リスクと不確実性、および未来についての人類学的研究
キーワード
リスク、インフラストラクチャー 、主体
目的
本研究は、未来の不確実性に直面する人々の生活を、「リスク」という概念の検討を通じて捉えなおそうとするものである。グローバル化の進展とともに、世界規模で人・モノ・情報の結びつきが緊密になり、その結果、いかなる社会の人々も、今まで以上の不確実な状況に巻き込まれている。そうした不確実性が、「リスク社会」と呼ばれるように、様々な領域でリスクという、計算可能かつ意思決定を必要とするものとして立ち現れていることは、注目すべき問題だといえる。加えて、人類学者にとってリスクは、調査対象となる人々が直面する問題であると同時に、研究そのものが様々なかたちで孕んでいる問題でもある。では、リスクとはどのようなメカニズムであり、リスクの様々な分野への応用は、諸社会における生活や基礎的な概念(人格、主体、社会的なるもの)に対してどのような影響を及ぼしているのか。またそれまで人類学でも様々に論じられてきた、未来の不確実性への態度や実践とどのように関係しあっているのか。
本共同研究は、開発、医療、環境問題などの複数の領域においてリスクという問題に直面する人類学研究者同士の議論を通じて、以上のような点について考えることを目的とする。
研究成果
本共同研究の成果は、以下のとおりである。
- 広義のリスク概念についての図式的整理や、災因論や生態人類学などこれまでの人類学におけるリスク研究の学史検討を行った。また、医療福祉、金融市場、科学技術、開発、災害などサブテーマを設定し、その上でリスク概念の/によるフィールドデータの再検討を通じたリスク管理のあり方や新たな社会連帯のあり方、また不確実性や未来についての社会理論の構築など今後の人類学的リスク研究のあるべき方向性を明確化した
- メンバーと招聘講師による研究発表を重ね、「人類学的なリスク研究」という枠組みの中で、各発表者の個別フィールドにおける個別テーマを再検討することにより、それぞれの研究においてどのようなリスク研究を展開していくことができるのかを明らかにした。またその過程で、「狭義のリスク」と「広義のリスク」という本共同研究における2つのリスク概念を析出した。さらに、リスク概念について、それが制度・技術として社会に埋め込まれている側面と、人々を「リスク・コンシャスな主体」として立ち上げる装置の機能を果たしている側面があること、そして「リスク社会」言説のイデオロギー的な側面について、個々人のフィールドからそのオルタナティブを探る課題を提起した。
- 具体的な成果公開出版に向けての準備作業を行った。(a)人類学的リスク研究の総体的な位置づけ、(b)各メンバーの個別フィールドにおける個別テーマによるリスク研究について、それぞれ(a)については人類学的リスク研究について編者間で総合的な議論を行い、序論や各部導入の形で草稿をまとめ、(b)については執筆予定のメンバー全員が草稿の執筆と内容発表を行った。さらに、出版社より編集者を招き、成果公開のための商業出版について、具体的な企画書と構成案を作成し、出版社に提出した。
2011年度
共同研究最終年度の本年度は、初年度から3年度に開催した研究会の蓄積を総括しつつ、メンバー間での「リスク」概念についての共通理解を深め、商業出版の形で研究成果を公開するためのまとめと原稿作成期間と位置付ける。そのために、本年度は合計3回の共同研究会を開催し、毎回執筆者の原稿の検討を行い進行状況について確認する。また、「リスク」概念の共通理解を深めるための文献講読や、具体的に「リスク」が生じている現場での巡検も実施する予定である。研究会の開催日程と場所は、4月に民博、7月に都城高等工業専門学校、11月に民博で、それぞれ予定している。
【館内研究員】 | 飯田卓、林勲男 |
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【館外研究員】 | 碇陽子、市野澤潤平、春日直樹、木村周平、新ヶ江章友、西真如、福井栄二郎、松尾瑞穂、松村直樹、吉井千周、渡邉日日 |
研究会
- 2011年4月23日(土)10:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 共同研究成果公開出版、編者会議(東、林、市野澤、木村の4名)
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2011年5月21日(土)13:30~18:00(都城工業高等専門学校)
2011年5月22日(日)10:00~18:00(都城工業高等専門学校) - 東賢太朗(名古屋大学)「趣旨説明と事務手続き」
- 有馬晋作(宮崎公立大学)「宮崎県の口蹄疫と鳥インフルエンザ被害への行政対策」
- 吉井千周(都城工業高等専門学校)「都城市の噴火へのリスク対応」
- 全体討論
- 木村周平(富士常葉大学)、市野澤潤平(宮城学院女子大学)「成果公開出版序論発表」
- 吉井千周(都城工業高等専門学校)、市野澤潤平(宮城学院女子大学)「都城市と仙台市における被災現場の現状報告および対応の比較検討」
- 全体討論
- 2012年2月10日(金)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 共同研究成果公開出版、編者会議(東、林、市野澤、木村の4名)
研究成果
共同研究最終年度4年目の平成23年度は、成果公開出版にむけて、編者会議を2度行った。人類学的リスク研究について編者間で総合的な議論を行い、出版物の序論と、それぞれが担当とする各部の導入部分の草稿の読み合わせを行った。さらに、出版物の全体的な構成についても再検討を行い、改定版の出版計画書を出版社に提出した。
またメンバーと招聘講師による共同研究会を1度開催し、仙台市における震災や、宮崎県における噴火、口蹄疫、鳥インフルエンザなどの被害について現状報告を行った。災害リスクについて、現場からのより具体的な報告に基づくディスカッションを行い、共同研究におけるリスク概念を現場のコンテクストの中で再検討し、成果公開出版の各執筆者による各論において、どのようなことが論じられるべきか、課題をそれぞれ明らかにした。2010年度
共同研究3年度目の本年度は、初年度と2年度に開催した研究会の蓄積を総括しつつ、商業出版の形で研究成果を公開するための準備期間と位置付ける。そのために、本年度は合計4回の共同研究会を開催し、毎回2つの研究報告に加え、成果公開に関する打ち合わせミーティングを行う。研究報告については、共同研究メンバーだけでなく、複数名の特別講師を招聘することにより幅広い事例についての検討を行う。研究会の開催日程と場所は、4月に民博、7月に新潟国際情報大学、11に民博、1月に名古屋大学で、それぞれ予定している。
【館内研究員】 | 飯田卓、林勲男 |
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【館外研究員】 | 碇陽子、市野澤潤平、春日直樹、木村周平、新ヶ江章友、西真如、福井栄二郎、松尾瑞穂、松村直樹、渡邉日日 |
研究会
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2010年5月15日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年5月16日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 日下渉(京都大学)「リスク回避の逆説-フィリピン政治と都市貧困層」
- 吉井千周(都城工業高等専門学校)「移住コミュニティにおける法化現象」
- 新ヶ江章友(名古屋市立大学)「リスクを数値化する ―日本におけるMSM(Men who have Sex with Men)と疫学研究」
- 松尾瑞穂(新潟国際情報大学)「人口問題というリスクの創出―統治と選択」
- 成果公開出版計画の打ち合わせ
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2010年7月17日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年7月18日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 木村周平(富士常葉大学)「成果公開出版第I部の構想発表」
- 市野澤潤平(宮城学院女子大学)「成果公開出版第II部の構想発表」
- 東賢太朗(名古屋大学)「成果公開出版第III部の構想発表」
- 成果公開出版の各執筆者内容発表
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2010年10月2日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年10月3日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 飯田卓(国立民族学博物館)「不確実性の制御とリスク社会――漁撈社会からみたオルタナティブ」
- 渡邊日日(東京大学)「組織コミュニケーションとリスク:テネリフェの悲劇とCRMに関する若干の考察(仮)」
- 吉井千周(都城工業高等専門学校)「モン族の法化リスク(仮)」
- 成果公開出版の内容発表
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2010年12月18日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2010年12月19日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第2演習室) - 加藤源太郎(プール学院大学)「リスク論を市民社会論に転化させることの危険性」
- 林勲男(国立民族学博物館)「豪雨災害リスクと避難行動」
- 成果公開打ち合わせ
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2011年2月12日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
2011年2月13日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室) - 西真如(京都大学)「エチオピア・グラゲ県の相互扶助について」(仮)
- 東賢太朗(名古屋大学)・市野澤潤平(宮城女学院大学)「『リスクの人類学』序論構想発表」
- 成果公開打ち合わせ
研究成果
共同研究3年目の2010年度は、メンバーと招聘講師による研究発表に加え、具体的な成果公開出版計画についてのディスカッションを毎回行った。初年度と2年目の成果である(1)人類学的リスク研究の総体的な位置づけ、(2)各メンバーの個別フィールドにおける個別テーマによるリスク研究について、それぞれ(1)については編者4名が序論や各部導入の形で草稿をまとめ、(2)については執筆予定のメンバー全員による原稿内容の要旨発表を行った。さらに、出版社より編集者を招き、成果公開のための商業出版について、具体的な企画書と構成案を作成した。
またメンバーと招聘講師による研究発表とディスカッションの過程で、本共同研究におけるリスク概念について、それが制度・技術として社会に埋め込まれている側面と、人々を「リスク・コンシャスな主体」として立ち上げる装置の機能を果たしている側面があることが了解された。さらに、「リスク社会」言説のイデオロギー的な側面について、個々人のフィールドからそのオルタナティブを探るという課題も析出された。
2009年度
共同研究2年度目の本年度は、初年度に開催した2回の研究会で明確化した共同研究の基本方針に基づき、リスク、不確実性、未来について理論と事例の双方からさらなるアプローチを試みる。そのために、本年度は合計4回の共同研究会を開催し、毎回理論文献1冊の購読と2つの研究報告を行い、議論を深める。研究報告については、共同研究メンバーだけでなく、複数名の特別講師を招聘することにより幅広い事例についての検討を行う。研究会の開催日程と場所は、4月に民博、7月に宮崎公立大学、11に民博、1月に島根大学で、それぞれ予定している。
【館内研究員】 | 飯田卓、林勲男 |
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【館外研究員】 | 碇陽子、市野澤潤平、春日直樹、木村周平、新ヶ江章友、西真如、松尾瑞穂、松村直樹、渡邉日日 |
研究会
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2009年4月18日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館第3演習室)
2009年4月19日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館第3演習室) - 宮崎広和(コーネル大学)「エディプスとヨブ再考--金融市場における信仰・懐疑・希望」
- 碇陽子(東京大学大学院)「欲望とリスクの螺旋:Weight Loss Surgeryにかけた希望」
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2009年7月18日(土)13:30~18:00(宮崎公立大学多目的演習室)
2009年7月19日(日)10:00~12:00(宮崎公立大学多目的演習室) - 吉井千周(都城工業高等専門学校)「法化現象からみたリスク認識・・・山地民族と住民運動を例にして」
- 市野澤潤平(東京大学大学院)「ダイビング観光における賭博性に関する考察」
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2009年11月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
2009年11月8日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室) - 松村直樹「「リスク」の可視化と「安全な水」の不可視性をめぐって―バングラデシュにおける飲用水砒素汚染問題の事例から」
- 孫暁剛(京都大学)「リスクマネジメントと不確実性に生きる-東アフリカ乾燥地域の遊牧社会の事例から」
- 飯田卓「生態リスクについてのコメント」
- 桑島薫(東京大学大学院)「「危険」の回避から「危険」の解除への転換可能性― 暴力被害女性のための支援現場の実践を手がかりに ―」
- 新ヶ江章友「性暴力リスクについてのコメント」
- 市野澤潤平「成果公開出版序論発表」
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2010年2月6日(土)13:30~18:00(島根大学)
2010年2月7日(日)10:00~12:00(島根大学) - 出口顯(島根大学)「他者はリスクか?―神話論の可能性」
- 市野澤潤平「人類学的リスク研究の可能性」
- 新ヶ江章友「リスクを数値化する ―日本におけるMSM(Men who have Sex with Men)と疫学研究」
- 碇陽子「アメリカ社会におけるファット・アクセプタンス運動」
- 松村直樹「リスクの可視化と安全な水の不可視性をめぐって-バングラデシュ砒素汚染問題の事例から」
- 東賢太朗「ギャンブルとしての教育と労働―フィリピン地方都市の無職者からリスク社会を考える」
- 東賢太朗・市野澤潤平「成果公開に向けた出版企画書発表」
研究成果
共同研究2年目の平成21年度は、初年度に行った人類学的リスク研究の総体的な位置づけ、およびサブテーマの設定に基づき、メンバーと招聘講師による研究発表を中心に研究会を行った。「人類学的なリスク研究」という枠組みの中で、各発表者の個別フィールドにおける個別テーマを再検討することにより、それぞれの研究においてどのようなリスク研究を展開していくことができるのか明らかになった。またその過程で、「狭義のリスク」と「広義のリスク」という本共同研究における2つのリスク概念を析出した上で共有することが可能になった。さらに、招聘講師による研究発表についてのディスカッションから、「希望」、「法」、「生態環境」、「ジェンダー」といった、これまでメンバー間ではあまり言及することのなかった領域まで、人類学的なリスク研究の範疇に含めることが可能になった。
以上の研究成果をふまえ、第3回研究会と第4回研究会では、共同研究の成果公開の方法や形式、内容についてのディスカッションを開始した。その中で、人類学的なリスク研究という新規領域開拓を試みる本共同研究においては、研究者から一般読者までを想定した専門書の商業出版が望ましいという方針を定め、具体的な目次構成や出版社に提出する企画書の作成などに着手した。
2008年度
初年度は2回の研究会を開催する(うち1回は、公益澁澤財団振興プロジェクトによるシンポジウムと連動させる)。シンポジウムのメンバーは共同研究のコアメンバー・2007年の文化人類学会分科会「リスク人類学の開拓」のメンバーとも重なっているため、すでに数年間の共同研究の蓄積があるが、ここでは新しく加入するメンバーを含め、それぞれが簡単に研究紹介をしたうえで枠組みや概念、問題意識の共有のため、前提となる諸先行研究の購読を行う。そのうえで、研究会を進めるために、それぞれの研究領域を横断してリスクという現象に即して複数のサブテーマを議論のうえで設定する(例えばリスクの社会文化的構築、リスク認知、リスクにまつわる実践の集合と社会の相互作用など)。
【館内研究員】 | 飯田卓、林勲男 |
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【館外研究員】 | 碇陽子、市野澤潤平、春日直樹、木村周平、新ヶ江章友、西真如、松尾瑞穂、松村直樹 |
研究会
- 2008年10月12日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 木村周平「人類学的リスク研究のこれまで」
- 東賢太朗「人類学的リスク研究のこれから」
- 2009年1月11日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 春日直樹(大阪大学)「法と夢想と希望 -- フィジーの公立老人ホームから」
- 福井栄二郎(島根大学)「どのように「老い」のリスクを分配するのか―介護保険制度と認知症家族会」
研究成果
公開シンポジウムでの研究報告と議論の成果をふまえ、平成20年度第1回の共同研究会では本共同研究会のこれまでの経緯を確認した上で、広義のリスク概念についての図式的整理や、災因論や生態人類学などこれまでの人類学におけるリスク研究の学史検討を行った。また、医療福祉、金融市場、科学技術、開発、災害などサブテーマを設定し、その上でリスク概念の/によるフィールドデータの再検討を通じたリスク管理のあり方や新たな社会連帯のあり方、また不確実性や未来についての社会理論の構築など今後の人類学的リスク研究のあるべき方向性についても確認した。
第2回共同研究会では、リスク社会を生きる主体の「剥き出しの生」というあり方について、J・アガンベン著『ホモ・サケル』の講読を基に議論を行った。その後、特に「老い」について着目した2本の研究報告から、老いというリスクや不安に対する未来への希望のあり方について、日本社会とフィジー社会の比較検討を行った。
初年度の平成20年度は、人類学におけるリスク研究の総体的な位置づけ、および具体的に取り組むべきサブテーマの設定を行ったことが全体としての共同研究の成果である。