国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ロシア極東森林地帯における文化の環境適応(2009-2012)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 佐々木史郎

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、極東ロシア南部の冷温帯及び亜寒帯森林地帯に暮らす人々の文化の特性を環境適応という観点から明らかにすることを目的としている。しかも、その適応すべき環境には、自然環境だけでなく、政治経済的な要因によって歴史的に形成される人為な環境(「歴史的環境」と名付けておく)をも含めることにする。研究対象は森林地帯で伝統的な狩猟、漁撈、トナカイ飼育を行う先住民族だけでなく、森を切り開き、農地や木材伐採を行うロシア系移民も含める。伝統的な生産形態と現代的な開発経済が併存する現実を、自然環境と歴史的環境という視点から観察し、環境適応に関する基礎的なデータを集めるとともに、両者の共存による地域経済の活性化と環境保存とを両立させる方策を考える。

活動内容

2012年度活動報告

平成24年度は事前調査を1回、実地調査を4回、そして4年間の調査研究の成果公開のためのシンポジウムを1回実施した。
事前調査は2012年5月12日~17日にロシア連邦ウラジオストーク市においてこの年度の調査についてロシア側の研究協力者と打ち合わせを行い、さらにウスリースク市の近郊において前年度の考古学調査に関する補足調査を行った。
本調査では、まず8月1日~11日にかけて研究代表者がロシア連邦トゥヴァ共和国東部山岳地帯でトナカイ飼育狩猟民の現状調査を行った。次いで9月9日から19日には、研究代表者と連携研究者の他、ロシアと中国の研究協力者が加わって、日中ロ3ヶ国の研究者による中国黒竜江省の赫哲族(ロシアのナーナイと同じ民族)の生業と居住形態に関する合同調査を行った。引き続き、1人の連携研究者が9月19日~21日に中国内モンゴル自治区でエヴェンキの食文化の調査実施し、さらに11月29日~12月9日の日程で、研究代表者と連携研究者がロシア連邦ハバロフスク地方のコンドン村で、ナーナイの狩猟と氷下漁に関する実地調査を行った。これにより、本調査研究プロジェクトによる実地調査の予定はすべて完了した。
3月には4日~8日の日程で、ロシア連邦立極東大学とロシア科学アカデミー極東支部極東諸民族歴史学考古学民族学研究所(両者ともウラジオストーク)で研究成果を公開するための国際シンポジウム「ロシア極東森林地域における文化の環境適応」を実施した。そこにはこの科研の調査プロジェクトに参加した日ロ両国の研究者全員が集まり、研究報告と討論を行った。

2011年度活動報告

ロシア極東森林地帯における文化の環境適応の調査研究として、3年度目の平成23年には、以下の4種類の調査を実施した。
1.アムール水系の先住民族村落(ウリカ・ナツィオナーリノエとコンドン)におけるソ連時代の農業開発の痕跡の調査。具体的には、1960年代から70年代に撮影された衛星写真を入手し、そこに写されている農場があった場所を実際に訪れ、そこ画と現在どのようになっているのかを確認するとともに、その農場で働いた経験のある人からインタビューを取り、当時どのような作物がどのように生産されていたのか、なぜ、どのようにしてその農場が放棄され、現在のような状況(荒れ地あるいは森に戻っている)になっていったのかを確認した。
2.ロシア沿海地方で、金(11-12世紀)、東夏(13世紀)、パクロフカ文化期(11-12世紀)の遺跡の立地条件の調査を行った。
3.同じ自然環境,生態系を持ちながら、全く異なる歴史を歩んだ、アムール水系の中国側の先住民族(赫哲族、ロシアのナーナイと同じ民族)の集落を訪れ、その周囲の生態系、集落の立地条件、そして生業形態に関する聞き取り調査を行った。調査地は街津口と四排。
4.アムール水系の先住民村落における冬の狩猟調査。場所はウリカ・ナツィオナーリノエとコンドン
これらの調査により、1)に関しては、すでにソ連時代末期には先住民集落周辺における大規模農場の衰退が始まっており、それは自然環境というよりは、経済、社会的な条件の変化によるものだったことが判明した。2)に関しては極東ロシアの自然村落の立地条件を確認できた。3)は同じ自然環境にあり、100年前までは同じ文化を持っていた人々が、その政治経済的な環境の相違によって文化の外形が大きく変わることが確認できた。3)の調査ではこの2つの村落の生業に関する基礎データを得ることができた。

2010年度活動報告

本年度は、1)ロシア連邦ハバロフスク地方のウリカ・ナツィオナーリノエ村とコンドン村で、先住民族ナーナイの食文化に関する調査と映像撮影、2)ロシア連邦ハバロフスク地方と沿海地方でツングースカ川、ビキン川、イマン川流域の考古遺跡の立地条件の調査、そして、3)アメリカ合衆国アラスカ州に移住したロシア正教の分離派教徒が入植、開拓した村落の調査の計3件の実地調査と、1回の研究集会を実施した。1)の先住民族の食文化の調査では、ナーナイの人々が食材である魚を捕る漁のポイントと漁法、肉を得るための猟のポイントと猟法、さらに植物性の食材を採集する場所を調査し、それらの食材の調理するための方法を映像記録に撮った。2)では新石器時代から中世、近代直前までの遺跡の立地条件の相違を中心に竪穴住居址、城郭址などを調査した。3)では極東ロシアや中国東北地方から移住してきた経緯とアメリカに移住する前後での生活の異同を調査した。研究会では調査報告とともに、衛星写真を使った調査地域の土地利用形態の変遷史解明の可能性について議論された。
極東ロシアでは、時代の相違や先住民系か移民系かの相違を越えて、狩猟と漁業と植物採集が、農耕や家畜飼育と比べても、食料生産全体の中で一定の重要性を占めており、居住形態もそれに合致したものとなっていることがわかってきている。今後は環境と時代状況がそれらにどのように反映しているのかに着目しながら、調査と分析を続けていきたい。

2009年度活動報告

本年度は、ロシア連邦ハバロフスク地方に3つの研究グループを派遣し、イルクーツク州へ1グループ、そして沿海地方にもう1グループ派遣した。ハバロフスク地方では、8月に先住民族ナーナイの集落ウリカ・ナツィオナリノエに連携研究者とロシア側研究協力者計5名を派遣し、人々の基本的な生業パターンと生業暦に関する情報を聞き取りと実際の狩猟漁業活動の観察から収集し、合わせてかつてナーナイが村を作っていた旧集落の地点の地形、立地条件等を観察した。また9月にロシア系開拓村のベレゾヴォ村に連携研究者と研究協力者計2名を派遣して、開拓民の生業暦と生産活動、儀礼活動に関するデータを収集した。同時にイルクーツク州に派遣した連携研究者は同地域のトナカイ飼育と狩猟に関する基礎データの収集を行った。さらに10月にハバロフスク地方のナーナイの別の村であるコンドン村に連携研究者と研究協力者の計4名を派遣し、同村周辺の旧集落の位置の確認と立地条件に関するデータを収集した。そして11月に研究協力者を1名沿海地方南部に派遣し、同地方における森林開発に関する聞き取り調査を実施した。
以上の調査の結果、ロシア極東南部の森林地帯における生業活動、あるいは生産活動の年間サイクルや組み合わせ方など基本的な情報と、集落の立地条件に関する基礎的な知見を得ることができた。次年度(平成22年度)には、生産活動や経済活動のより具体的で、細かいデータをそろえて、ロシア極東地域の森林地帯における環境利用に関する地理的、歴史的条件に基づく地域間の差異と、関係性について、もっと詳しく考察する予定である。