韓国・朝鮮における首都圏の両班とその文化的動態に関する人類学的研究(2008-2010)
目的・内容
本研究には2つの目的がある。第1の目的は、韓国・朝鮮地域研究として重要性を持つもので、韓国・朝鮮の旧士族層(「両班」)の過去と現在を総合的かつ重層的に再考することである。特に、首都近郊に居住してきた旧士族層を初めて研究対象にすることにより、これまで深く研究されてきた地方の旧士族層の生活様式を相対化し、韓国・朝鮮の伝統文化を新たにとらえなおす。また、この結果として、韓国・朝鮮の文化に関する社会的認識の深化にも貢献しようとする。
第2の目的は、以上のような解明を通して、文化人類学における権力・秩序の研究に寄与することである。近代の韓国・朝鮮に見られたような、権力・秩序の構造と概念が劇的に変化する局面について、既存の権力層がそれに対して取る対処方法のモデルを明らかにする。これにより、サバルタン(虐げられた者)の研究に偏りがちになっている文化人類学の権力・秩序研究の幅を広げ、権力・秩序というものの仕組みをよりトータルに明らかにすることを目指す。
活動内容
2009年度活動報告(2011年3月まで期間延長)
2008年度活動報告(2009年5月まで期間延長)
韓国・朝鮮の生活文化の研究では、旧士族層(「両班」)が社会においてもつ優位性を明らかにすることが、一つの重要な切り口とされてきた。本研究では、首都近郊の旧士族層(旧在京士族層)を研究対象にすえ、その文化的特徴を歴史的に明らかにした。特に、二つの家門を事例とし、歴代の人物のライフヒストリーを収集・整理することで、その経済的な優位性がどのように成立し、維持されてきたのかを明らかにしてきた。結果として、士族を職業集団と考える意識が旧在京士族層には近代まで残存していたことが明らかとなるなど、韓国・朝鮮の旧士族層研究における新たな発見が見られた。
これまでの旧士族層研究では、地方社会の旧士族層(旧在地士族層)を事例とし、権限や人脈という政治的な優位性と、生活様式や社会的地位という文化的な優位性が解明されてきた。本研究は、旧在京士族層の生活文化を初めて対象化するとともに、職業や荘園(私賜地)経営の歴史的展開という経済的な側面からその優位性を紐解いた。この点で、先行研究で論じられた旧在地士族層の諸相を相対化し、かつ旧士族層の過去と現在を総合的かつ重層的に再考する基礎を提示したという意義をもつ。
また、文化人類学における権力・秩序の研究としても、本研究は重要性をもつ。本研究は、社会における権力・秩序がどのような要素からなっているか、各要素がどう補完しあって特定の人びとに権力を与え、社会全体に秩序をもたらすのかという問題を、再考的に解明しようとしている。
このように本研究の重要性は、(1)韓国・朝鮮の伝統文化を提示しなおすことで、韓国・朝鮮の文化に関する社会的認識の深化に貢献し、(2)サバルタン(虐げられた者)の研究に偏りがちな文化人類学の権力・秩序研究の幅を広げ、権力・秩序の仕組みにトータルに接近しようとしている点に要約できる。