国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

カナダにおける先住民芸術の歴史的展開と知的所有権問題-国立民族学博物館所蔵の北西海岸インディアンとイヌイットの版画の整理と分析を通して

共同研究 代表者 齋藤玲子

研究プロジェクト一覧

目的

本研究の目的は、国立民族学博物館に所蔵されている約700点の北西海岸インディアンの版画(シルク・スクリーン)と約300点のイヌイットの版画を整理・分析し、版画という新たな技法の導入とその展開が、両者の社会に与えた影響を考察することである。具体的には次の三つのことを明らかにする。

(1)北西海岸インディアンのシルク・スクリーンとイヌイットの版画のそれぞれについて様式分類を行い、それぞれ美術様式の地域的分布と通時的変遷を明らかにする。

(2)様式の地域的分布と通時的変遷が、20世紀後半に両地域の諸社会が経験した社会・文化の変容およびその政治・経済的状況といかに連動しているのかを地域差に着目しながら跡づける。

(3)モチーフの複製を促進した版画の技術と知的所有権(財産権)の問題の関係を検討する。

研究成果

北西海岸先住民とイヌイットは、カナダ先住民のなかでも対照的な環境に住み、歴史的な背景も大きく異なるが、芸術に関しては共通する点も少なくない。両者はともに自らが使う生活用具や儀礼具に動物の図像や独特な文様を施す伝統があり、また、口承や儀礼などによって、自然のなかで生きる知恵を伝えてきた。こうした文化は、19世紀から20世紀半ばにかけて急激な衰退を余儀なくされた。しかし、20世紀後半からは、芸術をはじめとする文化の復興が、先住民運動において重要な役割を果たし、彼らの経済に寄与するとともに、民族的アイデンティティの象徴として機能し続けている。さらに近年では、2010年のバンクーバー・オリンピックでみられたように、先住民の文化がカナダを代表する文化として表象されるようになったといって過言ではない。

この共同研究では、北西海岸先住民とイヌイットにおいて、それぞれの地域の美術様式が継承あるいは復興されつつ、地域を超えた融合や、現代の生活に合った展開を見せていることを明らかにした。さらに、今後の先住民文化の継承について、学校における芸術教育の歴史や現状とともに、芸術の持つ可能性が示された。

また、現段階では、版画制作に関連する知的財産について大きな問題は起こっていないが、そもそも先住民にとっての芸術の財産権とは何かといった根本的な議論が行われた。版画のような美術(視覚芸術)のみならず、音楽や舞踊などの芸能を含めた芸術の所有権が各民族でどう認識されているのか、といった問題も提起され、それら芸術が先住民社会で披露・消費される場合と、市場で商品化される場合とでは、権利についての考え方がどのように異なるのかといった課題が挙げられた。

なお、民博の収蔵品は、カナダ先住民による版画の開花期ともいえる1970~80年代の作品を中心としており、当時の代表的な作家がもれなく含まれ、国内はもちろん、世界的にも秀逸なコレクションであると評価できる。

2010年度

成果は、国立民族学博物館調査報告(SER)等での刊行を希望している。研究報告を中心に所蔵品の概略やリストも付し、以下の3部構成とする予定である。

  1. コレクションの概要として、収集の経緯、資料群の特徴、代表的な資料の解説等を記載
  2. 研究報告として、民族・地域別の版画制作の歴史、文化復興や民族芸術における位置づけ、教育との関係、知的財産権の現状などの論考を収録
  3. 資料目録および関連文献リスト

夏までに、補足的な分析作業と討論を行い、執筆要領等を決めて分担し、原稿集約後の秋以降に編集会議を開催し、年度内にまとめる。

【館内研究員】 岸上伸啓
【館外研究員】 渥美一弥、伊藤敦規、岩崎まさみ、大村敬一、久保田亮、小谷凱宣、小林正佳、佐々木利和、スチュアート ヘンリ、立川陽仁、田主誠、広瀬健一郎、益子待也
研究会
2010年6月19日(土)15:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2010年6月20日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 第1演習室)
成果報告刊行にむけての編集準備および論文要旨の発表と討論(齋藤玲子ほか、全員)
2011年1月9日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
成果報告刊行にむけての編集準備および論文要旨の発表と討論(齋藤玲子ほか全員)
研究成果

2年半の研究で、民博所蔵のカナダ先住民の版画資料約1,100点をもとに、地域的分布や通時的変遷などについて整理・分析し、並行して、版画制作の歴史と現状および知的所有権に関する研究発表等を行なってきた。22年度は、報告書の編集準備および所収する論文の内容について討議した。これにより、北西海岸インディアンおよびイヌイットの版画の歴史を、それぞれの地域における先住民政策や文化復興といった社会背景と結び付けて比較することができた。また、現段階では、版画制作に関連する知的財産について大きな問題は起こっていないが、そもそも先住民にとっての芸術の財産権とは何か、という根本について考えることができた。さらに、今後の先住民文化の継承について、芸術の持つ可能性が示された。

2009年度

平成19・20年度には北西海岸インディアンおよびイヌイットの版画資料を整理・分析するとともに、版画制作の歴史に関する研究発表等を行なった。イヌイット資料には、絵画も多数あり、当初把握していたよりも100点近く多い関連資料があることがわかったため、引き続き、整理分析を行なうこととする。

21年度はこれまでの分析データや研究発表を基に、版画制作が先住民社会に与えた影響や知的所有権に関する研究会を行なう。他地域の状況と比較するため、また先住民芸術に関わる法律や美術の最新動向を研究するため、専門家を特別講師として招聘する。

秋の特別展(仮称「自然のこえ、命のかたち―カナダ先住民の生み出す美」)では、研究成果の提供等の協力をする。カナダ学会においても、シンポジウムを行い、成果を公開する。

【館内研究員】 岸上伸啓、佐々木利和
【館外研究員】 渥美一弥、伊藤敦規、岩崎まさみ、大村敬一、久保田亮、小谷凱宣、小林正佳、スチュアート ヘンリ、立川陽仁、谷本一之、田主誠、広瀬健一郎、益子待也
研究会
2009年5月8日(金)9:00~17:00(国立民族学博物館 展示準備室)
2009年5月9日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 演習室または展示準備室)
2009年5月10日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2009年5月11日(月)9:00~12:00(国立民族学博物館 展示準備室)
先住民族芸術と知的財産権の問題
葛野浩昭氏「サーミの民族芸術と知的財産権」(仮)
大村敬一氏「イヌイット・アートと知的財産権」(仮)
小林正佳氏「『イヌイット美術』と『イヌイットの美術』」
討論・打ち合わせ
イヌイット版画資料の分析、データの整理
2009年7月11日(土)14:00~18:00(天理大学研究棟総合教育研究センター第1共同研究室)
2009年7月12日(日)10:00~12:00(天理大学研究棟総合教育研究センター第1共同研究室)
【先住民族芸術と知的財産権および教育について】
久保田亮「ユッピック舞台芸術と知的財産権:エスキモー・ダンスの創作・流通・消費をてがかりに」(仮)
伊藤敦規「先住民の知的財産権問題の法的枠組みの整理と人類学的理解に向けて」(仮)
広瀬健一郎「先住民教育における先住民アートの史的位置について:先住民アートに関するカナダ政府の政策の整理を中心に」(仮)
2009年11月28日(土)14:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年11月29日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 第2演習室)
民族文化と知的財産権の諸課題
齋藤玲子「北西海岸先住民版画の出版に関する著作権の状況について」(仮)
岸上伸啓「イヌイット版画の出版に関する著作権の状況」(仮)
青柳由香「伝統的知識・遺伝資源・フォークロア ―知的財産としての保護の概要」(仮)
渡部俊英「現行知的財産法によるフォークロアの保護」(仮)
2010年1月23日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
2010年1月24日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
『民族芸術と知的財産権の諸課題』
森木佳世子「イヌイット版画に使われる和紙について」(仮)
鈴木修二「先住民族芸術と著作権」(仮)
研究のまとめと成果公開に関する打ち合わせ
研究成果

平成19年度から21年度の初めにかけて、北西海岸インディアンおよびイヌイットの版画資料(関連する絵画資料含む)約1,100点をもとに、地域的分布や通時的変遷などについて整理・分析した。それと並行して、版画制作の歴史や現状に関する研究発表等を行なった。21年度はこれまでの分析データや研究発表を基に、版画制作が先住民社会に与えた影響や、知的所有権に関する研究を進めた。専門的な分野やカナダ以外の地域についても、特別講師を招聘して研究会を開催した。

また、平成21年9~12月の特別展「自然のこえ、命のかたち―カナダ先住民の生み出す美」においては、実行委員のうち館外の8名はすべて本共同研究のメンバーであり、展示および図録で研究成果の一部を公開した。同じく9月に民博で開催されたカナダ学会においてもシンポジウムでの発表を行なった。さらに、民博の出版助成を受け、民博所蔵のカナダ先住民版画コレクションの解説書を刊行した。

2008年度

平成19年度には北西海岸インディアン資料を整理・分析するとともに、版画技法や知的財産権の基礎的事項に関する研究発表を行なった。

20年度はそれらのデータや発表を基に、版画が北西海岸インディアン社会に与えた影響等について研究を行う。夏期には北方民族博物館において、北西海岸インディアン文化の特別展を開催し、成果の一部を公表する。

続いて、イヌイットの版画および絵画資料の整理・分析を行ない、平行して社会との関係や知的所有権の問題を考察する研究会を開く。

必要に応じて、特別講師を招聘する。

【館内研究員】 岸上伸啓、佐々木利和
【館外研究員】 渥美一弥、伊藤敦規、岩崎まさみ、大村敬一、久保田亮、小谷凱宣、小林正佳、スチュアート ヘンリ、立川陽仁、谷本一之、田主誠、広瀬健一郎、益子待也
研究会
2008年6月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館第3演習室)
「北西海岸インディアンの版画の歴史と現状」
渥美一弥「サーニッチにおける文化・芸術の復興」(仮)
大村敬一「シルクスクリーン誕生の経緯と展開―ヴィクトリアでの聞き取りを中心に―」(仮)
平成19年度の報告ならびに20年度の計画等打ち合わせ
2008年7月20日(土)13:00~18:30(北海道立北方民族博物館)
「北西海岸インディアンのアート」
大村敬一(大阪大学准教授)「北西海岸インディアンの研究史と芸術」(仮)
立川陽仁(三重大学准教授)「コミュニティのなかの先住民アーティスト-キャンベル・リバーのクワクワカワクゥの例から-」(仮)
益子待也(金沢学院大学教授)「美術の人類学 ~北西海岸インディアンを事例として~」(仮)
2008年10月23日(木)~24日(金)9:00~17:00(展示作業室)
イヌイット版画資料の分析、データの整理
参加者:伊藤、大村、小谷、小林、齋藤、田主、岸上、佐々木
2008年10月25日(土)9:00~17:00(国立民族学博物館第2演習室)
イヌイット版画資料の分析、データの整理
参加者:伊藤、大村、小谷、小林、齋藤、田主、岸上、佐々木
2008年10月26日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館第2演習室)
イヌイット版画資料の分類とまとめ
参加者:伊藤、大村、小谷、小林、齋藤、田主、岸上、佐々木
2008年12月20日(土)13:30~17:00(北海道立近代美術館)
2008年12月21日(日)10:30~17:30(北海道立近代美術館)
イヌイット・アートの歴史と社会変化
研究成果

民博が所有するイヌイットの版画および絵画資料約270点を閲覧し、タイトル・作家名・制作年等のデータの確認・補充、モチーフ等の分析をおこなった。当初、資料数は約300点と見積もっていたが、新たな版画および関連する絵画資料の所蔵がわかり、研究すべき対象が約400点となった。熟覧できていない120点余りの版画は、21年度に引き続き分析予定であるが、3分の2以上の資料を見た結果、イヌイット版画の最盛期といえる1970~80年代を中心に、カナダ極北圏の複数のコミュニティから代表的な作家の作品がもれなく含まれていることが分かった。また、技法の種別も、制作数の多寡を反映しつつ、バランスよく収集されていることも確認できた。

研究会では、イヌイット・アートの展開とそれを進めた社会状況や関係者を中心に発表がおこなわれ、版画が先住民社会に与えた影響という課題への背景となる情報が共有された。

また、前年度に分析等をおこなった北西海岸インディアンの版画資料の一部については、その成立の経緯や現地社会の状況などの研究発表等もふまえ、一部を北海道立北方民族博物館および網走市立美術館で展示し、図録も作成した。併せて、公開研究会も開催した。

2007年度

国立民族学博物館に所蔵されている、できるだけ多くの北西海岸インディアンとのイヌイットの版画を実見し、画像を含むデータベース化(制作年、制作者、地域、モチーフなどの基礎的情報)を行うとともに、共同研究会において分析の手法や所蔵品の内容・特徴について検討する。また、国内において北西海岸インディアンのシルク・スクリーンとイヌイットの版画を多数所蔵する北海道立北方民族博物館においても調査を行い、比較検討をする。

【館内研究員】 岸上伸啓
【館外研究員】 渥美一弥、伊藤敦規、岩崎まさみ(客員)、大村敬一、久保田亮、小谷凱宣、小林正佳、スチュアート ヘンリ、立川陽仁、谷本一之、田主誠、益子待也
研究会
2007年10月5日(金)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室ほか)
2007年10月6日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室ほか)
「民博所蔵の北西海岸インディアンとイヌイットの版画の概要について/研究計画の打ち合わせ」
  • 10月5日(金)10:00~17:00
     資料およびデータベースの閲覧 会場:情報管理施設および収蔵庫
     参加者:齋藤、大村、岸上、小谷、田主
  • 10月6日(土)10:00~13:00
     資料調査等の計画、打ち合わせ
     参加者:前日のメンバー、および小林
  • 10月6日(土)13:00~18:00
     参加者:全員
     研究会「民博所蔵の北西海岸インディアンとイヌイットの版画の概要/研究計画の打ち合わせ」
     ・関連分野のこれまでの研究について発表(全員 10~15分程度)
     ・「民博所蔵の版画資料の概要について」齋藤ほか
     ・「資料収集時の状況について」小谷
     ・「2001年度受け入れのアムウェイ寄贈(イヌイット・アート)資料について」岸上
     ・今後の研究の進め方、成果公開の方法
     ・次回の研究会の日程・内容
2008年2月8日(金)9:00~17:00(国立民族学博物館 展示作業室・第3演習室)
2008年2月9日(土)10:00~17:30(国立民族学博物館 展示作業室・第3演習室)
「北西海岸インディアンの版画に関する技法および関連法律について」
研究成果

平成19年度には、民博が所有する北西海岸インディアンの版画資料全てを閲覧し、タイトル・作家名・制作年等のデータの確認・補充、モチーフ等の分析を行なった。その結果、1970年代半ばのシルクスクリーン制作の初期から、様式を確立しつつ独創性も織りこまれてゆく開花期とも言える80年代半ばの作品が、一定の地域・民族グループに偏ることなく、収集されていることがわかった。当時、20~30歳代の若手作家で、現在も先駆者として活躍している人が多いことも確認できた。 併せて、平成20年度に北海道立北方民族博物館および網走市立美術館で展示予定の作品を選定することも行なった。

また、版画技法や知的財産権の基礎的事項等に関する研究発表を行ない、研究の課題について討論することができた。今後予定している、版画が北西海岸インディアン社会に与えた影響等に関する予備的考察や、イヌイット版画資料の分析の視点を得ることができた。