国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

リプロダクションと家族のオールターナティブデザイン-文化と歴史の視点から

共同研究 代表者 松岡悦子

研究プロジェクト一覧

キーワード

家族政策、女性中心のリプロダクション、人権に配慮したリプロダクション

目的

リプロダクションは、ミクロには出産に始まり、マクロには社会の再生産を意味している。リプロダクションは家族を形成することとほぼ一致しているので、そのあり方を考えることは、家族や社会の持続的な再生産を考えることにつながる。本研究は、未来志向でリプロダクションと家族のオールターナティブなモデルを提案することを目的としている。現在、日本では、過去志向で作りあげられた「標準的な家族」の枠組みから、現実の家族がこぼれ落ちる事態が生じている。民法の規定と現実の親子関係とのずれ、生殖補助医療で産み出された親子関係の認定、同性カップルが子供を持つこと、育児・介護・家事等の再生産労働の国際分業等の実態は、従来の家族像ではとらえきれない。また出産というミクロなリプロダクションは、質(女性の満足度やマタニティーケアの質)と量(少子化)の点で、行き詰まりを見せている。本研究では、文化と歴史という相対化の軸を用いて、リプロダクションと家族のオールターナティブなモデルを提案し、個人の人権が尊重される社会の構築を目的としている。

研究成果

リプロダクションと家族は、社会の再生産領域として生産に対置され、社会の持続に不可欠の役割を果たしている。まず家族については、血縁と異性愛による婚姻で作る核家族によらないオールターナティブな形について議論した。ステップファミリー、国際養子縁組をとりあげ、それらを実践する人たちが感じる問題点は、従来の規範的な家族からのずれが産み出すものだと述べた。上杉富之は、親子関係を一対一で考える一元的親子論から、養子や代理母によって生じる多元的親子論に転換する可能性と必要性を唱えた。また家族については、再生産を持続させるためにケアワーカーが国境を越えて移動する現象について議論し、安里はそれがケア労働の不足と密接に結びついた現象であることを明らかにした。また上野加代子は、ケアワーカー自身が積極的に移民労働者としての人生を「選んでいる」実態について述べ、それがグローバル化の中で弱い立場に置かれた女性たちの生存戦略であると述べた。しかしバーバラ・カッツ・ロスマンは、シングルマザーや中絶、医療を例に、リプロダクションの側面を「選択」の問題として議論する傾向に対して批判を述べた。
リプロダクションについては、中国、沖縄、インドネシア、アフリカにおける家族計画の実態をとりあげ、リプロダクションに介入する、あるいは介入しないように見せかけるさまざまなアクターの存在を明らかにした。また新しい生殖技術や多彩な避妊法の開発、麻酔、帝王切開といった出産方法の選択は、リプロダクションを女性がコントロールしているかのような錯覚を抱かせるが、それは、女性がますます医療や製薬業界の中で力を失っていく過程と見ることもできる。
また、家族とリプロダクションは国家が再生産を遂げるための媒体(手段)と言えるが、いずれもグローバル化と個人化の中で、多様な形をとるようになっている。画一化から多様化への変化が趨勢であるとするなら、多様な形のいずれにおいても人権の尊重という基本が守られることが必要である。

2011年度

本年度は年4回の研究会を予定し、うち1回を館外開催と考えている。本年は最終年度のため、成果報告を視野に入れた研究を進める。まず、家族とリプロダクションを共通の枠組みでとらえることにより、医学パラダイムが優先されがちなリプロダクションを人文・社会科学の視点で検討しなおすこと。現代の多様な家族のあり方を肯定的にとらえる視点を提供すること。国際化、多文化化による現代の課題をとらえること。歴史的な視点を踏まえて現代の課題への対応を考えること。以上を研究の柱とし、研究会においては外部の特別講師に発表を依頼し、その後時間をかけてディスカッションする形をとる。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 安里和晃、井家晴子、菊地真理、小浜正子、白井千晶、菅沼ひろ子、田間泰子、日隈ふみ子、山地久美子
研究会
2011年7月24日(日)10:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
武川正吾(東京大学)・グローバル化と個人化の中の家族政策
報告書作成に関する打ち合わせと各人の執筆内容の確認
2012年3月4日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
報告書作成に関する打ち合わせと各人の執筆内容の確認
進純郎(元聖路加産科クリニック所長)「女性と家族にとって理想的な出産とは」
大石時子(元天使大学教授)「諸外国の例から理想的な出産を考える」
研究成果

第1回目の研究会では、家族とリプロダクションを福祉国家という大きな枠組みから捉え、第2回目の研究会では、医師と助産師という出産現場のミクロな視点からリプロダクションを扱った。家族とリプロダクションは、福祉国家の議論の中では再生産領域に属するが、生産領域と同様にグローバル化と個人化の影響を受けている。グローバル化において、再生産領域でも労働力の国境を越えた移動が生じ、脱ジェンダー化、脱家族化が生じるようになると、武川は述べている。
2回目の研究会では、リプロダクションを活性化し、よりよい形を未来志向で考えるための意見交換を行った。女性が経験するリプロダクションは、そこにかかわる医師と助産師の考え方や技術によって大きく形を変える。したがって、出産現場にかかわる医師と助産師の協働は大きなテーマであり、かつ実現が難しい課題である。進は協働を阻害する要因と促進する要因を整理し、そこには専門職間の権力関係が大きくかかわっていると述べた。出産は家族を作る基礎であるから、満足できる出産を実現することが、それ以降の家族の形成にも大きく影響することとなる。リプロダクションと家族を人権が保障される形に変えていくことが大きな課題であるが、そのためには医学的な出産の安全性の議論だけではない人文・社会学的な議論が必要となる。

2010年度

本年度は年4回の研究会を予定し、うち1回を館外開催と考えている。まず、リプロダクション研究と家族の研究は、人類学においても社会学においてもこれまで別個に行われてきたが、リプロダクションが家族の形を作るとするならば、この両者を共通の視野におさめる研究が必要となる。かつてもまた現在も、リプロダクションは様々な力(医学、避妊薬などを開発する製薬会社、新自由主義経済、家父長制など)の影響下にあるが、それらの力を見えるようにし、リプロダクションの構築のされ方を明らかにする。そして、リプロダクション研究と家族研究を統一的に視野におさめるような視点を見いだすことを目標に研究を進める。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 安里和晃、井家晴子、菊地真理、小浜正子、白井千晶、菅沼ひろ子、田間泰子、日隈ふみ子、山地久美子
研究会
2010年7月4日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
上杉富之「リプロダクションと家族のオルターナティブ―人類学の視点から―」(仮題)
菊地真理「家族のオールターナティブとしてのステップファミリー」(仮題)
2010年10月24日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
高田明(京都大学)「プロセスとしての家族: サン研究における親族概念の再考」
出口顕(島根大学)「北欧の国際養子縁組について」
2010年12月12日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
今後の成果発表に向けて(全員)
田間泰子「奈良県における妊娠・出産経験―奈良県アンケート調査2009から」
2011年2月19日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
安里和晃「人口減少社会におけるケアの担い手問題について」
上野加代子「国境を越える女たち ーシンガポールの住み込み家事・ケア労働者」
研究成果

本年度は、前半に家族のオールターナティブをテーマに、ステップファミリーと国際養子縁組についての研究発表と、文化人類学的な立場から家族を再考する報告を聞き、議論を行った。その中で、親子関係を一対一で考える一元的親子論から、養子や代理母によって生じる多元的親子論に転換する可能性と必要性が、上杉氏から出された。また田間氏は、現在の産科医療をめぐる問題の契機となった奈良県での出産の実態調査について発表し、根拠の明らかでない医療が多用されている現状を明らかにした。また安里氏と上野氏は、再生産労働が国境を越えてなされている現状を報告し、現在の移民がケア労働の不足と密接に結びついていることを述べた。さらに上野氏は、ケアワーカー自身の視点から、彼女らがいわば積極的に移民労働者としての人生を「選び取って」いくさまが「弱者の抵抗」という枠組みを用いて明らかにされた。

2009年度

平成21年度は4回の研究会で、現在日本で生じているリプロダクション上の問題点を取り出す。たとえば同性カップルが子どもをもつことや、法律からはみ出る子どもの処遇などの家族の作り方の問題。出産の質と量をめぐる問題。育児、家事労働、介護ケアの外部化。国際結婚など。これらの当事者を外部ゲストに招いて解決すべき課題を知るとともに、そのテーマに関連する共同研究者の研究発表を行う。また、日本では性別役割分業に基づく家族が依然として多く維持され、そのことが出生率や働き方、産業構造や政治のあり方にまで影響している。日本の社会の方向性を考えることを念頭に、リプロダクションのオールターナティブデザインを考察する。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 安里和晃、井家晴子、小浜正子、白井千晶、菅沼ひろ子、田間泰子、日隈ふみ子、山地久美子
研究会
2009年6月7日(日)9:00~17:00(国立民族学博物館第 第3演習室)
井家晴子「出産をめぐる身体の複数性」
白井千晶「不妊当事者調査と助産師調査の結果から見えるもの」
2009年9月27日(日)10:00~16:30(岡山大学文学部)
松岡悦子「文化としての家族計画」
宮地歌織「家族計画に関する人類学的研究と援助実践について―ケニア、ニカラグア、バングラデシュの経験より―」
2010年1月24日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
澤田佳世「沖縄の生殖をめぐる文化と政治――米軍統治と位牌継承、交渉される「家族計画」を中心に―」
沢山美果子「近世後期の「家」と女の身体・子どものいのち」
2010年3月23日(火)11:00~13:30(奈良女子大学E棟322)
Barbara Katz Rothmanの発表 "Family: obligation or a desirable consumer good?"をめぐる討論
研究成果

本年度は5人の外部講師を招き、うち1回を館外の公開講演会として協賛する形で行った。

今年度は、それぞれの社会・文化において、家族計画の政策がその社会のリプロダクションの形を作り上げるさまを、中国、沖縄、インドネシア、アフリカにおける調査の報告をもとに考察し、ディスカッションを行った。家族計画の問題は、これまでにジェンダー、家族史や家族社会学、生命倫理、女性の健康、人口政策、医療化などの視点から扱われてきたが、松岡は文化として家族計画を見るという視点からの報告を行った。また、性と生殖と産後の子育てを別々に扱うのでなく、一続きのいのちの問題として扱い、ジェンダーの視点から捉える発表が、沢山美果子氏によってなされた。さらに、バーバラ・カッツ・ロスマン氏は、中絶、出産における医療介入、シングルマザーの3つを例に挙げ、リプロダクションや家族を「選択」の問題として議論する最近の合衆国の傾向を批判した。

2008年度

平成20年度は、1泊2日の研究会を3回予定している。1度の研究会に3人ずつ、本テーマに関連する自らの研究を発表して、参加者の間に共通理解を造ることに努める。

【館内研究員】 鈴木七美
【館外研究員】 安里和晃、井家晴子、小浜正子、白井千晶、菅沼ひろ子、田間泰子、日隈ふみ子
研究会
2008年10月4日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2008年10月5日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
研究内容について各自(全員)発表
(1人30分の発表)
2008年12月6日(土)11:00~17:00(日本大学文理学部 3302教室)
2008年12月7日(日)10:00~12:30(日本大学文理学部 7222教室)
異文化におけるリプロダクション(第6回リプロダクション研究会との共催)
井家晴子「モロッコ農村部における人々の記憶と出産の実践」
2009年3月8日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
今後の研究会の進め方についての打ち合わせ
研究成果
家族に関する研究は、文化人類学、社会学において非常に精緻に行われてきているが、リプロダクションに関する研究の蓄積はそれほど多くない。だが、家族とリプロダクションとは切り離すことができないコインの両面のようなものである。今年度は、各メンバーの研究紹介の形をとりながら、リプロダクションと家族がいかに密接に関わっているかに焦点を当てた。大きく分けると、出産研究からリプロダクションの側を見る研究と、家族の側からリプロダクションを照らし出す研究、またリプロダクションと家族の国際移動について研究発表を行い、それについて議論を行った。本共同研究の特徴は、文化人類学、社会学、歴史学、助産学、経済学という異なる視点と方法論が交錯するところにある。来年度に向けて、研究の焦点化が課題である。