生の複雑性をめぐる人類学的研究:「第四世界」の新たな記述にむけて
キーワード
二重社会、単独性とアクチュアリティ、第四世界的状況
目的
グローバル化と都市化による同質化が進むと同時に、同質化の中に「排除」という新しい管理の形が現れている。それは、レイシズムやオリエンタリズムのような、人種や民族や性という一義的な区分を用いた排除ではなく、柔軟で複合的な線引きによる排除であり、それによっていたるところに「第四世界」が出現している。そのような状況において、排除された人々の対抗的実践として、グローバル化による流動性をもう一つグローバルな流動性によって乗り越えようとするマルチチュードの戦略が注目されている。けれども、本研究計画は、マルチチュードに含まれる複数性・雑多性への注目を踏まえながらも、対抗実践のようにグローバルな流動性に拠るのでもグローバルに対置されたローカルに依拠するのでもなく、グローバルなものに対置されるのではない、ローカルないしはトランスローカルな(レヴィ=ストロースのいう「真正性の水準」にある)日常的実践に焦点を当てる。それは、計画的・線形的思考による多元的な線引きそのものを無意味化するような非線形的な実線である。本研究計画は、計画的・線形的思考によって排除されながらも、複数の文脈を同時に成り立たせるような生の複数性・多面性を確保していく実践に注目することで、グローバル化と都市化の中で生成される、複雑性のある多面的な共同性の場を明らかにすることを目的とする。
研究成果
「第四世界的状況」のアクチュアリティを記述するという課題にとって、「第四世界」に代表されるような欠損を表す概念やカテゴリーを、そしてそれらを用いた表象を単に間違っているものとして批判したり、人びとを排除するものとして破棄したりするだけではすまされない。それらはグローバルな言説空間において実体化されており、そこにコミットメントするためには必要とされるというだけではなく、そのような場に生きる人びとにとっても現実(リアリティ)となっているからである。つまり、その枠組みに押し込められた存在は「第四世界」に馴染んで、その枠組みを作り出しカテゴリーを増殖させている他者の価値観とのあいだに生きており、それらのカテゴリーとずれを同時に生きているという「複雑な生」を営んでいるのである。かといって、「概念やカテゴリーに還元不能な他者」とか、「単独な出来事としての経験」とか「語りえぬもの」としての「生の複雑性」などと、ネガティヴに指し示すだけですますわけにもいかない。それでは対象となる人びとが営んでいる生や経験のアクチュアリティには届かないし、聞いてももらえないからである。語りえぬものであり、概念やカテゴリーに還元不能であることをわかったうえでなお、生の複雑性を描きだす努力の方向として、まずは、前提として言い継がれることばや概念や思考にいちいち引っかかること、雑多な日常における実践にたちあい、関わりながら、その生の複雑性を生活世界の側から具体的に記述することが必要なのである。そこでの問題は、そのリアリティを表象することではなく、そのアクチュアリティを記述することである。「単独性のモメント」を有するアクチュアリティの記述は、固定された場所からの認識・確認によるリアリティとは違って、他者と具体的かつ人称的にかかわりつつ、自分の視点をたえず転換させることによってなされるものである。それは、他者との関わりのなかで研究者自身の「自己」を問い直す作業ともなるだろう。そして、記述そのものが他者との関わりを作りだし、さらにまた別の記述を生み出すといったプロセスによって可能となるだろう。メンバーはそれぞれ、そのような実践を展開するだけの構えを持って目下、成果報告書を執筆するにいたった。以上が本研究会の成果である。
2011年度
本年度は3度の研究会開催をとおして、生の複雑性にかんする国内外の事情報告を引き続いて行う(松本博之氏による太平洋諸島の民族的マイノリティの生の複雑性、關一敏氏による宗教的マイノリティの生の複雑性、ゲスト山室敦嗣氏による原発候補地の地域住民の生の複雑性、など)。さらに最終年度の総括として新たな「第四世界」理論化の見通しの報告を内藤氏から行ってもらう。また小田が原論的・総括的議論を行うほか、これまで二年半の研究会の議論と見出された課題を振り返る形で、研究内容や専門分野に応じたゲストスピーカー(たとえばストリートをフィールドとすると同時に方法化している関根康正氏や、構造的差別と第四世界的状況を比較検討するために三浦耕吉郎氏)を招くなどして研究成果のまとめにかかる。
【館内研究員】 | 丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 阿部年晴、磯田和秀、猪瀬浩平、植村清加、大稔哲也、國弘暁子、湖中真哉、關一敏、関口由彦、棚橋訓、内藤順子、松本博之 |
研究会
- 2011年7月31日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 竹川大介(北九州市立大学)・報告1「生命のメタファーと意思を持つ自然ー在来知の作法」
- 内藤直樹(国立民族学博物館)・「『自由』への人類学的接近:難民キャンプにおける生の複雑性をもとに」
- 成果報告書にむけての相談
-
2012年2月17日(金)14:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2012年2月18日(土)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室) - 【第2回テーマ】「第四世界」の新たな記述にむけて
- 《2月17日(金)》
- 松本博之「木曜島(トレス海峡):日本人出稼ぎ者による真珠貝漁業の日々―昭和期を中心に」
- 内藤順子(立教大学)「観光地を生きる先住民の現在―「第四世界」という方法論・試論」
- 成果報告書にむけての個別発表1
- 《2月18日(土》
- 小田亮(成城大学)「人類学的基層と純粋化/混淆化の罠」
- 成果報告書にむけての個別発表2
研究成果
本年度は3回の研究会を開催し、ゲストの竹川大介氏による報告では、太平洋島嶼の事例をもとに、近代知が対象を客体化して外部から操作するのに対し、在来知は相互行為と交渉によって対象の変化に寄り添い、動きの中に安定を見つけることが明らかにされた。これは「第四世界」の新たな記述をめぐる中心的課題に対し、その対象との向き合いかたをはじめ、極めて示唆的であった。同じくゲストの内藤直樹氏の展開するアサイラム空間の事例や、メンバーの松本博之氏が手掛ける木曜島出稼ぎ民の昭和初期の暮らしぶりを豊かに描きだす研究は、リアリティをこえたアクチュアリティを描き出す試みへとより弾みをつけて向かわせるものであった。内藤順子氏による「第四世界」という方法論の試論と、代表の小田による、ブルーノ・ラトゥールの「純化と翻訳」という二重実践によって近代を捉え、それを超えるために「翻訳」によるネットワークを記述するやり方と、われわれの目指すアクチュアリティを捉えるというやり方の相違を指摘する総括的な報告によって、連句的に全体をなす本研究会をいったん締めくくり、成果報告書の執筆に入るだけの刺激に満ちた有意義な年度となった。
2010年度
初年度において、本研究会のキー概念整理と方向性の共有がはかられ、昨年度は国内外の具体的な「生の複雑性」について事例報告とその検討がなされ、「第四世界(的状況)」の理論化・あらたな記述へ向けてメンバーがそれぞれの方向性のイメージを持ちつつある。そこで、本年度は4度の研究会開催をとおして、未発表のメンバー(阿部氏、松本氏、國弘氏、猪瀬氏、川口氏)による生の複雑性にかんする事情報告を引き続いて行うほか、必要に応じて歴史学、宗教学、社会学などの隣接分野から適宜ゲストスピーカーを招聘し、地域や国家をこえた「第四世界」としての括りの是非と意義について全員で討議し、あらたな「第四世界」の理論化にむけての中間確認・すり合わせをする。
【館内研究員】 | 丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 阿部年晴、磯田和秀、猪瀬浩平、植村清加、大稔哲也、國弘暁子、湖中真哉、関口由彦、棚橋訓、内藤順子、松本博之 |
研究会
- 2010年7月25日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- テーマ:生の複雑性をとらえる:周辺・狭間・単独-普遍
- 關一敏(九州大学)「地方学からの発想:ローカリティをみる視点」
- 國弘暁子(群馬県立女子大学)「聖と性の狭間におけるヒンドゥー贈与」
- 小田亮(成城大学)「単独-普遍としての生の複雑性をどのように捉えるか」
- 2010年12月23日(木)13:00~19:00(九州大学文学部比較宗教学研究室(箱崎キャンパス))
- テーマ:「第四世界的状況」の記述と活用
- 発表者:關一敏(九州大学)「福の民:ローカリティをみる視点(2)」
- 発表者:猪瀬浩平(明治学院大学)「第四世界的状況で人類学の授業をつくる:明治学院大学共通科目ボランティア実習101Go Westの実践から」
- 発表者:内藤順子(日本女子大学)「「第四世界的状況」の活用法:総括にむけて」
- 2011年2月20日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
- テーマ:「第四世界的状況をいかにとらえるか」
- 発表者:阿部年晴(埼玉大学)「「後背地論」からみた「第四世界的状況」」
- 発表者:大稔哲也(東京大学)「オールド・カイロの庶民街から:その諸産業に焦点を当てつつ」
- 発表者:長谷千代子(九州大学)「アニミズム論再考2」
- コメント:植村清加(東京国際大学)
研究成果
初年度において、本研究会のキー概念整理と方向性の共有がはかられ、昨年度は国内外の具体的な「生の複雑性」について事例報告とその検討がなされ、「第四世界(的状況)」の理論化・あらたな記述へ向けてメンバーがそれぞれの方向性を定めつつあった。本年度は3度の研究会開催をとおして、これまで未発表のメンバー(阿部氏、大稔氏、國弘氏、猪瀬氏)による生の複雑性にかんする事情報告が行われ、宗教学分野の關一敏氏と長谷千代子氏をゲストスピーカーとして招聘し、地域や国家、時間的隔たり、分野を超えた「第四世界」としての括りの是非と意義について全員で討議し、あらたな「第四世界」の理論化にむけてのすり合わせを行った。また、内藤氏と小田がそれぞれ総括にむけての報告を行い、最終年度にむけての成果取りまとめの確実な足がかりとなった。
2009年度
初年度において、本研究会の主軸となる「複雑性」や「第四世界」をめぐる諸概念群の再検討と整理が行われ共有がはかられたことを踏まえ、本年度は人類学はもとより歴史学、地理学などの隣接分野における濃密な事例報告を企画する。年4回の研究会(アフリカ:小田氏・湖中氏・大稔氏、オセアニア:棚橋氏・丹羽氏・ゲストスピーカー、南アジア:国弘氏、ラテンアメリカ:内藤氏、等)を開催し、これらの世界各地域の諸「第四世界(的状況)」についての視野と知見をひろげ、より深い「生の複雑性」と「第四世界」の記述のポイントと新たな理論化の可能性を探る。
【館内研究員】 | 川口幸大、丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 阿部年晴、磯田和秀、猪瀬浩平、植村清加、大稔哲也、國弘暁子、湖中真哉、関口由彦、棚橋訓、内藤順子、松本博之 |
研究会
- 2009年6月27日(土)11:00~19:00(九州大学文学部比較宗教学研究室(箱崎地区))
- テーマ:「第四世界」の民族誌と民俗誌
- 発表1:丹羽典生(国立民族学博物館)「はずれ者から見るオセアニア近代の民族誌:フィジーのラミ運動とその退会者の分析から」
- 発表2:關一敏(九州大学大学院)「しあわせの民俗誌(3)」
- コメント1:棚橋訓(お茶の水女子大学大学院)・関口由彦(成城大学)
- コメント2:阿部年晴(埼玉大学)・内藤順子(日本学術振興会/日本女子大学)
- 2009年11月22日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- テーマ:宗教人類学的「第四世界」の民族誌と民俗誌
- 発表者:長谷千代子(九州大学非常勤講師)「アニミズム論再考」
- 発表者:川田牧人(中京大学)「環境民俗学とアニミズム」
- 発表者:關一敏(九州大学)「宗教学とアニミズム」
- コメント:小田亮(成城大学)
- 2010年3月7日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- テーマ:言説空間と生きられる場の記述をめぐって
- 発表者:關一敏(九州大学)「日常性の宗教人類学」
- 発表者:湖中真哉(静岡県立大学)「第四世界の言説空間と概念再構築型記述」
- 発表者:鈴木晋介(国立民族学博物館)「スリランカのエステート・タミルをめぐるアイデンティティと生きられる「ジャーティヤ(ひとの種類・まとまり)」」
研究成果
今年度は3回の研究会が実施され、地域的な事例としてオセアニアとスリランカの第四世界的状況について、丹羽氏と鈴木氏(招聘)より報告があった。それぞれの「はずれもの」あるいは「ジャーティヤ」という「生の複雑性」のようすが描き出され、こうした呼び名と、現実の人びとのアイデンティティ構築の問題が浮き彫りとなった。このことは第3回目の湖中氏の報告で「言説空間」の概念なり表象が、それが概念にもかかわらず実際の生活において影響力を持つという視点とも通じるものであった。そうした複雑な関わりをより精査するために、概念再構築型記述へむかうことが示され、本研究会の目的とする「第四世界的状況」の記述の方向性の正当性をあらためて確認するにいたった。また、本年度はとくにアニミズムについて関氏、長谷氏、川田氏の3名の招聘講師を中心に報告をいただき、人の営みに深くかかわる根源的思考についても考察し、「宗教的」第四世界的状況についてのアプローチにも着手できつつある。
2008年度
初年度の2008年度は、共同研究のテーマである現代世界における「第四世界的状況」とそこでの「生の複雑性・複数性」についての共通認識と理論的方向付けを提示する。3回の研究会(10月、12月、3月)を行う。初回10月は研究代表の小田から趣旨説明をし、本研究において新たな理論提出を目指す「第四世界」について、平成19年度日本文化人類学会分科会「第四世界考」の研究代表である内藤氏より、議論の方向性を提示してもらう。そこで参加メンバーとの方向確認・意見交換を図る。第2回目は、第四世界概念の成立経緯ならびに、第三世界とのかかわりを棚橋氏に報告してもらい、一方で新たな第四世界の理論を必要とする理由を、フィールドの具体例に即しつつ植村氏から発表してもらう。第3回目では概念としてではない、第三世界・第四世界といわれる実際の状況について磯田、國弘の各氏から報告をしてもらい、第四世界をめぐる定義をいったん共有し、研究会の土台づくりとする。
【館内研究員】 | 丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 阿部年晴、磯田和秀、猪瀬浩平、植村清加、大稔哲也、國弘暁子、湖中真哉、関口由彦、棚橋訓、内藤順子 |
研究会
- 2008年10月11日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- テーマ:研究課題趣旨説明・課題解題
- 発表1:小田亮「<生>の複雑性にむけて」
- 発表2:内藤順子「<第四世界>の新たな記述にむけて」
- 2008年12月23日(火)13:00~19:00(成城大学(3号館32A))
- テーマ:「第四世界」の概念整理と実践への応用にむけて
- 発表1:棚橋訓「第三世界と第四世界の捉え方をめぐって」
- 発表2:植村清加「フランス・マグレブ系移民の変奏的生活実践」
- コメント:関一敏
- 2009年2月22日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- テーマ:「第四世界」と見たてられる第四世界的状況の具体的事例と分析
- 発表1:磯田和秀「第四世界⇔植民地:モンゴルにおける善隣協会の活動から」
- 発表2:関口由彦「先住民族運動における『第四世界的状況』:北海道および首都圏に生きるアイヌ民族の事例から」
- コメント1:関一敏 コメント2:松本博之
研究成果
3回の研究会が実施され、第1回では研究代表の小田亮が「生の複雑性」をめぐる本研究についての趣旨説明をおこなった。また本研究の副題である「第四世界」のあらたな記述と理論化にむけて、内藤順子氏より議論の方向性が提示された。第2回目では、第四世界概念の成立経緯ならびに、第三世界とのかかわりについて棚橋訓氏からの報告があり、その概念史を踏まえたうえで新たな第四世界の理論を必要とする理由を、フィールドの具体例に即しつつ植村清加氏が報告した。第3回目では、概念としてではない、第三世界・第四世界といわれる実際の状況について磯田和秀、関口由彦各氏の発表があった。さらにゲストコメンテーターとして関一敏氏と松本博之氏も参加することで、宗教学的視点と地理学的視点をもあわせた「生の複雑性」の対象と方法としての可能性が明確となった。また同時に「第四世界」をめぐる定義がゆるやかに共有され、具体的事例が積み重ねられることで研究会の土台づくりとなった。