フィンランドの家族介護とイエ・親族――福祉国家における老いの人類学的研究(2009-2011)
目的・内容
本研究計画は、社会民主主義体制、つまり北欧型福祉国家の体制下における家族介護の在り様を解き明かしていくことを企図するものである。行政による福祉サービスが主流となっているフィンランドにおいて、何故家族介護を選択する人々が存在するのか。そこに親族組織、あるいは世帯構造からの圧力は存在するのか。そして、実際に遂行される家族介護は、どのような具体的、あるいは精神的困難を抱え込み、どんな人々からの助けを得て乗り越えられていくのか。こうした問いを通じて、現代において「老人を介護すること」の意味を明らかにしていくことが研究の最終目的である。
フィンランドの一自治体を主な調査地として、高齢者本人と家族介護者だけではなく、彼らをサポートする自治体のホームヘルパーや訪問看護婦、教会等の第三セクターのスタッフ、友人や親戚といった人々を調査の対象とし、日々の介護が遂行されていく過程を詳述していく。そうした民族誌的記述を通じて、それぞれの家族介護の事例が抱え込む人間関係の広がりや、問題解決の手法こそが、固有の社会・歴史的背景を孕んだ北欧型福祉国家の在り様の理解へと繋がっていくことを証明していきたい。
活動内容
2010年度活動報告
本年度は、ヴァルシナイス・スオミ町における家族介護についてのフィールドワークを大きな目標として、その調査準備と資料整理を行っていく。また、博士論文の出版を目指して、加筆・訂正をほどこしてしていく。具体的には、以下の3項目が2年目の主要な活動内容となる。
○ 資料収集
官公庁の出版物、行政の予算計画やプレゼンテーションペーパーの収拾、歴史文献(教会台帳、人口登録帳等)の整理を行う。また、ヴァルシナイス・スオミ町行政と協力して、町の社会サービスや家族介護者に関する統計データをまとめたものを入手する。
○ 実地調査[2010年11月~2011年1月]
ヘルシンキ大学、オーボ大学、トゥルク大学において家族史・家族社会学、社会政策学等の現地文献を収集するとともに、同大学の研究者(ヘルシンキ大学Sirpa Wrede教授、オーボ大学Erland Eklund教授)と懇談し、フィンランドの家族介護に対する分析視角を固めていく。
ヴァルシナイス・スオミ町の行政と協力し、家族介護者の元へ通う訪問介護のケアワーカー達に同行、参与観察する。特に、クリスマスシーズンを挟むことで、帰郷する親族との関係性なども観察していきたい。同時に、家族介護者、および介護される高齢者へのインタビューを試み、親族構成や家族のライフヒストリー、介護に関する思いといった主題について明らかにしていく。
○ 成果発表
社会福祉学と人類学の学説史的接点に関する理論研究を行い、『福祉社会学研究』へ投稿する。また、本年度までの調査結果を元に、人類学的親族研究の延長線上に家族介護の問題を位置づけた論文を『文化人類学』へ投稿する。
2009年度活動報告
初年度にあたる平成21年度は、フィンランド西南部のヴァルシナイス・スオミ地方における家族介護の状況を把握する短期間の予備調査を行う一方で、これまでのフィールドワークの成果を学会で発表した上で、論文として投稿していった。
7月26日~9月8日の約1ヵ月半の期間、フィンランドに滞在した。この間に収拾した資料は主に、(1)ヴェスト・オーボランド町の高齢者福祉に関連する自治体の行政資料、(2)トゥルク大学、オーボ大学の図書館に所蔵されている北欧型福祉国家研究の書籍、論文、フィンランドの諮問委員会答申等 の二種類である。また、ヴェスト・オーボランド町では家族介護の状況に関する予備的調査を行い、社会サービスを受給している高齢者たちの過去の居住・移住歴に関する網羅的調査を実施したことで、今後の論文の基礎となる重要な資料をえることが出来た。海外調査の結果は、来年度以降の本調査に向けた布石であると同時に、今年度に執筆した論文に反映されている。
今年度は、2本の論文と1本の書評論文を学会誌に発表した。これらの論文では、人類学の古典的著作と社会福祉思想の関係を明らかにする文献研究を行う一方で、フィンランドでの現地調査を元に、老いと身体変容、そして地域福祉の相互連関性について論じた。これは、近年日本で活況を呈している老年人類学という領域に対して理論的貢献を果すものである。
さらに、フィンランドで開催されたヨーロッパ農村社会学会では、多くのフィンランド人研究者と活発な意見交換を行い、社会サービスの地域間格差、特に地方におけるサービスへのアクセス状況について有益な示唆を得ることが出来た。