国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

卡丽娜さん
カリナ

紹介者:佐々木史郎(研究戦略センター教授)
少数民族研究を志す鄂温克族の名門一族

私が卡丽娜(カリナ)さんに初めて出会ったのは、今から20年ほど前の1988年の夏のことである。当時中国では改革開放政策の初期段階で、まだ多くの地域が外国人には開放されていなかった。彼女の生まれ故郷である内蒙古自治区呼倫貝爾盟(現在の呼倫貝爾市)鄂温克族自治旗もそのような地域のひとつだった。その調査を初めて科学研究費補助金という国の助成で行ったのが、黒田信一郎氏(当時北海道大学助 教授)を代表とする調査団だった。そこには言語学、民俗学、文化人類学を専攻する20代か ら30代の若手研究者が集められたが、当時ソ連での長期研修を終えたばかりの私もそこに加えていただいた。

未開放地域の調査には当然、中国側の共同調査機関が必要である。この調査では内蒙古大学の清格爾泰(チンゲルテイ)教授が中国側の代表者となって我々の受け入れに奔走してくれた。その時の中国側の共同調査者のなかに、中国社会科学院民族研究所民族語言研究室の副研究員だった 朝克(チョク)氏が北京から参加してきた。現在は中国社会科学院民族学与人類学研究所北方民族語言研究室の主任で、全国人民代表大会議員も務める中国を代表する北方言語学者だが、当時はまだ新進気鋭の若手だった。

氏は自身が鄂温克(エヴェンキ)族の出身で、満洲ツングース諸語の研究で将来を期待されていたのである。実際の調査に清格爾泰教授自身も参加したが、我々と行動をともにして鄂温克族の人たちのゲル(天幕)を案内してくれたのは朝克氏だった。その彼が自分の故郷の南屯(鄂温克族自治旗の中心地)にある生家に日本側調査団一行を招待してくれたことがあった。その時、 我々を出迎えてくれたのが朝克氏の末の妹の卡丽娜さんだった。

トナカイ飼育民の調査へ

卡丽娜さんの父方の親族は杜拉爾(ドラル)氏族という、17 世紀のロシアの古文書にも登場する鄂温克族の名門氏族の出身である。卡丽娜さんは6人の兄弟姉妹の末娘で、朝克氏は彼女にとっては次兄にあたる。長兄と三兄は地元の鄂温克族自治旗の役所に勤める公務員で、朝克氏は北京に出て学者となり、姉は呼倫貝爾市の教育局に勤務するなど、この家族は高学歴で知的職業に就く人が多い。そのような家庭環境の中で、彼女は次兄の朝克氏に続いて学者となる道を選んだわけである。

彼女の専門分野は文化人類学である。研究対象は同じ鄂温克族でも彼女たちとは言語、文化を異にする雅克特鄂温克(ヤクート・エヴェンキ)とよばれる人びとである。彼らは森でトナカイを飼いながら狩猟業や漁業に従事する。もともとシベリアの森に暮らしていたが、トナカイの放牧地と狩の獲物を追って中国領の大興安嶺山脈北部に進出し、現在の中国政府の政策により、敖魯古雅(オルグヤ)民族郷に定住村落を作って暮らすようになった。ヤクートというのはシベリアにすむチュルク系の牧畜民族だが、彼らはそのヤクートではなく、ヤクーチア(ロシア連邦サハ共和国)が原郷ということで、このような名称で呼ばれるようになった。

卡丽娜さんはこの敖魯古雅の鄂温克族を1992 年に初めて訪れて以来、すでに6 回の調査を重ねてきた。その間、2000 年には碩士論文(修士論文相当)『論敖魯古雅鄂温克民族郷的馴鹿業経済』(敖魯古雅鄂温克民族郷のトナカイ飼育経済研究)を、そして2004 年には博士論文『馴鹿鄂温克人文化研究』(馴鹿鄂温克民族人の文化研究)を書きあげ、博士論文を2006 年に同名で遼寧民族出版社から出版した。

少数民族の伝統と現状

卡丽娜さんは、修士号を中央民族大学少数民族経済研究所の市場経済課程で取っているように(博士号は同大学民族学与社会学学院の文化人類学課程で取得)、生業や経済活動に明るい。文献や古老の伝承や継承技術から復元されるいわゆる伝統的な文化とともに、現代中国の政治経済情勢のもとでのトナカイ飼育民の現状に関する問題にも大きな関心をもっている。2006 年の夏には『中国少数民族社会経済現状調査』と『少数民族文化現状調査』という2 つのプロジェクトに参加して現代的な視点から敖魯古雅郷の鄂温克族の現状についての調査をおこなった。また、現職は中央民族大学の民族博物館副研究員であり、少数民族文化の展示や保存にも深い関心をもっている。

卡丽娜さんは語学の才能にも恵まれている。普段は中国語を話しているが、モンゴル語、ダフール語も自由に話せる。また、出身民族の固有語である鄂温克語だけでなく、同じ満洲ツングース諸語に属する鄂倫春(オロチョン)語、赫哲(ヘジェ)語、満洲語にも通じている。高い言語能力と恵まれた研究環境を利用して、娜さんの研究がこれからますます発展していくことを期待したい。

Govind Prasad Dhakal
  • 卡丽娜さん
  • 中央民族大学民族博物館副研究員
    2009 年5月1日から2010 年4月30 日まで、国立民族学博物館外国人研究員(客員)准教授
  • 研究テーマは、「ツングース系諸民族文化の比較研究」
  • [写真]カリナさんと筆者。(1988 年8 月中国内蒙古自治区呼倫貝爾盟鄂温克族自治旗南屯にて)