国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国における社会と文化の再構築―グローカリゼーションの視点から

共同研究 代表者 韓敏

研究プロジェクト一覧

キーワード

グローカリゼーション、文化遺産、文化ナショナリズム

目的

近代中国の近代性と社会変化を掲示するには、「革命」はもっとも核心的な概念の一つである。前回の共同研究会は、近代中国を貫通する最も重要なキーワードの一つである革命に焦点を当てて、(1)服飾・アート・語り・映画にみる革命の表象と実践、(2)社会制度と風俗儀礼の再構築、(3)グローバル化の時代における革命の記憶と構造転換などの問題点を検討し、革命イデオロギーにもとづいた言説、諸制度、実践と表象の生成過程とその実態、辛亥革命と社会主義革命が生み出した言説や諸制度と、それ以前の伝統との断絶性と連続性をある程度究明するができた。

本研究は前回の研究成果をふまえて、グローカリゼーションの視点から現代中国の近代性と社会変化を考察する。すなわち、グローバルな経済活動の動きの中で、文化のグローバル化とローカル化が同時に進んでいるという問題意識である。政治・経済・文化の均質化のグローバル化が進む中で、人々はますます自分らしさ、地域性、エスニシティ、ナショナリティ、ルーツと伝統、遺産と歴史を意識し、追求して、再構築していこうとしている。「グローバルに考えよう、ローカルに行動しよう」(ロバートソン1997:16)という標語に収斂することができる。

本研究は中国を研究対象としている18人の人類学者によって構成され、グローバル化の時代と「和諧社会(調和のとれた社会」の構築という国家政策の下に、民間・家族・地域・民族・国家の歴史、伝統、民俗習慣、複数の価値体系と知識体系が如何に共存し、再構築され、表象され、消費され、発信されているのかを取り上げ、中国社会のグローカリゼーションのありかたと仕組みを考察する。

研究成果

上記の共同研究の基本構想にそって、3年半の間にメンバー全員が研究発表をして、異なる研究分野からのコメント、メンバー全員による討論を通じ、以下の三項目に共通する関心事に基づいて議論を深めた。

  1. 歴史の視座からみる中国のグローカル化
    19世紀から20世紀前半までの中国のグローカル化に焦点を当て、上海租界の劇場や学校の音楽教育から西洋音楽の受容、上海租界と都市文化の関連性(井口淳子)を検討すると同時に、フランス宣教師による中国民俗研究を事例にクリスチャリズムとコロニアリズムのアプローチから近代中国の民族学の形成(中生勝美)を分析した。
  2. 政府主導のナショナルとローカル文化の再構築
    グローカル化の主要な主体である中央と地方政府に注目し、政府の文化戦略と、中国化・民族化・地域化の局面と文化ナショナリズムの実態を解明した。国家枠組みの中で社会主義革命を行ってきた中国は、脱国家化のグローバルな時代においても、国家が依然として社会と文化に対して強い影響をもち続けている。祭孔大典と儒教における選択的復興(秦兆雄)、中国共産党革命の記念日と伝統的年中行事の祝祭日の調整(謝茘)、原生態文化概念の創造(横山廣子)、近代以降の国家顕彰・偉人顕彰のための人物像からグローバル化・観光化による観光名所の一モニュメントとしての銅像の変化(高山陽子)、市場経済化する中国文化(渡邊欣雄)などは、グローバルな競技場における中国文化の競争力と、国内の社会秩序の再編成に必要な文化的求心力を高めようとしている政府の文化戦略を物語っている。 一方、地方政府は中央政府の文化政策に同調しながら、地域の沙田民歌(長沼さやか)、項羽祭祀(韓敏)、河南の馬街書会と豫劇(河南大学・陳宗花)と陝西の秦腔(清水拓野)を文化遺産化したり、繍球によるエスニックシンボル(塚田誠之)や文化生態保護区(浙江大学・阮雲星)を創出したりすることによって、地域文化の再編成を行っている。
  3. 企業・個人主導のグローバル化とローカル化
    共同研究会のメンバーは、グローカル化のアクターとしての企業と個々人に注目した。産学連携と海外の葬儀企業との連携による葬儀文化産業の確立(何彬)、火葬場の個々の従業員の技術習得と運用による近代のテクノロジーである火葬法の分析(田村和彦は)、家屋の祭礼空間(川口幸大)、福建とフィリピンの華人社会からみる宗教文化の越境(潘宏立)、「地球村」、「自然之友」を事例とした中国の環境NGOの研究(思沁夫)、社会主義プロパガンダの文化芸術から生まれた地域のブランド、農民文化のシンボルとしての農民画の創出(周星)などは、企業と個人主体のグローカル化の事例報告としてなされた。さらに少数民族の都市化・グローバル化の諸相について、中国の少数民族言語、北京語、英語、日本語などの言語学習における戦略と選択(高明潔)、寧夏回族自治区の回族住民自治(澤井充生)と四川・雲南の涼山イ族の宗教・儀礼の担い手であるビモの変化(清水享)なども考察され、生存戦略としての少数民族の生活世界の再構築や「民族文化」のローカリゼーションの実態が議論された。

共同研究会のメンバーが中国社会科学院民族学・人類学研究所、北京大学、浙江大学などの研究者と一緒に率直で活発な議論を通して比較の視点から中国研究の新たな可能性を探った。特に国際研究フォーラムにおいて、東アジア、タイ、モンゴル、ロシア、カザフなどの地域の研究者にも参加をしてもらい、グローカル化と文化伝承との関連性という世界の多くの地域に共通して見える課題について国際的共同研究を展開する可能性も試みた。

2011年度

以下の側面から中国のグローカル化の実態を分析する。

  • 文化の越境と伝承――中国福建とフィリピンの事例に基づいて
  • 世界的ネオリベラリズムにおける中国宗教の市場経済化
  • 項羽祭祀、非物質文化遺産の伝承とその資源化
  • エスニックシンボル、繍球の創出とその変遷
  • 少数民族地区における経済発展とグローカリゼ―ション
  • 祝祭日の再構築――グローバル化の時代における中国の社会時間の変化
【館内研究員】 塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 井口淳子、何彬、川口幸大、高明潔、澤井充生、清水拓野、清水享、謝茘、周星、秦兆雄、思沁夫、高山陽子、田村和彦、中生勝美、長沼さやか、潘宏立、渡邊欣雄
研究会
2011年4月16日(土)10:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
潘宏立(京都文教大学)「伝統文化の越境――福建南部とフィリピンの華人社会の宗親会の事例から」
渡邊欣雄(中部大学)「世界的ネオリベラリズムにおける中国宗教の市場経済化」
梁景之(東海大学文学部客員教授)「明清以来の華北民間宗教の変遷の解読――文献調査とフィールドワークに基づいて」
総合討論
2011年10月22日(土)10:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
韓敏(国立民族学博物館) 「項羽祭祀の伝承とその資源化」
謝茘(法政大学)「祝祭日の再構築――中国端午節の文化の変化を事例に」
高明潔(愛知大学)「中国における多言語共生の現状に関する考察」
王銘銘(北京大学)「中国の人類学、漢学人類学と漢語人類学」
研究成果

共同研究会の趣旨に沿って共同研究会のメンバーと中国社会科学院民族学・人類学研究所、北京大学などの研究者を集め、2回の共同研究会と1回の国際研究フォーラムを開催した。13名の研究者が発表をして、グローカル時代における中国の祝祭日、宗族文化、民間信仰と企業文化の伝承に焦点を当て、国家、地域、市場、エリートと文化の担い手などの側面から、文化伝承の形態とそのメカニズムについて中国と日本の人類学者が検討した。特に国際研究フォーラムにおいては、東アジア、タイ、モンゴル、ロシア、カザフなどの地域の研究者を集め、より広い視野で中国の文化伝承の本質を考察すると同時に、グローカル化と文化伝承との関連性という世界の多くの地域に共通して見える課題について国際的共同研究を展開する可能性も試みた。

2010年度

以下の問題群を想定し、中国のグローカル化の実態を分析する。

(1)外来文化の流用・翻訳的適用・土着化
*ナショナリズム・クリスチャリズム・コロニアリズムから見た中国民族学史
*民族音楽学の視点からみる中国の民間芸能と「上海」旧租界地文化の再評価

(2)政府主導のナショナル・エスニック・ローカル文化の再構築
*エスニックシンボル、繍球の創出とその変遷
*祝祭日の再構築――グローバル化の時代における中国の社会時間の変化

(3)企業主導或いは市場原理にのっとった文化のハイブリッド
*世界的ネオリベラリズムにおける中国宗教の市場経済化

(4)民間あるいは個人主導のグローカル化
*グローバル化と中国の環境保護運動の現状と課題ー“地球村”、“自然之友”などを中心に
*現在における宗族の祖先祭祀空間とその絵画装飾
*中国の社会変化の中のNGOのあり方と役割――事例分析に基づいて

【館内研究員】 塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 井口淳子、何彬、川口幸大、高明潔、澤井充生、清水享、謝茘、周星、秦兆雄、思沈夫、高山陽子、田村和彦、中生勝美、長沼さやか、潘宏立、渡邊欣雄
研究会
2010年6月27日(日)10:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
井口淳子「多民族都市・上海租界の芸術の諸相」
思沁夫「中国の環境保護民間組織(NGOs)の現状と課題」
阮雲星/陳宗花「中国の無形文化遺産の保護理念と実践」
(阮雲星)――貴州生態博物館と?南文化生態保護区の例を中心に
(陳宗花)――河南省の馬街書会と豫?を事例に
2010年12月11日(土)10:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
中生勝美「20世紀初頭のフランス宣教師による中国民俗研究」
清水拓野「博物館建設と学校設立にみる演劇文化の再構築過程――陝西地方・秦腔の事例から」
田村和彦「火葬テクノロジーを飼いならす―中国内陸部の葬儀施設で働く人々の事例から」
楊聖敏「現代中国の民族問題に関する国家戦略」
研究成果

2回の研究会が開催され、8人の研究者が発表をして、メンバー全員による討論を通じ、以下の共通の問題関心に基づいた議論が深まった。

  1. 歴史の視座からみる中国のグローカル化
    中生勝美(桜美林大学)が20世紀初頭のフランス宣教師による中国民俗研究、井口淳子(大阪音楽大学)が多民族都市の上海租界の芸術について検討し、中国のグローカル化を20世紀初期にさかのぼり、それにかかわる複数のアクターに注目し、複数の言語によって記録された歴史文献について徹底したテキスト分析を行った。
  2. 政府主導のナショナルとローカル文化の再構築
    阮雲星(浙江大学、国立民族学博物館外国人研究員)、陳宗花(河南大学、国立民族学博物館外来研究員)と清水拓野(関西学院大学)は、貴州、福建南部、河南と陝西の事例を通して、グローカル化の主要な主体である地方政府に注目し、ユネスコの無形文化遺産の理念、制度化のプロセスを検討した。
  3. グローカル化のアクターとしての個々人
    田村和彦(福岡大学)は火葬場の従業員の技術習得と運用を分析し、制度化された近代のテクノロジーである火葬の葬法は、微細で身体化された技術の集積であると結論付けた。思沁夫(大阪大学)は、中国の環境NGO、「地球村」、「自然之友」を事例に、1990年代後半に中国で市民権を得たNGOの実践を考察し、中国の草の根NGOの問題点も指摘した。

2009年度

以下の問題群を想定し、中国のグローカル化の実態を分析する。

(1)外来文化の流用・翻訳的適用・土着化
*民族音楽学の視点からみる中国の民間芸能と「上海」旧租界地文化の再評価
*ナショナリズム・クリスチャリズム・コロニアリズムから見た中国民族学史
*20世紀半ばの四川省涼山イ族知識層の紐帯と近代化

(2)政府主導のナショナル・エスニック・ローカル文化の再構築
*エスニックシンボル、繍球の創出とその変遷
*祝祭日の再構築――グローバル化の時代における中国の社会時間の変化
*社会主義リアリズム芸術の商品化-中国の銅像を中心に
*文化保護活動と地域アイデンティティ創出に関する研究
――広東珠江デルタの「沙田民歌(咸水歌)」を例に

(3)企業主導或いは市場原理にのっとった文化のハイブリッド
*死の文化の多元化的展開――上海の葬儀産業の事例から
*世界的ネオリベラリズムにおける中国宗教の市場経済化

(4)民間あるいは個人主導のグローカル化
*漢服運動――実践者のインタビューとネット上の議論に基づいて
*儒教の復興と社会秩序の再構築
*現在における宗族の祖先祭祀空間とその絵画装飾
*清真寺の修復とコミュニティの再構築――中国西部におけるイスラームの復興
*中国の社会変化の中のNGOのあり方と役割――事例分析に基づいて

【館内研究員】 川口幸大、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 井口淳子、何彬、高明潔、澤井充生、清水享、周星、秦兆雄、思沈夫、高山陽子、田村和彦、中生勝美、長沼さやか、潘宏立、渡邊欣雄
研究会
2009年4月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館第1演習室)
長沼さやか:文化保護活動と地域アイデンティティ創出に関する研究――広東珠江デルタの「沙田民歌(咸水歌)」を例に
何彬:死の文化の多元化的展開――上海の葬儀産業の事例から
2009年11月28日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
周星「プロパガンダから観光商品へ――戸県農民画という「アート」及び「伝統」の創出と生まれ変わり」
澤井充生「中国の「住民自治」再考――改革開放期の清真寺管理運営制度の事例から」
2010年2月11日(木)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
高山陽子「銅像のジェンダー」
秦兆雄「祭孔大典からみた儒教復興」
清水享「町に出るピモ」
研究成果

基本構想にそって、3回の研究会を開催した。7人の課題分担者が、現地調査に基づいた研究発表をして、異なる研究分野からのコメント、メンバー全員による討論を通じ、以下の四つの共通の問題関心に基づいた議論が深まった。

  • 国家と地域の文化戦略について、無形文化財に認定された広東珠江デルタの沙田民歌と国家祭祀になりつつある孔子祭典と儒教の再評価を事例に、近代の新文化運動、社会主義革命とグローバル時代における中国政府、知識人と地域の人々の対応を検討した。
  • 企業主導のグローバル化とローカル化について、上海の事例を通して、行政による福祉型葬儀の脱皮、産学連携と海外の葬儀企業との連携による葬儀文化産業の確立、心のケアと伝統要素を共に重視する人性化服務(人に優しいサービス)の提供などを検討し、葬儀文化の多元的展開、都会葬儀のグローカル化の実態とメカニズムを分析した。
  • アートにみるグローカル化について、陝西省戸県の農民画を事例に、社会主義イデオロギーの構築と社会動員のために政府主導で創出され、民衆に受容され、実践されてきた社会主義プロパガンダの文化芸術が、いかに地域のブランド、農民文化のシンボルとして再編されているのかを分析した。また、近代以降の国家顕彰・偉人顕彰のための人物像を対象にナショナリズム、社会主義リアリズムの人物像のジェンダー、近年のグローバル化・観光化による観光名所の一モニュメントとしての銅像を取り上げた。
  • 少数民族の都市化・グローバル化の諸相について、寧夏回族自治区の回族(ムスリム)住民自治と四川と雲南の涼山イ族における宗教・儀礼の担い手であるビモを事例に生存戦略としての少数民族の生活世界の再構築、「民族文化」のローカリゼーションの実態を考察した。

2008年度

平成20年度は10月からスタートし、年度末までに1回の研究会を開催する予定である。

【館内研究員】 川口幸大、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 井口淳子、何彬、高明潔、澤井充生、清水享、謝茘、周星、秦兆雄、高山陽子、田村和彦、中生勝美、長沼さやか、潘宏立、渡邊欣雄
研究会
2008年11月16日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
1.研究会の趣旨説明(韓敏)
2.メンバーの自己紹介と抱負(全員)
3.グローカル化のなかの家族と家屋形態の再編(発表者:川口幸大)
研究成果

本年度は、上にかかげたように1回の研究会を開催した。

まず、研究代表者の韓敏が研究会の意義、構想、分析枠組みとしてのグローバリゼーションについて説明し、四つの問題群を想定した。班員全員がメインテーマにそって、それぞれ自分の研究課題について発表した。四つの問題群は下記の通りで、班員の18の各個研究をくみ上げたものである。

  1. 外来文化の流用・翻訳的適用・土着化
  2. 政府主導のナショナル・エスニック・ローカル文化の再構築
  3. 企業主導或は市場原理にのっとった文化のハイブリッド
  4. 民間あるいは個人主導のグローカル化

また、川口が中国東南部に位置する珠江デルタをフィールドとし、家屋の形態と家屋内に祀られている祭祀対象の移り変わりをグローカリゼーションの視点から研究発表を行った。異なる研究分野からのコメント、メンバー全員による討論を通じ、共通の問題関心に基づいた議論が深まった。