国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アジア・アフリカ地域社会における〈デモクラシー〉の人類学――参加・運動・ガバナンス

共同研究 代表者 真崎克彦

研究プロジェクト一覧

キーワード

具体的な生、還元主義、デモクラシーの人類学

目的

デモクラシーの広まるアジア・アフリカの地域諸社会において、草の根の人びとが上からの民主化や分権化にいかに対処し、どのような社会変化を経験しているのかを、現地調査と文献で得られた資料から明らかにしようとする人類学的研究である。地域社会の人びとは制度改変によって左右される客体にとどまらず、旧来の社会的価値への抵抗や新たな共同性の創出といった実践をおこなっている。また、ローカルNGOおよび住民組織(CBO)がさまざまな社会経済的資源配分の場面で有力なアクターとして台頭するようにもなっている。本研究は、広い意味で「社会運動」ととらえ得るこうした動きに着目し、従来の個別地域の社会変化研究や開発現象の民族誌的研究の進展をはかるものである。

今日の地球社会では、個々人の自由と平等を尊重しようという気運が高まる一方、逆に自立・自律し得ないと表象される人たちの排除や抹殺も目立っている。本研究会では、デモクラシーのエートスの外に放置されるそうした苦悩にも光を当てて、アジア・アフリカの草の根におけるデモクラシーの進展を自明の理とせず批判的に考察したい。

研究成果

政治理論では、民主主義の制度的妥当性について、また正義が実現される条件について綿密な議論が行われてきたが、中には「身体を持つ、具体的な生」への配慮に着目するものもある。「身体を持つ、具体的な生」への配慮は、たとえば福祉制度から排除しないこと、家父長的イデオロギーから解放されていること、ナラティブに耳を傾けることなどに結びつけて論じられる。しかし「具体的な生」への配慮を謳いながら、政治理論における議論は往々にして、制度論や抽象的な人格論にとどまり、さまざまな価値や利害のせめぎ合う中を生きる人たちの生活感にまで踏み込めていない。したがって、政治理論における「具体的な生」についての議論に呼応しつつ、人類学のフィールドより、「具体的な生」への配慮がどのように確保され、あるいは見過ごされてきたのかを示すことは有意である。

通常、民主主義といえば、国家の政治運営と同一視されるが、本研究会では環境保護、先住民運動、地域開発といった、人びとの福利向上を目的とするさまざまな活動をも取り上げてきた。それらの大半が、「具体的な生」に埋没するよりは、画一的な基準にそって自己研鑽に取り組むよう、人びとに働きかける諸活動である。活動の対象者たちは、往々にしてそうした政治性に違和感や反発を抱く。しかし活動を進める側は、その違和感や反発を、福利向上の邪魔になる非合理な態度と見なしがちであり、人びとの違和感や反発が議論の俎上にのせられることは稀である。そこで本研究会では、そのズレが包み隠されることなく関係者の間で話し合われ、その上で、人びとの価値や意思がより一層尊重される社会のあり方が討議されるような、これまでにない公共空間の創出と活性化が大切であることが確認された。

2012年度

研究成果の公刊準備のための研究会を計2回開催する予定である。平成23年度はそれぞれの研究員が「フィールドで出会った人たちのどのような実践や関係性に着目するか」と「その実践や関係性は既存のデモクラシー観・論にどのような問題を投げかけているか」という共通設問に対する主張を明確化することに力を入れた。そこで、第1回研究会では各自の主張を基にどういう骨子・構成で研究成果を公刊するかについて話し合い、第2回研究会ではさらに詳細を詰めたい。

【館内研究員】 信田敏宏、宮本万里
【館外研究員】 内藤直樹、石山俊、菅野(小河原)美佐子、黒崎龍悟、白石壮一郎、武貞稔彦、西真如、増田和也、丸山淳子、南出和余、目黒紀夫
研究会
2012年9月29日(土)12:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
丸山淳子(津田塾大学)「多層的『デモクラシー』のなかで―サン社会のウチ/ソトの政治」
南出和余(桃山学院大学)「『まつりごと』―下からみたバングラデシュ選挙空間」
田中正隆(高千穂大学)「ベナンにおけるジャーナリズムとデモクラシー―ジャーナリストと視聴者参加番組の事例から」
2012年9月30日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
※台風接近のため中止
2013年3月9日(土)11:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
西真如(京都大学)「〈デモクラシー〉の人類学」とは?
総合討論 議論のまとめ、今後の展望
研究成果

政治理論では、民主主義の制度的妥当性について、また正義が実現される条件について綿密な議論が行われてきたが、中には「身体を持つ、具体的な生」への配慮に着目するものもある。「身体を持つ、具体的な生」への配慮は、たとえば福祉制度から排除しないこと、家父長的イデオロギーから解放されていること、ナラティブに耳を傾けることなどに結びつけて論じられる。しかし「具体的な生」への配慮を謳いながら、政治理論における議論は往々にして、制度論や抽象的な人格論にとどまり、さまざまな価値や利害のせめぎ合う中を生きる人たちの生活感にまで踏み込めていない。したがって、政治理論における「具体的な生」についての議論に呼応しつつ、人類学のフィールドより、「具体的な生」への配慮がどのように確保され、あるいは見過ごされてきたのかを示すことは有意である。

2011年度

研究会を計3回開催する予定である。平成22年度末の時点で11名の研究員が発表を終えており、本年度は先ず残り3名が発表を行い、次に初回発表をすでに終えた研究員が2度目の報告をする。民主的公共性の理論に通じた政治学者を招く計画も立てている。本共同研究では引き続き、公的な議論の場から排除されがちであった人びとの生活感覚に着目しつつ、人びとが中心となって意見形成や意思決定が進められるようなオルタナティブな公共世界のあり方を探究し、これまで支配的であった公私の線引きの恣意性を問題化していく。こうした考察を積み重ねながら、公的空間からの排除ができるだけ抑えられ、人びとを担い手とする新たなデモクラシー像の構想を目指したい。

【館内研究員】 信田敏宏、内藤直樹、宮本万里
【館外研究員】 石山俊、菅野(小河原)美佐子、黒崎龍悟、白石壮一郎、武貞稔彦、西真如、増田和也、丸山淳子、南出和余、目黒紀夫
研究会
2011年6月25日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2011年6月26日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第1演習室)
《6月25日》
内藤直樹(国立民族学博物館)「難民・デモクラシー・シティズンシップ:ケニアのソマリ系長期化難民・ディアスポラ・ホスト社会による生活の再編」
真崎克彦(清泉女子大学)「<デモクラシー>の人類学―「間で営まれる生」より公共的連帯を構想する」
総合討論
《6月26日》
西真如(京都大学)「関係性、人格、不一致の問題は、デモクラシー論にどのように関係するか」
黒崎龍悟(福岡教育大学)「タンザニア農村における住民参加の<デモクラシー>―農民グループの再編成と普及システムの形成を事例に―」
総合討論―〈ヴァナキュラーデモクラシー〉論を解きほどく
2011年10月22日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2011年10月23日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第3演習室)
《10月22日(土)》
土佐弘之(神戸大学)「デモクラシー論の動向、人類学への期待」
目黒紀夫(東京大学)「環境ガバナンスをめぐる<デモクラシー>の人類学―かかわりから展望する新自由主義とも熟議民主主義とも違う道」
総合討論
《10月23日(日)》
白石壮一郎(日本学術振興会)「土地争議における氏族制・村評議会制・地方政治権力―ウガンダ東部、サビニ社会での調停手法から〈デモクラシー〉を考える」
菅野美佐子(東京外語大学)「インド村落社会における〈絆〉を介した民主政治の展望―公共圏と親密圏のはざまを生きる人々の政治的エイジェンシー」
総合討論
2012年3月10日(土)13:30~17:45(国立民族学博物館 第1演習室)
2012年3月11日(日)10:30~16:30(国立民族学博物館 第1演習室)
《3月10日(土)》
内藤直樹(徳島大学)「難民・デモクラシー・シティズンシップ:ケニアのソマリ系長期化難民・ディアスポラ・ホスト社会による生活の再編(仮題)」
総合討論
《3月11日(日)》
武貞稔彦(法政大学)「開発とデモクラシー:「犠牲」は避けられないか?」
研究成果のとりまとめに向けた討論
研究成果

公共空間再生の方途を示すべく、熟議デモクラシー論や市民社会論などの政治理論が提起されてきた。しかし、それら理論は今日の「社会の方向性は自律した人たちの自由な行為から自生的に決まってくる」とする自由主義の蔓延を問題視せず、むしろ自由社会に生起する対立を適正に処理するための作法を提示しようとする。そのため、そもそもの社会のあり方を問題化しようという情念を生み出さない。そうした政治理論の弱点は、人のあるべき姿を、他者とは区別された明晰な自己意識を持つ理性的存在としてきた西洋政治思想の伝統に帰着する。人間どうし、あるいは自然とのつながりの中で暮らす人びとの行為には他者依存性や応答性や偶発性がはらまれる、という人間的生のあり様(=「間で営まれる生」)は真理探究の邪魔になるものとして私事化される。さらには、その伝統は、デモクラシーは(自由で自律した個人からなる)西洋で生成発展し(伝統から解放されない未開人の住む)非西洋に伝播していく、とする進歩史観をも生じせしめてきた。そこで、「間で営まれる生」の観察を通して人間存在のあり方を探究することでデモクラシー論の新次元を切り拓いていこう、という結論に至った。

2010年度

研究会を国立民族学博物館にて計4回実施する。昨年度は2名の研究員が事例研究の発表を行ったので、本年度は残りの12名が各々の事例研究を報告するようにする(毎回3名ずつの分担)。昨年度の研究会においては、近年の内外の先行研究を整理・検討し、アジア・アフリカの地域諸社会におけるデモクラシーの展開を、人びとのエイジェンシーが創発する「運動」としてどのようにとらえ直すことができるのか、あるいは、民主主義イデオロギーのグローバルな広まりがもたらす正負の影響と絡めてどう分析できるのか、参加メンバーの間で共通認識を醸成することに努めた。本年度はその分析枠組に基づいて、それぞれの研究員が個フィールドで得られたデータを分析・発表することに力を注ぎたい。

【館内研究員】 信田敏宏、内藤直樹
【館外研究員】 石山俊、菅野(小河原)美佐子、黒崎龍悟、白石壮一郎、武貞稔彦、西真如、増田和也、丸山淳子、南出和余、宮本万里、目黒紀夫
研究会
2010年6月6日(日)9:00~16:30(北海道大学スラブ研究センター4階 小会議室(401号)
目黒紀夫「アフリカの野生動物保護を支える〈デモクラシー〉の再検討―協働的で順応的な環境ガバナンス論で事は足りるのか?」
菅野美佐子「ジェンダーの視点からみる〈デモクラシー〉―北インド農村における参加型開発と選挙キャンペーンを事例に―」
南出和余「社会サービスとしてのNGO事業―バングラデシュ的<デモクラシー>の実現を目指して」
丸山淳子「"民主国家"ボツワナにおける"先住民"サンの政治参加」
2011年1月29日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2011年1月30日(日)9:00~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
《1月29日》
石山俊「砂漠化対処をめぐる民主主義-森林破壊か生活破壊か」
信田敏宏「ローカル・ポリティクスとデモクラシー-マレーシア先住民の事例から読みとく」
「総合討論」
《1月30日》
武貞稔彦「開発プロジェクトにおける民主主義と自己決定-ダム建設に伴う立ち退きを事例として」
宮本万里「民主主義の制度化プロセスにおける聖俗の境界-現代ブータンの事例から」
「総合討論」
研究成果

以上の事例報告から、アジア・アフリカ各地で百花斉放のデモクラティックな対話・協力の実践が生起している様子が確認されたが、それらは必ずしも純然たるアイデンティティを内在させているわけではなく、世の諸事象とのつながりを通して、さまざまな利害や価値のせめぎ合いを抱える。そうした複雑な社会編成の下では、草の根の人びと自身によるデモクラシー実践にも、集団的合意のために特定の利害や価値を脇に追いやられざるを得ないという排除性がつきまとう。そこで(1)その葛藤状況をアジアやアフリカの人たちがそれぞれの文化資源を活かしながらどう克服しようとしてきたのかに焦点を当てて、これまでのデモクラシー像を書き直していこう、そして(2)各地域のそうした生きた現実より得られる教訓に依拠しながら、緊張対立の絶えない今日の地球社会で文化の境界を越えた対話や理解がより一層促されていく手掛かりがどこにあるのかを探究していこう、という共通認識がメンバー間で醸成された。

2009年度

1年目は先ず、近年の内外の先行研究を整理・検討し、(1)アジア・アフリカの地域諸社会におけるデモクラシーの展開を、人びとのエイジェンシーが創発する「運動」としてどのようにとらえ直すことができるのか、そして(2)民主化や分権化といった普遍主義的イデオロギーのグローバルな広まりがもたらす正負の影響と絡めて、それら「運動」をどのように分析ができるのか、参加メンバーの間で対話を重ねながら、共通認識を醸成してきたい。

【館内研究員】 信田敏宏、内藤直樹
【館外研究員】 石山俊、菅野(小河原)美佐子、黒崎龍悟、白石壮一郎、武貞稔彦、西真如、増田和也、丸山淳子、南出和余、宮本万里、目黒紀夫
研究会
2009年11月14日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
真崎克彦・白石壮一郎「本研究会の趣旨」
真崎克彦「問題提起:<デモクラシー>をどう解きほぐすのか?」
西真如「関係性、承認、配慮―アイデンティティの政治に関する批判的考察」
白石壮一郎「熱帯アフリカにおける森林資源のローカルガバナンス」
「総合討論」
2010年2月2日(火)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
増田和也「サブシステンス論からみた<デモクラシー>」
黒崎龍悟「住民参加の<デモクラシー>」
「総合討論-今年度を振り返って-」
研究成果

平成21年度(初年度)の研究会では、近年の内外の先行研究を整理・検討することで、以下の共通認識を参加メンバー間で醸成することができた。

  1. デモクラシーのあるべき姿を事前に定めるのではなく(=目的論的発想ではなく)、生きた現実に即して新しい考えを展開する。
  2. デモクラシーの両義性の中、人びとがどのように行為遂行的に共同性の創出に取り組んでいるのか、その作法から学ぶようにする。
  3. 世界を圧巻するリベラル・デモクラシーに対して批判のまなざしを持つ(再帰的近代性の賞賛、自由で自立した個人の称揚など)。
  4. 「デモクラシーしか選択肢はない」という自然主義的な存在論に終始することなく、われわれの認識論的な基盤をも問うよう心がける。
  5. 研究対象地域を取り巻く社会総体の動向にも目を配ることで、デモクラシーの社会における意味合いを把握するよう努める。