国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

言語の系統関係を探る-その方法論と歴史学研究における意味-

共同研究 代表者 菊澤律子

研究プロジェクト一覧

キーワード

言語、(言語の)系統関係、言語変化

目的

現在地球上で話される約7,000という言語は「語族」と呼ばれるいくつかの系統に分類されており、それぞれの語族ではさらに、系統図で示されるような言語間の「系統関係」が呈示されている。語族や系統関係は、本来の定義では、共通する祖先となる言語(祖語)から発達したことが比較方法(Comparative Method)を用いて検証できるかどうか、によって決まる。ところが、実際の言語の系統分類では、類型論的特徴や地理的区分、歴史に関する記録なども手掛かりとされることもある。

本研究では、それぞれの語族における(1)最新の系統分類がどのようなもので、何を手掛かりにどのような方法で系統関係が議論されているのか、(2)(1)で出てきた手法の妥当性と他語族への適用の可能性、(3)各地域における言語の系統分類の先史・歴史研究における意味づけについての現状を把握し、方法論を検証・一般化することで、科学的でより汎用性の高い言語の系統分類研究の手法を探ること、またその成果を先史・歴史研究への関連付けに結びつける道を探ることを目的とする。

研究成果

歴史言語学や言語変化に関する研究について、対象となる言語グループごとに異なるアプローチの方法や方法論を具体的な研究例に即してみることができたこと、また、違いや共有できる点が確認できたことが第一の研究成果である。各研究会では、異なる語族の歴史(比較)言語学的研究を専門とする研究者が集まり、それぞれが関心を持つ具体的なトピックについて報告した。具体的な研究会のテーマについては、以下のとおりである。比較方法と比較再建(印欧祖語におけるプロソディ、アラビア語諸方言)、痕跡に基づく言語の比較再建(日本語のアクセント、オセアニア諸語の格システム、西ナイル諸語の音韻)、借用関係(日本語とアイヌ語、日本語の外来語、)、言語接触(バンツー諸語とマラガシ語、アイヌ語とオーストロネシア諸語)、先史研究(コメと言語接触)。締めくくりとしては、国際シンポジウム「樹について考える」(2013年2月、公開・ストリーム配信つき)を開催し、遺伝学者、生物学者、系統学者等を交えながら、言語の系統関係を表現する手段としての系統図モデルについて議論した。

なお、プロジェクト期間中にはメンバーが専門委員をとなって民博で国際歴史言語学会(2011年7月、登録・会費制)を主催、研究会においては聴覚障害者に対する情報保障に配慮し、筑波技術大学「情報保障に関する研究基盤構築:日本語―手話コーパスの作成」事業との連携を行ったこと、また、「日本歴史言語学会」が発足し、国内における歴史言語学的研究の可能性に発展がみられたことを特記しておく。

2012年度

本年度は視点を広げて、系統樹等では表すことのできない言語接触や借用関係等も視点にいれながら、言語変化全般に関して検討する。また、メンバーが対象言語グループにおいてそれぞれが研究を進めている内容を報告することで、成果出版物の具体的な方向についての検討をすすめる。また、成果公開および締めくくりとして国際シンポジウムを開催する。

【館内研究員】 アレクサンダー・アデラール、庄司博史、西尾哲夫、八杉佳穂
【館外研究員】 蝦名大助、大杉豊、神山孝夫、木部暢子、佐藤知己、中山俊秀、稗田乃、福田(中道)静香、松森晶子、吉田和彦、吉田豊、ローレンス・A・リード、ロバート・ラトクリフ、渡辺己
研究会
2012年5月26日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
中道静香「アラビア語方言における「b(i)-未完了形」の歴史的経緯―現代方言記述とMiddle Arabic資料からわかること―」
菊澤律子「類型論的一般化と形態統語論における比較再建―オーストロネシア諸語における能格・対格変化をめぐって―」
2012年5月27日(日)9:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
大滝靖司「日本語の借用語適応における通時的変化―分節音・母音挿入・重子音化を中心に―」
佐藤知己「日本語とアイヌ語間の借用」(仮題)
2012年1月12日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第5セミナー室)
松森晶子(日本女子大学)「日本語複合語アクセントの記述と日本語史研究」
大杉豊(筑波技術大学)「古鹿児島手話語彙集から探るろう教育黎明期の手話語彙形成」
ディスカッション(出版計画について)
2013年1月13日(日)9:00~12:30(国立民族学博物館 第5セミナー室)
蝦名大助(神戸夙川学院大学)「ケチュア語とスペイン語との言語接触」
鈴木博之(国立民族学博物館外来研究員)「音標文字による制約と音変化:チベット系諸言語の前鼻音の歴史」
研究成果

本年度は視点を広げて、系統樹等では表すことのできない言語接触や借用関係等も視点にいれながら、言語変化全般に関して検討した。メンバーが対象言語グループにおいてそれぞれが研究を進めている内容を報告することで、成果出版物の具体的な方向についての検討をすすめた。2月9-10日には、成果公開および締めくくりとして、生物学や遺伝学の研究者と共に「系統樹について考える」というテーマで国際シンポジウムの開催を行った。なお、歴史言語学研究における聴覚障害者に対する情報保障として、研究会はすべて筑波技術大学「情報保障に関する研究基盤構築:日本語–手話コーパスの作成」事業と連携して開催したことを記しておく。

2011年度

引き続き、メンバーが順に自分が専門とする言語グループの系統分類の概要と現状等について決まった項目にしたがって資料を作成し、発表する。項目の内容は次の通り。

  • 対象とする言語グループの分布と系統分類の概要(もしあれば、異なる学説の紹介)
  • 言語系統研究における現状と問題点(手掛かりとする要素、系統解明のための手法、その他)
  • 当該言語グループにおける系統分類の歴史・先史研究との関係
  • 対象言語グループにおける言語変化について発表者が研究を進めている内容

一人一人の発表については、事実確認の質疑応答に加え、他の言語グループの系統分類を専門とする視点から、さらに掘り下げた報告を望む内容について議論する。必要であれば、関連するトピックについての報告を依頼する特別講師を検討する。

今年度はさらに、7月に民博で開催される国際歴史言語学会の機会を利用し、国内の歴史言語学研究者間のネットワークづくりにも重点をおく。

【館内研究員】 アレクサンダー・アデラール、庄司博史、西尾哲夫、八杉佳穂
【館外研究員】 蛯名大助、大杉豊、神山孝夫、木部暢子、佐藤知己、中道静香、長野泰彦、中山俊秀、稗田乃、松森晶子、吉田和彦、吉田豊、ローレンス・A・リード、ロバート・ラトクリフ、渡辺己
研究会
2011年7月23日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
2011年7月24日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
《7月23日》
菊澤律子・「歴史言語学と言語学におけるサブディシプリン」
アレクサンダー・アデラール・「インドネシアの言語と文化の研究:ケーススタディ」
ディスカッション
《7月24日》
庄司博史・「社会言語学と歴史言語学」
八杉佳穂・「人類言語学と歴史言語学」
ローレンス・リード・「フィリピンの言語と社会の研究:ケーススタディ」
ディスカッション
2011年7月31日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
出版に関する打ち合わせ
2011年9月3日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2011年9月4日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
《9月3日》
中川裕(千葉大学)「アイヌ語とオーストロネシア諸語の類型論的特徴の類似性とその歴史的解釈」
Lawrence A. Reid(ハワイ大学)「アイヌ語とオーストロネシア諸語の類型論的特徴の類似性とその歴史的解釈」に対するコメント
ディスカッション
《9月4日》
Alexander Adelaar(民博)「マラガシ語にみられるバンツー諸語の影響」
George van Driem(スイス・ベルン大学)「米とことば―先史時代の言語接触における方向性を探る―」
研究成果

本年度は、系統論と言語接触について検討した。

言語の系統樹が言語接触による影響という対象を表現するには不適当であることは、歴史言語学において古くから指摘されてきている。一方で、伝統的比較方法を応用して言語の接触関係を特定したり、文化接触の結果伝わったモノや制度についての経路や方向を特定するような研究は、近年、特に、文献に頼らず再建による歴史研究を主とする言語グループにおいて盛んになってきている。本年度は方法論的な観点から、二つのアプローチ(類型論的考察と比較方法)における考察の妥当性や、文法語の借用関係、植物(ここでは米)の伝播を対象とした研究の具体例を検討し、系統樹・系統論と言語接触の関係について考察を深めた。

2010年度

初年度に引き続き、メンバーが順に自分が専門とする言語グループの系統分類の概要と現状等について決まった項目にしたがって資料を作成し、発表する。項目の内容は次の通り。

  • 対象とする言語グループの分布と系統分類の概要(もしあれば、異なる学説の紹介)
  • 言語系統研究における現状と問題点(手掛かりとする要素、系統解明のための手法、その他) 当該言語グループにおける系統分類の歴史・先史研究との関係
  • 対象言語グループにおける言語変化について発表者が研究を進めている内容

一人一人の発表については、事実確認の質疑応答に加え、他の言語グループの系統分類を専門とする視点から、さらに掘り下げた報告を望む内容について議論する。必要であれば、関連するトピックについての報告を依頼する特別講師を検討し、それぞれの具体的な研究トピックについて、他の言語グループにおける状況や適用の可能性などについて議論を深める。

【館内研究員】 庄司博史、長野泰彦、西尾哲夫、八杉佳穂
【館外研究員】 蛯名大助、木部暢子、佐藤知己、中道静香、中山俊秀、稗田乃、BHASKARARAO Peri、松森晶子、吉田和彦、吉田豊、Robert R. RATCLIFFE、渡辺己
研究会
2010年10月2日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
2010年10月3日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第2演習室)
テーマ:プロソディに関する要素の比較再建
吉田和彦(京都大学)「歴史言語学とプロソディ」
ロバート・ラトクリフ(東京外国語大学)「アラビア語におけるプロソディと言語変化」
出席者全員によるコメントおよびディスカッション
2011年1月9日(日)13:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
2011年1月10日(月・祝)9:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
テーマ:変化の痕跡と比較再建の方法
《1月9日》
内海敦子(明星大学)「バンテイック語におけるオーストロネシア祖語の痕跡」
木部暢子(国立国語研究所)「日本語のピッチアクセント体系の再建」
稗田乃(東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所)「西ナイル諸語におけるロータシズムとラムダシズム」
《1月10日》
菊澤律子(国立民族学博物館)「オセアニア諸語における格システムの再建」
全員によるディスカッション
2011年3月1日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
共同研究 成果出版に関する打ち合わせ
(出版計画に関する打ち合せ)
研究成果

第1回研究会では、「プロソディに関わる要素の比較再建」をテーマとし、アナトリア諸語における比較再建で、シラブルではなくモーラ構造の概念をあてはめるときれいに説明ができるという例、アラビア語のプロソディーについて、書記法との関係と再建するにあたっての問題点についての問題提起があった。

第2回研究会では、「痕跡にもとづく言語の比較再建」をテーマに、日本語、オセアニア諸語、西ナイル諸語から「痕跡」にまつわる三つの具体例をみた。祖語から受け継がれた古い特徴が、後から発達した特徴にとってかわられてしまっている場合、その痕跡をどのように見つけ、どう解釈するのか、三つの異なる言語群における異なる特徴の比較再建を見ることで、共通する問題点および方法論の可能性について議論を行った。

なお、今年度は言語接触をテーマに第4回研究会を予定していたが、東日本大震災の影響で、来年度に延期とした。

2009年度

初年度の半年間では、メンバーが順に自分が専門とする言語グループの系統分類の概要と現状等について決まった項目にしたがって資料を作成し、発表する。項目の内容は次の通り。

  • 対象とする言語グループの分布と系統分類の概要(もしあれば、異なる学説の紹介)
  • 言語系統研究における現状と問題点(手掛かりとする要素、系統解明のための手法、その他)
  • 当該言語グループにおける系統分類の歴史・先史研究との関係
  • 対象言語グループにおける言語変化について発表者が研究を進めている内容

一人一人の発表については、事実確認の質疑応答に加え、他の言語グループの系統分類を専門とする視点から、さらに掘り下げた報告を望む内容について議論する。必要であれば、関連するトピックについての報告を依頼する特別講師を検討する。

【館内研究員】 庄司博史、長野泰彦、西尾哲夫、八杉佳穂
【館外研究員】 蛯名大助、木部暢子、佐藤知己、中道静香、中山俊秀、BHASKARARAO Peri、松森晶子、吉田和彦、吉田豊、Robert R. RATCLIFFE、渡辺己
研究会
2010年2月18日(木)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
菊澤律子 趣旨説明「オーストロネシア諸語における系統研究と手法と他の言語グループへの応用の可能性」
稗田乃「アフリカ比較(歴史)言語研究について」
趣旨説明を受けての出席者全員によるコメントおよびディスカッション
2010年3月6日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
菊澤律子 趣旨説明「オーストロネシア諸語における系統研究と手法と他の言語グループへの応用の可能性」
趣旨説明を受けての出席者全員によるコメントおよびディスカッション
研究成果

メンバー全員によりプレゼンテーションを行い、その後全員によるディスカッションを行うことで、それぞれの専門とする語族における状況と、他の語族の状況との共通点や違いについての認識を共有することができた。この成果は、来年度以降、専門の語族を超えたディスカッションを進めるにあたっての基盤となることが期待される。