耐震性を考慮した被災文化財の保存修復方法の研究(2008-2010)
目的・内容
本研究は近年、多発している地震によって被災した文化財、なかでも大型の資料について、耐震性を考慮した具体的な保存修復のあり方を考察し、具体的な保存修復方法についても考察を加えるものである。 研究の対象とする資料は、2007年3月に発生した能登半島地震で被災した穴水町指定「明泉寺燈籠」であり、本研究では、耐震性を考慮した支持体の設計と耐震支持体の耐震試験を重点的に行なう。 なぜならば、これまで、被災文化財の保存修復事例の中で耐震性までを考慮した事例は少なく、特に「明泉寺燈籠」のような大型の鋳物資料の例は見当たらないからである。 そこで、本研究では、「明泉寺燈籠」を対象に、大型の鋳物資料に適応する耐震性支持体の開発と実現を研究目的とする。
活動内容
2010年度活動報告
本年度は、実際に保存修復を終えた研究対象である「明泉寺台燈籠」の最終設置に向け、免振台の選定をおこなうとともに、返却先である能登中居鋳物館の大気環境の調査と調査結果の分析を中心におこなった。また、返却に先立ち、研究環境を提供した国立民族学博物館での企画展示や返却にむけた地元での各種イベントも積極的におこない、研究成果の社会還元に努めた。
免振台の選定では、床面に直接設置できるフロアー型の免振装置の性能について検証した。これは明泉寺台燈籠自体が大賀あの文化財であり、さらには400キロを超える重量物であること、能登中居鋳物館のフロアーを免振構造に改築する予算が取れないという現状からの選定である。検証では、これまでの使用実績や性能試験の結果から選定した。また、最終設置場所の能登中居鋳物館の大気環境測定の結果から、現地は海辺に立地しているにもかかわらず、塩害の心配のない程度の大気環境であることが明らかになった。そこで、当面は錆止めの材料として用いたオリーブ油の再塗布はおこなわず、中居鋳物保存会のメンバーとともに、連絡を取り合いながら、経過観察をおこなうこととした。
なお、「明泉寺台燈籠」の修復完成を記念して、研究代表者が中心となって、これまでの研究成果を紹介する企画展「歴史と文化を救う-阪神淡路大震災からはじまった被災文化財の支援」を開催するとともに、返却先の能登中居鋳物館で、公開シンポジウム「中居鋳物の文化を考える-明泉寺台燈籠からはじまる物語」を開催した。さらに、地元の子供たちに中居鋳物の文化を継承するために、研究代表者らが中心となって、文化庁の支援事業「伝統文化子供教室」の助成を受け、年間10回のワークショップを開催した。これらの活動は、本科研を契機として立案されたものであり、研究成果の社会還元という点では確かな成果を残すことのできる機会になった。
2009年度活動報告
本年度は、支持体の仮組み立てと耐震試験、所蔵博物館への本設置の計画立案、設置場所の環境調査を中心に研究活動を行った。
まず、鉄燈籠の1/2スケールで製作した模型を用いた耐震試験の結果、これまで明らかにできなかった、地震発生時の鉄燈籠の倒壊現象がある程度再現できた。具体的には、鉄燈籠の構造として、頂点の笠と中央部の受竿の直径のバランスが悪すぎて、地震の揺れに対応しにくい構造であったことが明らかになった。その結果、支持体には、各パーツの重量を緩衝させることは期待できるが、耐震性そのものの役割は果たせないことが明らかになった。その後の実験で、たとえばベアリングを設置するだけで耐震性が格段に向上することが確認されたため、今後は、耐震性について免震台の利用を積極的に考える必要があることを認識し、平成22年度の課題とすることとした。所蔵博物館への本設置の計画については、上記の免震台効果を確認後、10月をめどに返却、本組み立てを実施する方向で穴水町との調整を行った。この際、燈籠の返却を記念し、これまでの研究成果を披露するシンポジウムを穴水町主催で実施するとともに、穴水町の伝統産業であった鋳物業に関する子供向けワークショップも合わせて開催することとなった。
これらの活動は、本科研を通して計画が立案されたものであり、研究成果の社会還元という点では確かな成果を残すことのできる機会になると考える。また、設置場所の環境調査については、設置場所の塩分環境を中心に調査を行ない、ほぼデータの集積ができたので平成22年度に大阪の環境と比較しつつ、分析を進める体制を整えることができた。
2008年度活動報告
当該年度は主に研究対象としている「明泉寺燈籠」の基礎調査として、資料自体の歴史的背景の調査と資料の化学分析調査、設置機関の環境調査を行った。
歴史的背景の調査では明泉寺燈籠の製作年代と製作者を明らかにし、さらには「明泉寺燈籠」の製作地である石川県穴水町中居の鋳物業の歴史変遷について明らかにしていった。その結果、中居鋳物は室町時代には産業として確立していたことや「明泉寺燈篭」の製作者は中居の有力な家の出自であること、さらに中居では同地区の他家に修行に出ることで地域全体の技術の均一化を図っていたことが明らかになった。ただし、この点は新たな技術開発を阻害し、高岡など周辺の鋳物産地に市場が奪われていったことも知見として得られた。
化学分析調査では燈籠の鉄組成分析を行った結果、非常に湯あがりの良い鋳鉄が使われていたことやその成分を先行研究の事例と比較した結果、南蛮鉄の組成に近い数値が得られていたことが明らかになった。なお、これらの調査と合わせて実施したX線透過試験や倒壊試験等の結果から燈籠の支持体の基本設計を行うことができた。
その他、修復後の資料の保存環境を整えるための材料として、使用した防錆剤の効果試験や設置する資料館の紫外線量や温湿度のモニタリングや塩分濃度等の環境調査を実施した。その結果、防錆剤としては環境や作業者に安全な不乾性油(オリブ油)による処理法を選択することができた。また、環境調査については次年度も継続して行うことで年間のデータを整えて改めて考察を加えることとしている。