国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ポスト社会主義以後の社会変容――比較民族誌的研究

共同研究 代表者 佐々木史郎

研究プロジェクト一覧

キーワード

ポスト社会主義 、民主化、経済成長

目的

1991年のソ連崩壊後の旧ソ連、東欧、モンゴルの状況は、一様に「ポスト社会主義的」と呼ばれた。しかし実は、社会主義体制放棄後の歩みは国や地域によって異なっており、その社会や文化もそれぞれ独自の変化の道を歩んでいた。それは2000年代になると顕著になってきており、いまや「ポスト社会主義的」状況として一つの地域的な枠組みでくくるのが難しくなってきている。しかし、それでもなお各国はかつての社会主義時代の残像を残しており、共通の視点、視野をもってその社会動向を分析することも可能である。本研究会では、「ポスト社会主義的」といわれてきたこれらの国や地域に暮らす人々の生活現場における変化に焦点を当てながら、「ポスト社会主義」後(あるいは「ポスト『ポスト社会主義』」)の21世紀の政治経済情勢下における、多様な社会・文化変容の比較研究を行う。1990年代から2000年代にかけて顕著になった政治経済情勢の変化には、中央政府の統制強化、経済成長と社会格差の拡大、国家による資源独占、政府主導の歴史認識の再構築、政策的な「伝統文化」復興、EUとNATOの東方拡大、対テロ対策に伴う対米関係の変化、そして一部の国における民主主義の成熟または破綻などがある。本研究会では、このような情勢の変化の下で、ポスト社会主義を経験し,2000年代を生きる人々の生活現場で何が起きていたのか、彼らの社会や文化がどのように変化したのか、その変化の原動力は何だったのかを、地域横断的に比較する。それによって、生活現場におけるかつての社会主義という体制の持つ意味を再検討するとともに、「スラブ・ユーラシア地域」とも呼ばれるこの地域を研究対象として再編することを目指す。

研究成果

3年半の研究活動の成果の中でまず第1に上げたいのは、若手の研究者の台頭である。本研究会が対象とした地域(旧ソ連、東欧、モンゴル)は、1990年代初頭までは我が国の人類学者に全く顧みられてこなかった地域である。現在でも決して関心が高いとはいえないが、このテーマの下に館外から22名の研究者、それも大半が准教授クラス以下の職にいて、40代前半以下の世代に属す研究者が集まった。このことは、この地域、分野の研究がこれからさらに隆盛することが期待できることを示している。

その若手の研究者が中心となった研究活動は国際色も豊かだった。ポスト社会主義時代を生きる地域の中心的存在であるロシア連邦からだけでなく、北欧、東欧、モンゴルなどから来た研究者を、ゲストスピーカーとしてほぼ全ての研究会で招いたが、それは班員が持つ国際的な人的ネットワークを活用した結果である。本研究会で目指したこの地域、分野の若手育成と研究の国際化という点では着実な成果を上げることができた。

研究の内容に関しては、「スラブ・ユーラシア地域」概念の再考までは至らなかったが、ポスト社会主義後の社会を生きる人々の文化、社会の動態をかなり詳細に明らかにすることができた。さらに、その比較を通じて、50~70年にわたって続いた社会主義(特にソ連型社会主義)という政治経済体制、社会思想が人々の日常生活の奥深くまで行き渡っていたこと、しかし、社会主義体制崩壊後の混乱を経た後、その影響は宗教や国家体制の相違など地域や民族ごとの事情によって多様化していることが明らかになってきた。

2000年代から2010年代に入り、経済と情報のグローバル化によって、先進諸国の経済の変調が世界中に強い影響をまき散らし始めた。そのような情勢の中で、社会主義とポスト社会主義を経験した地域の人々もそれに深く巻き込まれ、また彼らの動向も日本などにも影響を与えている。実はそれを経験した人々が暮らす地域、すなわちいわゆる「スラブ・ユーラシア地域」、あるいは東欧と内陸アジア、東北アジアを包含する地域は、豊富な天然資源を埋蔵する、潜在力の大きな市場を有するという経済的な側面だけでなく、長く分厚い歴史と多様な文化を有するという面でも、目が離せない地域である。日本の人類学あるいは地域研究において、この地域に対する関心が未だにさほど高くならないというのは憂慮すべき事態であるといえるだろう。

2011年度

本年度は3回の研究会を予定しているが、通常の研究会は初回のみで2回目以降は成果報告出版に向けた準備会合としての性格を持つものとする。

【館内研究員】 新免光比呂
【館外研究員】 伊賀上菜穂、井上紘一、井上まどか、今堀恵美、宇山智彦、荏原小百合、尾崎孝宏、神長英輔、川口幸大、神原ゆうこ、坂井弘紀、思沁夫、高倉浩樹、高橋絵里香、滝澤克彦、藤原潤子、松前もゆる、柚木かおり、吉田睦、吉田世津子、吉村貴之、渡邊日日
研究会
2011年7月16日(土)11:00~18:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
打ち合わせ
佐々木史郎(国立民族学博物館)調査報告「年金と自然に生きる村:ウリカ・ナツィオナーリノエ」
藤本透子(国立民族学博物館・機関研究員)「旧ソ連の枠を超えた越境空間におけるカザフの移動と宗教実践」
滝澤克彦(東北大学大学院文学研究科・専門研究員)「現代モンゴル国におけるキリスト教の浸透と社会的意義:共同性と「救い」の問題を中心に」
高倉浩樹(東北大学・東北アジア研究センター)「温暖化とレナ川氷解洪水に関する人類学」
2011年10月29日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
2011年10月30日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
《10月29日(土)》
打ち合わせ
井上まどか(清泉女子大学キリスト教文化研究所)「今日のロシア正教会における女性像」
櫻間瑛(北海道大学大学院文学研究科スラブ社会文化論博士後期課程)「民族的祭りと自己表象のポリティクス-ロシア連邦タタルスタン共和国における事例より」
《10月30日(日)》
宇山智彦(北海道大学 スラブ研究センター)「クルグズスタン第二次革命後の政治制度改革:ポスト・ポスト社会主義政治体制は成立するのか」
まとめ
研究成果

今年度は2回の研究会を開催し、6本の研究報告を行い、今後の研究成果のとりまとめ方法について議論した。報告に関しては、ポスト社会主義時代からの懸案だった宗教復興関係の報告が3本、政治・政策関連の報告が3本あった。宗教については中国との国境をまたいだカザフの移動とイスラームの普及動向との関係、ヨーロッパロシアにおける教会が有する女性の変遷、そして、モンゴルにおけるキリスト教の普及の背景についての報告狩り、議論がなされた。政治・政策関連では、クルグズスタン(キルギス)における民主化と大統領選をめぐる動向と、タタルスタンにおける民族の祭典再編の動きについての報告がなされた。また、極東の先住民族の小さな村落のポスト社会主義時代の生き残り戦略についての報告もあった。これらを通じて得られたのは、ポスト社会主義時代だった1990年代とは異なる、政治情勢に対する人々の複雑で多様な対応方法に関する知見だった。各地域の政治状況に対する対応を比較することで、ポスト社会主義後の状況に関する一般的な知見を得ることができそうである。また、それを元にして、ヨーロッパロシア、シベリア、極東、中央アジア、東欧、モンゴルといった旧ソ連圏における地域区分を再考する必要性も感じられた。

2010年度

今年度は3回の研究会を予定し、そのうち1回を外部で、公開で実施することを計画している。

本年度は資源開発系の諸問題を中心に研究報告と討論を行う。経済成長著しかった2000年代から2008年のリーマン・ブラザーズ・ショック後の景気後退を経て、ロシア社会はどのように変化し、そしてこれからどこへ向かうのか。その鍵は資源開発が握っているが、資源が眠る地域の住民とモスクワとの軋轢が生じている。それがロシア社会をどのように揺さぶるのか。そしてロシアとは完全に一線を画しながらもエネルギーをロシアに依存せざるを得ない東欧の社会はどのようになるのか。そのような問題を中心に議論する。

【館内研究員】 新免光比呂
【館外研究員】 伊賀上菜穂、井上紘一、井上まどか、今堀恵美、宇山智彦、荏原小百合、尾崎孝宏、神長英輔、川口幸大、神原ゆうこ、坂井弘紀、思沁夫、高倉浩樹、高橋絵里香、滝澤克彦、藤原潤子、松前もゆる、柚木かおり、吉田睦、吉田世津子、吉村貴之、渡邊日日
研究会
2010年6月5日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2010年6月6日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
D. Koester「イテリメンの歴史におけるロシア正教会」
川口幸大「共産党の政策と墓・祖先祭祀の変遷_広東省珠江デルタの事例から」
今堀恵美「未定」
坂井弘紀「未定」
2010年11月13日(土)13:30~17:30(東北大学東北アジア研究センター大会議室)
2010年11月14日(日)10:30~12:30(東北大学東北アジア研究センター大会議室)
松前もゆる「社会主義的空間」の後で:ブルガリアにおけるポスト(・ポスト)社会主義と社会空間の再編」
高橋絵里香「『北欧的なるもの』と新自由主義のコンフリクト:(ポスト)社会民主主義時代のフィンランドにおける地域福祉の展開」
柚木かおり「『復興』、固定、伝承:音楽教育機関における必修科目『モスクワ州のフォークロア』の出現とその周辺」
2011年2月11日(金)10:00~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
尾崎孝宏「モンゴル国牧畜社会におけるポスト・ポスト社会主義」
Turmunh Odontuya トゥルムンフ オドントヤ「ライフヒストリーにみる社会主義モンゴルの女性(仮題)」
Krassimira Daskalovaクラシミラ・ダスカロヴァ"The developments of Women's and Gender Studies in Central, Eastern and South Eastern Europe"(仮題)
研究成果

本年度は3回の研究会で、特別講師も入れて10件の研究報告と質疑応答を行った。6月の研究会は民族の文化とは何かということを中心に、バシュコルトスタン、中国、カムチャツカ、そしてウズベキスタンの各地域の状況について報告と討論を行った。11月の研究会ではポスト社会主義後の社会空間をテーマに、ブルガリア、フィンランド、そしてヨーロッパロシアの事例の報告と討論を行った。2011年2月の研究会ではモンゴルを中心とした研究会を組み立てた。

ポスト社会主義後(ポスト・ポスト社会主義)の政治経済状況は地域によって大きく異なってきたが、人々の実生活レベルではやはり「社会主義の経験」が一定の意味を持っていて、どこかで通奏低音のように響いている。そのためか、政治経済情勢が大きく異なっていても、共通理解は比較的たやすく、地域の相違を越えて議論できることが改めてわかった。

今年度から研究成果とりまとめ方法に『論集』という新しい形態が登場したことから、それに対する対応についての議論も行った。

2009年度

本年度は、2回の研究会を予定し、そのうち1回を外部で、公開で行う予定である。

本年度は、おもに文化復興に関する諸問題に焦点を当てた研究を中心に研究会を組織する予定である。日程は6月と10月に予定し、10月の研究会を東京大学教養学部文化人類学研究室との協力で実施することを計画している。また、本研究会で発表された報告は随時『国立民族学博物館研究報告』に掲載することを計画している。

【館内研究員】 川口幸大、新免光比呂
【館外研究員】 伊賀上菜穂、井上紘一、井上まどか、今堀恵美、宇山智彦、荏原小百合、尾崎孝宏、神長英輔、神原ゆうこ、坂井弘紀、思沁夫、高橋絵里香、滝澤克彦、高倉浩樹、藤原潤子、松前もゆる、柚木かおり、吉田睦、吉田世津子、吉村貴之、渡邊日日
研究会
2009年6月6日(土)13:00~18:00(東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館4階第4コラボレーション・ルーム)
2009年6月7日(日)10:00~12:00(東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館4階第4コラボレーション・ルーム)
伊賀上菜穂「ブリヤート共和国におけるロシア正教古儀式派の宗教組織展開」
オリガ・A・シャグラノヴァ「都市環境におけるブリヤート・シャーマニズムの現象」
神長英輔「サハリン州を読む:儀礼装置としての地域ニュースウェブサイト」
2009年11月28日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
藤原潤子「東シベリアにおける生産活動と環境変動」(仮題)
新免光比呂「東欧の宗教―キリスト教の布教と展開を中心として―」(仮題)
吉村貴之「アルメニアとトルコの『歴史的和解』はなるか」
研究成果

本年度は6月と11月に2回の研究会を行い、計5名の班員と1名の特別講師が研究報告を行い、それについての討論を行った。

6月は主にブリヤート共和国における宗教関連の報告を柱として、それと関連して、極東ロシアの地域ウェブサイトを儀礼装置として捉える報告を配して、報告と議論を行った。近年のロシアのシベリアと極東地域における宗教、儀礼関連の動きは、民族や地域の再編と絡んで目が離せない状況になっていることがわかった。

11月には、東シベリア(ヤクーチヤ)、東欧、そしてヨーロッパとアジアの協会地帯(アルメニアとトルコ)とやや関心を広域に拡大して、歴史的な側面に焦点を当てた報告を配した。藤原報告は、ヤクーチヤにおけるロシア系移民の生産活動が現代の環境変動と密接に結びついていることを明らかにし、新免報告はルーマニアの社会主義化とキリスト教の宗派との関連を明らかにした。そして吉村報告は、トルコのEU加盟問題でクローズアップされてきた20世紀初頭のアルメニア人虐殺事件の再解釈をめぐる問題に焦点を当てた。いずれも、ポスト社会主義の文脈で一時は注目されながら、やがて一般だけでなく、研究者も関心を失いつつある諸問題で、改めて、これらの問題の重要性が認識された。

2008年度

本研究会にはロシア、中央アジア、モンゴル、バルト三国、東欧、バルカン地域、そしてコーカサスなどの地域を研究対象とする人類学者、民俗学者、歴史学者をあつめて研究会を行う。基本的にここでは3種類の問題群を地域横断的に比較し合い、類型化するとともに、社会主義から「ポスト社会主義」そして「ポスト社会主義」後へと変化する政治経済情勢の中における生活現場の変容過程と相関関係を理論モデル化していく。設定する問題群は、1)「伝統文化」の復興あるいは創造に関わる諸問題と、2)資源開発を巡る政府と住民、あるいは住民間の葛藤、社会的インフラの不均等といった社会的格差、そして3)地域内、地域間の関係を扱う地域統合・地域紛争の諸問題である。

研究会は平成20年度後半から23年度までの3年半の間に総計8回行う。4年目の平成23年度の最後の研究会は成果を刊行するための準備に充てる。18回の研究会の内、3回は公開の研究会あるいは研究フォーラムとする予定である。また、年1回程度館外で研究会またはフォーラムを実施する予定である。

平成20年10月 研究会の基本方針の策定

【館内研究員】 川口幸大、新免光比呂
【館外研究員】 伊賀上菜穂、井上紘一、井上まどか、今堀恵美、宇山智彦、荏原小百合、尾崎孝宏、神長英輔、神原ゆうこ、坂井弘紀、思沁夫、高橋絵里香、滝澤克彦、藤原潤子、松前もゆる、柚木かおり、吉田睦、吉田世津子、吉村貴之、渡邊日日
研究会
2008年10月4日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館第6セミナー室)
2008年10月5日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館第6セミナー室)
研究会の概要説明(佐々木史郎)
問題提起(渡邊日日)
その他
2009年3月15日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第3セミナー室)
2009年3月16日(月)9:30~12:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
神原ゆうこ 仮題「スロバキアの文化復興運動」
フロリアン ステムラー 仮題「ヤマロ・ネネツ自治管区におけるトナカイ遊牧と石油天然ガス開発」
アンナ ステムラー=ゴスマン 仮題「西シベリアにおける先住民族の権利」
研究成果

第1回目の研究会ではまず、研究代表者が研究会全体の趣旨、目的を説明し、ついで班員の渡辺日日氏が問題提起を行った。そこではロシア、東欧、北方ユーラシアにおける社会主義とは何かという問題から始まり、「ポスト社会主義時代」と呼ばれたソ連崩壊後の1990年代の位置づけに関する議論を行い、その上で、「ポスト社会主義時代」以後となった21世紀の当該地域における社会の現状をいかに把握すべきか、それを理解し、記述するためにどのような概念が必要とされるのかに関する議論が行われた。ついでゲストスピーカーのリュドミーラ・ミソーノヴァ氏より、サハリンでの事例を中心に、ソ連崩壊前後の北方少数民族における社会変化に関する報告があった。

第2回目の研究会では、早速個別事例の検討に入り、まず班員の神原ゆうこ氏がスロヴァキアの事例を報告し、ゲストスピーカーのスタンムラー氏が鉱山開発のために移住してきた移民のアイデンティティを問題として取り上げ、スタンムラー=コスマン氏がロシアにおける「北方」という概念の形成史について論じた。