サファリングとケアの人類学的研究
キーワード
サファリングの創造性、医療専門家、根源的ケア
目的
現代社会は、少子高齢化と世代間格差、慢性病化と医療格差、経済格差、生死の操作性、価値観の多様性などを背景に、「いかに生き、老い、病み、死ぬか」に関わる意思決定や選択を個人に迫る社会であり、故に本人や周囲の人のサファリング(苦悩)の経験のみならず倫理的葛藤を抱える専門家に至るまで更なるサファリングを生み出している。本研究は、現代社会での具体的な生活の場や臨床の場から生み出されるサファリングの意味を問い、サファリングをめぐるケアのあり方を再検討することで、「すべての人間に共通する生を構成する根源的なスタイル」としてのサファリングとケアの概念の人類学的再構築を試みるものである。本研究の特徴は、文化人類学の民間職能者をめぐるサファリング研究やサファリング(ケア)・コミュニティ研究を参照枠とし、生老病死に関わる近代以降の制度的専門家の抱える苦悩をもう一つのサファリングとして捉えることで、これまで医療人類学が研究対象としてきた病いを抱える人たちのサファリングとどのように響き合うのかを考える。さらに、サファリングとケアの人類学的研究の意義を社会に発信し、かつ医療・福祉の現場に寄与するために、人類学の近接領域の研究者、そして生老病死に向き合う専門家との学際的な交流を通して、相互参加型の共同研究の取り組みの一つのかたちを提示するものである。
研究成果
本共同研究では、「生老病死をめぐる人間の根源的スタイルとしてのサファリング(=苦悩)とケアの概念の再構築」という目的のもと、第一に現代社会における臨床現場で抱えるケアの専門家のサファリングとそれに対する対処の術とは何か、そして第二に普通の人たちが暮らしの場で経験するサファリングとは何か、その対処の術とは何か、ケアのあり方とは何か、という二つの観点から、国内外のフィールド報告を通して、議論を重ねながらサファリングとケアの概念構築に取り組んできた。
第一の観点、近代の制度的専門家が抱えるサファリングとケアに関する研究を通して得られた知見について三点提示する。一つは、これまで研究の俎上にあげられなかったケアの専門家が抱える苦悩を明らかにし、社会で共有していくこと、それを通してケアのあり方について専門家も研究者も含めて一般の人とともに考える基盤を提供する。二つ目は、専門家のケアには「定型的ケア」だけではなく、「根源的ケア」と呼ぶべきケアについて指摘し、この根源的ケアこそが苦悩と向き合うことであり、ケアの原点となりうるということを示す。三つ目として、「医療は病者やその家族と保健・医療・福祉専門職をはじめとする多様な主体との協働によって構築される」という基本的な事実を示す。専門家は自身が抱える苦悩を自覚し、それに向き合うことを通して患者の苦悩に思いを巡らせる想像力が求められている。と同時に、自らの苦悩と向き合う際に、患者もまた専門家の苦悩を理解し、専門家の役割を考える力を養うことが求められている。そうした苦悩を軸とした両者の経験こそが、患者と専門家との協働によって新たな医療のあり方を作り出す契機となることを示す。
第二の観点、人々の暮らしの場でのサファリングとケアそれ自体の概念を明らかにするために、不確実性、創造性、継承性などの新たな概念を導入することで、立体的かつ動態的に概念構築を提示することができる。サファリングに内在するその不確実性と創造性に着目し、またケアの原点となる「根源的ケア」に着目することで、根源的ケアこそが苦悩と向き合うことであり、苦悩に向き合う態度から新たな方策(「ローカルな知(と術)」が生み出されることを提示する。いいかえれば、サファリングを排除したケアは成り立たないというサファリングとケアとの不即不離の関係を提示することができる。また、継承性という概念を導入することによって、サファリングに対処するケア実践が、日常生活の文脈にそっていかに人々の暮らしの場で継承されていくかを明らかにすることができる。それは、ローカルな環境状況におけるサファリングとケアをめぐる知と実践の継承のあり方を、「ローカルな文化(習俗や慣習)」の中に位置づけることでもある。
2012年度
上半期は、外部講師を招聘する研究会を5月と7月に開催する。制度的専門性の研究(医師の感情労働の研究と作業療法学から生活リスクコミュニケーションの研究)とケアの理論的構築への試み(在宅の思想の研究)として、外部講師(人類学、作業療法学)を招聘し開催する。また、6月には、日本文化人類学会第46回大会において、生老病死の現場で苦悩し問題に対処している制度的専門家の専門性をテーマに、分科会「界面に立つ専門家」を企画している。下半期は、メンバー全員が研究報告するワークショップ(11月or12月)を二日間にわたって開催し、研究報告書の理論的枠組みとテーマ別構成について検討する。ワークショップには、必要に応じて本共同研究での招聘講師のうち数名に参加要請する可能性がある。
【館内研究員】 | 鈴木七美、広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 渥美一弥、阿部年晴、沖田一彦、加藤直克、川添裕子、近藤英俊、田中大介、濱雄亮、福冨律、星野晋、松繁卓哉、村松彰子 |
研究会
- 2012年5月12日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 宮口英樹「リハビリテーション医療における生活リスクコミュニケーション」
- 質疑応答(休憩含)
- 浮ヶ谷、沖田、田中、松繁、星野「日本文化人類学会第46回研究大会分科会『界面 に立つ専門家:専門家のサファリングの人類学』プレ発表」
- コメント(宮口、近藤)+質疑応答
- 2012年5月13日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 山上実紀:医師の失敗経験と対処プロセス
- 質疑応答
- 2012年7月14日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 高橋絵里香(日本学術振興会特別研究員)「互酬と消費―フィンランドの高齢者介護サービスにみる福祉国家の論理」
- 鈴木七美(国立民族学博物館)「北米における高齢期ライフケア・コミュニティの展開―新たな専門家の創出と生活者のウェルビーイング」
- 総合ディスカッション
- 2012年7月15日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 成果報告書の打ち合わせ
研究成果
2回の定例の共同研究会、そして共同研究の総括として開催したワークショップ(共同研究員12人の報告)を通して、本共同研究の成果の全体像を構想した。成果の発表方法として、(A)制度的専門家のサファリングとケアについての論文集と、(B)現代社会における生活の場におけるサファリングが生まれる社会背景とその様態、そしてサファリングに対処するケアのあり方についてのエスノグラフィックアプローチによる論文集、という二つの論文集の刊行を目指すこととした。(A)の論文集は、『文化人類学』(77-3)の特集論文を軸として、コアメンバーと特別講師の執筆者を加えて、『苦悩することの希望:専門家のサファリングとケアの人類学』と題した論文集を刊行する予定である。読者層として専門家と研究者、そして一般の人を対象とするという設定で、出版社との打ち合わせに入っている段階である。また、(B)の論文集に関しては、まず2013年度の日本文化人類学会第47回研究大会で分科会「サファリングとケア、その創造性」と題して成果発表を予定している。これらの報告を基にした論文を軸として、コアメンバーと特別講師の寄稿論文で構成し、『(仮題)サファリングとケアの人類学』と題して刊行する企画である。こちらは民博の『国立民族学博物館論集』での刊行を視野に入れている。
2011年度
2011年度はサファリングとケアというテーマに以下のテーマを横断させ、共同研究会を5回開催する予定である。第一回(5月7日―8日)は病いと共同性について、タイにおけるHIV/AIDSとともに生きる人たち(田辺繁治;人類学)と元ハンセン病療養所(坂田勝彦;社会学)、1型糖尿病患者会(濱雄亮)のフィールドから、第二回(7月9日―10日)は障害と身体性について、哲学(加藤直克)と障害人類学(広瀬浩二郎、猪瀬浩平)のフィールドから、第三回(11月)はリハビリテーションと身体性について、理学療法学(沖田一彦)と障害学ほかのフィールドから、第四回(12月)は看取りと死をめぐる共同性について、在宅医療の現場(松繁卓哉、浮ヶ谷幸代)から、第五回(2月)は癒し(あるいはウェルビーング)と歴史福祉学について、鈴木七美と福富律の報告を中心に、研究会を開催する。また、2011年度前半に生老病死の現場に向き合う専門家との対話シリーズ【4回分】の経過報告書を作成する。
【館内研究員】 | 鈴木七美、広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 渥美一弥、阿部年晴、沖田一彦、加藤直克、川添裕子、近藤英俊、田中大介、濱雄亮、福冨律、星野晋、松繁卓哉、村松彰子 |
研究会
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2011年5月7日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
2011年5月8日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室) - 濱雄亮(慶應義塾大学文学部)「病縁論の射程」
- 田辺繁治(総合研究大学院大学)「情動コミュニティについて―北タイ・エイズ自助グループの場合」
- 坂田勝彦(東日本国際大学福祉環境学部)「ハンセン病者の半生・療養所世界における重層的な排除と共同性」
- 経過報告書作成に向けての打ち合わせ(共同研究メンバーのみ)
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2011年7月9日(土)14:30~19:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2011年7月10日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第6セミナー室) - 《7月9日》
- 猪瀬浩平(明治学院大学)「ケアから、うんどう・たたかいへ:サファリングによる切断から、サファリングをめぐる接合へ」
- 広瀬浩二郎(国立民族学博物館)「手探りと手応えの10年:「視覚障害者文化を育てる会」の過去・現在・未来」
- 《7月10日》
- 加藤直克(自治医科大学)「ケアはいつケアになるか:身体性と言葉」
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2011年11月5日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年11月6日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室) - 《11月5日(土)》
- 沖田一彦(広島県立大学)「認知運動療法という提案―リハビリテーションと理学療法の歴史を踏まえて―」
- 岩田篤(医療法人髙志会柴田病院)「置き去りにされた主観 ―"維持期"の理学療法の経験を通して―」
- コメント(加藤直克/近藤英俊)
- 総合ディスカッション
- 《11月6日(日)》
- 篠原明徳(明徳漢方内科)「漢方医としてケアの担い手たり得るか」
- 2012年度日本文化人類学会での分科会申請についての打ち合わせ
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2011年12月17日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年12月18日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室) - 《12月17日(土)》
- 相澤出(医療法人社団爽秋会;東北死生学研究所研究員)「自宅で過ごす患者の意思とニーズ――在宅緩和ケアにおける社会性を考える」
- 岩佐光広(高知大学教育研究部講師)「死を迎える場としてのバーン:ラオス低地農村部における死にゆく過程の空間性」
- コメント
- 総合討論
- 《12月18日(日)》
- 松繁卓哉(国立保健医療学院主任研究員)「「尾道方式」における患者と家族の経験」
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2012年2月11日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2012年2月12日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室) - 《2月11日》
- 鈴木勝巳(早稲田大学人間科学学術院)「タイ・エイズホスピス寺院における死の看取りケアの医療人類学研究」
- 村松彰子(相模女子大学)「サファリングで生まれる〈つながり〉と〈しがらみ〉:現代沖縄社会の宗教的実践の場から」
- 総合ディスカッション
- 《2月12日》
- 福冨律(日本社会事業大学)「精神科ソーシャルワーカーの専門化と専門性:資格化以前の実践発表の分析から」 総合ディスカッション
研究成果
共同研究におけるテーマ、サファリングとケアをめぐって当初の二つの問題提起に関する成果が得られた。一つは、生老病死をめぐる現場に向き合う専門家が抱える問題をサファリング(=苦悩)として論じることが可能か、という問いである。これに関して、『民博通信』No.134号掲載の「近代システムの専門分化が生み出すサファリングとケア」と共同研究成果中間報告書『生老病死をめぐる現場に向きあう専門家との対話(全4回)』「序に代えて」で書いたように、「専門家」と「普通の人=非専門家」との間を跨ぐ(第一の越境)、そして異なる専門分野を跨ぐ(第二の越境)という二つのレベルで専門領域を越境するとき、専門家は苦悩を抱えるという事実を見出した。それだけでなく、専門家は苦悩する現実にたじろぎながらも、限られた環境条件の中で何らかの方策をたてている。もう一つの問いは、専門家の苦悩を病いの当事者が抱える苦悩と同じ地平に置くことができるのか、という問いであり、これについては検討中である。両者の苦悩の違いとして、専門家の役割は代替可能であり、専門家はそこから降りることで苦悩から逃れることができるが、病いの当事者の経験は代替不可能であり、抱える苦悩から逃れることはできないといえる。この点において両者の苦悩を同じ地平に置くには無理がある。しかし他方で、「専門家」と「普通の人=非専門家」との間を跨ぐという、先の専門家の越境性に着目すれば、両者の苦悩が交差する可能性が見えてくる。このことを一つの成果として、2012年度日本文化人類学会第46回大会で「界面に立つ専門家」というテーマで分科会を開催する予定である。
2010年度
本年度は、3年半の研究期間の中で招聘講師を交えたミニセッションを最も多く開催する年度となる。研究会は全5回予定しており、6月は医療をめぐる「不確かさ」が生み出すサファリングについて社会学から研究者を二人、7月はアルコール依存回復と文化復興運動について北米の事例報告とアルコール依存回復とアイヌ文化とのかかわりについて北海道浦河町から当事者を二人招聘し、ソーシャルサファリングについてのミニセッションを開催する。11月には、北海道浦河町から精神保健福祉の専門家(医師、社会福祉士、看護師)三人と浦河住民一人を招聘し、「差異ある共生社会」のあり方について探る。12月は社会学者(ハンセン病療養所の共同性研究)と人類学者(北タイHIV/AIDSのコミュニティ研究)の二人を招聘し、苦悩とケアと共同性について議論する。2月には「老いと死をめぐるサファリングとケア」と題して、松本市の成年後見制度のNPO法人代表者と葬儀会社フューネラル・ディレクターの二人、また宗教学と民俗学から関連領域の研究者を二人招聘し、現代社会における「老いや死との向き合い方」について議論を交わす。
本年度は、初年度から始めた生老病死をめぐる専門家との対話をさらに展開し、専門家にとってのサファリングとは何か、専門家システム、専門分化と専門家間連携、地域社会との共生という観点を踏まえつつ、次年度の専門性をめぐる理論的な議論へとつなげる年度となる。
【館内研究員】 | 鈴木七美、広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 渥美一弥、阿部年晴、沖田一彦、加藤直克、川添裕子、近藤英俊、田中大介、濱雄亮、福冨律、星野晋、松繁卓哉、村松彰子 |
研究会
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2010年6月5日(土)14:00~18:40(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年6月6日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 第1報告:「胎児の障害をあいまいなままにしておくこと ―出生前検査を受けないという選択から見えること―」菅野摂子氏(立教大学)
- 第2報告:「病いの経験における不確かさの位置―サファリングとの関係をめぐって」鷹田佳典氏(法政大学)
- 第3報告:「サファリングと「問題」の在りか:「サファリング論序説」再考」星野晋氏(山口大学)
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2010年7月24日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年7月25日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - テーマ:アルコール依存からの回復と文化復興運動
- 第1報告:「アイヌ文化復興運動と権利回復」関口由彦氏(成城大学民俗学研究所)
- 第2報告:「アルコール依存からの回復と『アイヌである』ということ」赤尾 悦子氏(社会福祉法人浦河べてるの家・べてる生活サポート支援センター)
- 第3報告:「アイヌ文化と僕」川端俊氏(社会福祉法人浦河べてるの家)
- 第4報告:「都市在住のアイヌ出身者の就労支援について」八幡智子氏(北海道ウタリ協会)
- コメンテーター:渥美一弥(自治医科大学)/福冨律(日本社会事業大学)
- 第5報告:「アルコールとサーニッチの人々」渥美一弥氏(自治医科大学)
- コメンテーター:阿部年晴(埼玉大学)
- 2010年12月4日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 第1報告:高田大志「退院促進への取り組み、他職種間連携の取り組みとその苦労」
- 第2報告:中村創「浦河赤十字病院と千歳病院での精神看護の取り組みから」
- 第3報告:伊藤知之「浦河町ピアサポーターの現状と苦労:当事者として、ピアサポーターとして、浦河住民として」
- 第4報告:松山和弘「べてるとの出会いから町おこしへ:日本精神障害者リハビリテーション学会への取り組みと当事者支援のあり方を通して」
- 第5報告:川村敏明「病院の役割、地域の役割、専門家の役割:地域にともに暮らすために大事にしていること」
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2011年2月12日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
2011年2月13日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室) - 第1報告:岸上伸啓(国立民族学博物館)「北アメリカ極北先住民の生き方とウェルビーング:カナダのイヌイットとアラスカのイヌピアットを事例として」
- 第2報告:久島和子(NPO法人ライフデザインセンター代表理事)「後見人として、認知症の人に寄り添うということ」
- 第3報告:田中大介(東京大学大学院総合文化研究科 博士課程)「ケア・知識・能力 ― 人類学的仕事研究の視点からみるデス・ケアとしての葬儀業務」
- 第4報告:木下光生(奈良教育大学特任准教授)「歴史学からみた『看取りと死』『苦悩とケア』」
- 第5報告:宇屋貴(公益社エンバーミングセンター副センター長)「グリーフケアとしての遺体衛生保全 ― エンバーミング」
- ※第1報告~第4報告は共同研究会(代表:鈴木七美)と合同開催
研究成果
「専門家との対話」シリーズを通して、現場で専門家が苦悩を抱えていることがいくつか見ええてきた。一つは、専門家にとってのサファリングとは何かという問いに対して、生老病死をめぐる現場が近代化とともに制度化され、専門家に国家資格が付与されるとともに専門分化されることによって「多職種連携への困難」が生まれ、また医療福祉の専門家を越えて、宗教者にとっても「役割分業によるケアの限定化」、もしくは「役割の狭小化」が生み出されていたことである。もう一つは、ケア提供の専門家にとって不朽の課題である患者や利用者、相談者との間の距離の取り方である。臨床の場面での専門家は、通常はケア対象者との間でラポール取ることが要請されるが、深い入りすると燃え尽き症候群として自滅しかねない。これは先の専門分化や役割分業とも深く結びついており、専門家の報告から人と人との一般的な距離の取り方と専門家役割としての距離の取り方との間で葛藤する姿が浮かび上がってきた。このテーマは、自己と他者とのコミュニケーション理論に収まるものではなく、人と人とが存在し得るための「適正な距離」(レヴィ-ストロース)の概念にもつながる可能性があることがわかった。中間報告書を作成するプロセスで上記以外のテーマが浮上してくることが予想される。こうしたテーマを包括的に考察することで、サファリングとケアの概念の再構築に寄与できると考える。
2009年度
「サファリングとケアの医療人類学における理論的再構築のために、構成メンバーによる各フィールドから報告を行い、それを手がかりに生老病死をめぐるサファリングと向き合う現場の専門家と研究者との対話への第一歩を踏み出す。
第1回は民博で、総論報告(浮ヶ谷)と分担報告(近藤、村松)、招聘講師(文化人類学:阿部)の報告を行う。
第2回は東京会場で、現代医療研究会との合同開催という形で、分担報告(濱・井口)を含めた現場の糖尿病の専門家(内科医と看護師)とのセッションを予定している。
第3回は民博で、分担報告(川添)と招聘講師(生命倫理学:田代)を含めた看取りと死をめぐる現場の専門家(看護師と僧侶)とのセッションを予定している。」
【館内研究員】 | 鈴木七美、広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 渥美一弥、井口高志、川添裕子、近藤英俊、田中大介、濱雄亮、福冨律、星野晋、松繁卓哉、村松彰子 |
研究会
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2009年11月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2009年11月29日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 浮ヶ谷幸代(相模女子大学)「サファリングとケアの人類学的研究」総論
- 近藤英俊(関西外国語大学)「苦境における偶然性-可能性の領野:サファリングの人類学的研究から見えるもの」
- 阿部年晴(埼玉大学名誉教授)「現代社会におけるサファリングとケアの人類学的研究の射程」
- 村松彰子(日本学術振興会)「呪術的実践における当事者性:苦悩とケアが交叉する場から」
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2009年12月26日(土)13:00~18:00(早稲田大学早稲田キャンパス 大隈記念タワー・26号館3階302会議室)
2009年12月27日(日)10:00~12:00(早稲田大学早稲田キャンパス 大隈記念タワー・26号館3階302会議室) - ■第1日目:セッションテーマ――糖尿病をめぐる苦悩とケアのディレンマ
- 第1報告:「メディエイターの独自性と苦悩」(濱雄亮:日本学術振興会)
- 第2報告:「患者と医師:二つの視点の重なりとずれ」(伊藤新:慶應義塾大学)
- 第3報告:「糖尿病看護の経験から学ぶこと:患者の持つ力と人との距離感」(飯田直子:三咲内科クリニック)
- ■第2日目:認知症をめぐるフィールドから
- 第4報告:「医療の進展のなかのケアとその臨界:若年認知症とされる人の生をめぐって」(井口高志:信州大学)
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2010年2月13日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
2010年2月14日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室) - 現場の専門家との対話(第2弾)テーマ「看取りと死をめぐるサファリングとケア」(その1)
- 第1報告:「病院における死後処置の見直し:悲嘆に沿う死後ケアに」名波まり子氏(榛原総合病院副看護部長)
- 第2報告:「病院における死をめぐる医療専門職者の葛藤:ケアに取り込まれる死化粧」川添裕子氏(松蔭大学)
- 第3報告:「生老病死の現場からのレポート」飯島惠道氏(薬王山東昌寺副住職)
- 第4報告:「死者との邂逅――在宅緩和ケアにおける〈お迎え〉体験の諸相」田代志門氏(東京大学グローバルCOE特任助教)
研究成果
本研究では、サファリングとケアの概念の理論的検討と、生老病死をめぐる現場の専門家との対話という、取り組むべき課題が二つある。一つ目の人類学的研究の理論的側面としては、これまでのサファリングとケアの概念を整理し、それがどこまで汎用可能か、もしくは概念の組み直しの可能性はどこにあるのか、という問題提起を行うことができた。そして、メンバーと特別講師によるフィールド報告によって、概念を再検討する方向性がいくつか見えてきた。
もう一つは、現場の専門家との対話という課題である。この課題の基底には、現代の制度的専門家のサファリングをも視野に入れることで、病いを抱える側の経験のみに限定してきた従来のサファリング概念を組み直すという戦略的な意図がある。半期で、現場の専門家を4人招聘したわけだが、彼(女)らが現場で見て、聞いて、感じている問題を研究者が知ることで、研究者自身が行っている調査研究の意味が問われることを確認し、メンバーの個々の研究の視点や内容を軌道修正するヒントを得ることができた。専門家との対話は、次年度でも引き続き課題としていく予定であり、今後の更なる展開が期待できるものとなった。