そのために市民的な理性を持たない他者間の生をめぐる物質やエネルギーのやりとりに焦点をあててきた生態学的な視点や方法論をもとに他者との「共生」や「共存」の記述方法を再検討する。そのために生態学者を中心とする特別講師を招聘する。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕
研究会
2020年7月4日(土)13:30~18:00(ウェブ会議)
木村周平(筑波大学・人文社会系)「公共性の生態学への予備的考察(仮)」
大槻久(総合研究大学院大学・先導科学研究科)「協力の起源と維持機構−その進化生物学的考察−(仮)」
討論(全員)
2020年7月5日(日)10:00~12:00(ウェブ会議)
内藤直樹(徳島大学)「唯物論と汎心論について(仮)」
総合討論(全員)
2020年11月7日(土)13:00~16:00(ウェブ会議)
内藤直樹(徳島大学)「『厄介者』と(して)生きることについて:寄生や依存から考える」
討論(全員)
2021年1月23日(土)13:30~17:00(ウェブ会議)
岡部真由美(中京大学)「布施のエコノミーと宗教的なるもの:北部タイにおける仏法センターの事例」(仮)
(全員)成果公開にむけた討論

2019年度

平成30年度に整理した、新世概念やエイジェンシーに関する議論を手がかりに、それぞれの文脈においてメンバーが人間と非人間が織りなす公共的なものに関する事例を比較検討する。そのために共同研究員のほぼ全員と特別講師による1泊2日の共同研究会を3回実施する。各共同研究会では4-6の事例報告をおこなう。今年度はあえて異なる文脈における多くの事例を集中的に比較検討することで、それらを包含することが可能な理論的枠組みを練り上げていく。すべての共同研究会は国立民族学博物館でおこなわれる。そして上記理由のために、すべての回において特別講師を招聘する。 本共同研究では、近年の情報通信技術の発展のもとで営利を追求する諸主体(企業・NGO・個人・コミュニティ等)による実践に焦点をあてる。そして利己的な主体による、生存上の必要(食・住居・教育・医療・福祉等)の充足に関わるやりとりが、公的な領域やネットワークを創発する事例に関する民族誌を比較検討する。このようにグローバルな政治経済状況下の主体による諸行為が絡まり合うことで特定の意味や価値が生み出される場所やネットワークに関する共時的な比較研究とその歴史学や生態学からの文脈化を通じて、公共性の創発に関する地域や特定のコンテクストを越えた理解に到達することを目指す。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕
研究会
2019年7月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
北村光二(岡山大学)「相互行為システムのコミュニケーションの再生産を支える『社会』の自己生成:トゥルカナのコミュニケーションを事例として」
菅原和孝(京都大学)「カラハリ狩猟採集民グイ/ガナの安寧(well-being)と受苦(suffering )」
丸山淳子(津田塾大学)「サン社会における『分かち合うこと』と『疲れること』:台頭する『シェアリング経済』を参照に」
討論
2019年7月21日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
岩佐光広・赤池慎吾(高知大学)「魚梁瀬森林鉄道と生をめぐる営み:女性のライフヒストリーを手がかりに(仮)」
総合討論
2019年11月9日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
藤原辰史(京都大学)「『分解の哲学』について」
中野智世(成城大学)「近代ドイツにおけるケアの空間:カトリック系慈善施設の事例から」
全員討論
2019年11月10日(日)9:30~15:00(国立民族学博物館 大演習室)
工藤由美(国立民族学博物館)「マプーチェ医療をめぐる国家・先住民関係(仮)」
髙橋絵里香(千葉大学)「民営化/私事化する福祉国家:フィンランドの高齢者ケア制度にみる私的領域間の対立と共謀」
総合討論
2020年1月25日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
森明子(国立民族学博物館)「EU農業政策とホーフ:オーストリアの事例」
沢山美果子(岡山大学)「カネと公共圏から見た日本近世の捨て子たち」
久保忠行(大妻女子大学)「『境界的(liminal)なものがつくる公共空間の可能性:観光客と難民』」
討論(全員)
2020年1月26日(日)10:00~14:30(国立民族学博物館 大演習室)
北川由紀彦(放送大学)「『新宿段ボール村』再考」
山北輝宏(日本大学)「新しい物質主義的社会学とハウジング・ファースト」
総合討論(全員)
研究成果

① 社会の創発と衰退/崩壊/転換に関する動態の記述:たとえば過疎化という人口減少は、しばしば「社会そのものの崩壊」であるかのように語られる。また、難民キャンプのような庇護の空間は一時的なものとして設置され、問題が解決された際には閉鎖される。本共同研究会では、社会の創発だけでなく、その衰退/崩壊/転換に関する諸アクターによる連関の動態に注目することの意義について検討した。

② 危険な存在としての他者との連関の創発:他者との共存とをめぐる困難に注目する視点の重要性について確認した。ここで言う「他者」とは、理解や制御の外部に存在する対象のことを意味する。それは慣習や制度による「理解」の直下に存在し続ける、理解や制御の外部としての他者との連関を我々はどのようにおこなっているのかという問いである。

③ アクター間の「もつれ」の創発/消滅に関する民族誌的記述:この世界はヒト以外の生物や物質を含めた諸アクターによる連関によって形づくられている。今年度はアクター間に「もつれ(tangle)」が形成される動態に注目することの重要性を確認した。本共同研究では、そうした「もつれ」をサルベージして道徳的な価値付けをおこなうというよりは、その創発や消滅に関する民族誌的な記述を志向する。

2018年度

1)研究会の開催 すべての共同研究会は、国立民族学博物館で開催する。公共性に関する超域的な議論の基盤を形成する手がかりとして、初年度に人新世に関する理論的枠組みを構成員全員で検討し、それを公共性に関する議論にいかに導入可能か議論する。それを踏まえて、2〜3年目にメンバーによる事例研究を検討する。最終年度にはメンバー全員で「公共性の生態学」構想の可能性についての集中的な議論をおこなう。
2)年度ごとの計画
・平成30年度は、人新世に関する人文・社会科学分野の議論に関する検討会を3回開催する。第一回研究会では人新世議論と公共空間の創発に関する理論的視座を得るために、京都大学の篠原雅武氏を特別講師として招聘する。そうすることで、とくに近代以降の人間活動に関する人文・社会科学と自然科学を架橋する議論に関する理解を深化・共有する。
3)共同研究の構成
グローバルな政治経済的状況における他者の生をめぐる公共性の創発について、人新世議論を手がかりに自然科学領域に再文脈化することを目的とするために、以下の組織化をおこなう。
① 他者の生をめぐる公共性の創発に関する民族誌的研究
(ドイツ・移民による教育と場所の形成、フィンランド・介護の民営化、ベトナム・地域医療、チリ・先住民と医療、ボツワナ・先住民と観光、オーストラリア・先住民の居住政策、タイ・難民キャンプの住まい、タイ・難民と仏教寺院、タンザニア・難民キャンプの経済、日本・森林政策と場所の形成)
② 公共性の創発に関する社会学的研究
(日本・ホームレスのローカルな包摂実践、日本・貧困政策)
③ 生をめぐる公共性の創発に関する歴史的な文脈化
(ドイツ近現代史・貧困救済、ドイツ現代史・食をめぐる統治、日本近現代史・養育)
④ 異種間関係に関する生態学的研究
(生態学・スズメと人間関係の歴史)

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕
研究会
2018年10月27日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
内藤直樹(徳島大学)趣旨説明
篠原雅武(京都大学)「人新世的状況における『人間の条件』」
全員・総合討論
2018年12月15日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
三上修(北海道教育大学)「カネとチカラが生み出した都市を利用する生物:スズメから見た都市空間」
モハーチ・ゲルゲイ(大阪大学)「地球と身体のループが生み出す公共性:『代謝』をめぐって」
全員・総合討論
2019年1月26日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
森明子(国立民族学博物館)「ケアが生まれる場をとらえる」
沢山美果子(岡山大学)「日本近世の『公共空間』と『共生』――近世史研究の議論から(仮題)」
全員・総合討論
2019年1月27日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
飯嶋秀治(九州大学)「施設間移行と生存経路(仮題)」
全員・今年度の総括
研究成果

本共同研究の目的は、人間と非人間によるネットワークのなかで「ケア」というユニークな出来事が生起する機序について考察することにある。それゆえ、特定のやりとりをアプリオリに「ケア」として措定することを回避するために、経済学と生態学的な観点を導入する。そして非人間を含んだネットワークにおけるモノや情報のやりとりのなかで生起する「ケア」という行為や関係性の諸相を観察する。  本研究の理論的な視座と枠組みを精緻化するために、人間の行為主体性や環境との関わりに関する根源的な問いかけである人新世議論に関する論者および生態学者による生き物から見た「都市的なもの」に関する研究発表をもとに、それを人文―社会科学系の研究者(人類学・社会学・歴史学)がいかに受けとめうるのかについての議論をおこなった。生物の世界における被食―捕食関係に見られるような、「理解」を前提としない関係の連鎖が、結果的に自己あるいは社会的なシステムを形成するに至る機序を解明することが、本研究をすすめる上では重要であることが明らかとなった。