朝鮮半島北部地域の民俗文化に関する基礎的研究
キーワード
北朝鮮 、韓国学、脱北者
目的
世界各地を研究対象とする文化人類学という学問分野は、人間の文化についての普遍的な洞察はもちろん、地域研究として各地の民俗文化に関する個別的な見地を蓄積することによっても、広く社会に貢献してきた。本研究の目的は、これまで欠落してきた朝鮮半島北部地域の民俗文化を研究対象とすることで、こうした文化人類学の蓄積をさらに補完することにある。
朝鮮半島北部地域についての研究は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が成立して以来、その政治・外交・経済に関しては進められてきたが、民俗文化の研究は特に日本においていまだ欠落している。現地調査が行えないためである。しかし、朝鮮半島北部地域の民俗文化が研究できないわけではない。一つには、北朝鮮が成立する以前に作られたこの地域の民俗文化に関する資料もあるし、北朝鮮の生活文化に関する先行研究も韓国においては少なからず出版されており、それらを通した基礎的研究が可能である。また、中国の東北地方、中央アジア、日本などの北朝鮮系の人びとを通して、周縁から内情を知ることという方法もある。
本研究は、こうした方法を介することで、朝鮮半島北部地域の文化人類学的研究を日本においても始動させようというものである。
研究成果
「朝鮮半島北部地域の民俗文化に関する基礎的研究」と題した本共同研究は、大きく二つの目的があった。一つはこの地域に関する従前の研究を整理すること、もう一つは「北朝鮮の人類学的研究」を考察することであった。それらのうち、参加者の関心は後者の方に傾きがちであったが、ほぼ以下のような活動を行った。
- 北朝鮮で刊行された研究の紹介・検討があった。(川上、韓)
- 韓国における北朝鮮研究の現状についての発表があった。(岡田・高、朝倉、太田、秀村)
- 韓国で出版された北朝鮮研究図書の翻訳は、『統一に先立って見る北朝鮮の家庭生活文化』(ソウル大学校出版部、2001年)を分担して翻訳し、合評会を行った。
- 脱北者研究についての発表があった。(伊藤、林、李賢珠)
- 北朝鮮の周辺、在日(島村)、在米(小谷)、モンゴル(小長谷)と北朝鮮との関係に関する発表があった。
- 実際に北朝鮮を訪問しての報告があった。(李エリア、韓、伊藤、鈴木)
この地域に関する植民地期に刊行された日本語文献の検討は十分に行うことができなかった。また、北朝鮮研究に関する文献を本館に整備するよう心がけたが、韓国語文献については、共同研究の利点をいかして、翻訳を蓄積できればよかったという反省が残る。ただ、今回の共同研究によって、メンバー各自が「北朝鮮の人類学的研究」に対する必要性と意義を再確認でき、これをきっかけとして韓国研究にとどまらず「朝鮮半島の文化」研究を今後も展開していきたいと考えた。
2012年度
本年度は三回の共同研究会を開き、昨年度まで行ってきたように共同研究者による発表を継続していくとともに、外部からの特別講師を招き、共同研究者各自がもっている直接的・間接的な知見をもとにして相互に議論を行っていく。本年度は最終年度であり、成果の公開にむけての議論も進めていく。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、太田心平 |
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【館外研究員】 | 李愛俐娥、伊藤亜人、浮葉正親、岡田浩樹、川上新二、河上(小谷)幸子、韓景旭、高正子、島村恭則、林史樹、秀村研二 |
研究会
- 2012年9月15日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 岡田浩樹 「北朝鮮避難民受け入れと日本社会―『難民』『難民性』の観点から―」
- 河上幸子(京都外国語大学)「移住履歴からみる朝鮮半島北部――在米コリアン高齢者の語りから」
- 総合討論
- 2012年12月8日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 鈴木文子(佛教大学)「日朝京都友好ネットワーク訪朝報告(人類学班)」
- 秀村研二(明星大学)「韓国キリスト教(プロテスタンティズム)と北朝鮮」
- 総合討論
- 2013年2月23日(土)13:00~19:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 小長谷有紀(国立民族学博物館)モンゴルから見た朝鮮半島
- 浮葉正親(名古屋大学)朝鮮学校卒業生の祖国訪問体験と祖国像の表出
- 全体討論
研究成果
今年度の活動としては、一昨年度から引き続き行ってきたように、メンバーが各自のテーマを発表した。また、これとあわせて「日朝京都友好ネットワーク」で訪朝した研究者を招いて、北朝鮮の現状についての知見を得た。
それぞれのテーマ発表は、北朝鮮でのフィールド・ワークができない現状にあって、韓国キリスト教が北朝鮮のキリスト教をどうみているか、在米コリアン、モンゴル、日本の朝鮮学校などと北朝鮮の関係性をみることで、北朝鮮の現状にアプローチしようというものであった。
また、北朝鮮が崩壊前後に予想される「北朝鮮難民」は、日本においてどのような問題をもたらすのか、この問題を検討することにより見えてくる人類学的課題とは何かを検討した。
2011年度
本年度は3回の共同研究会を開き、主題に関連する先行研究の分析作業を進めていく。同時に、すでに共同研究者各自がもっている直接的・間接的な知見を共有していく。
各回の共同研究会では、各自の分担領域に関する先行研究の分析結果を発表し、その内容についての討議を行なう。この過程で洗い出されるのが、すでに各自がもっている直接的・間接的な知見であり、これらをたたき台として、次年度以降の研究内容を組み立てていく。
また、北朝鮮を専門に研究する特別講師を招聘し、討議する予定である。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、太田心平 |
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【館外研究員】 | 李愛俐娥、伊藤亜人、浮葉正親、岡田浩樹、川上新二、河上(小谷)幸子、韓景旭、高正子、島村恭則、林史樹、秀村研二 |
研究会
- 2011年10月22日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 島村恭則(関西学院大学)「「トンネ」の発見―総聯系エスニックメディアにおける「場所」の物語」
- 韓景旭(西南学院大学)「北朝鮮の歴史認識―考古学に関する中国語文献を通して」
- 高正子(神戸大学)「北朝鮮の文化政策の変遷」
- 全員 討論会
- 2012年1月21日(土)13:30~19:30(国立民族学博物館 第4演習室)
- 川上新二「在家僧部落の宗教文化―北朝鮮で刊行された報告書を基にして」
- 林史樹「大田在住の脱北者からみた社会への適応と葛藤―北朝鮮での生活から韓国での生活へ」
- 総合討論
- 2012年2月26日(日)13:30~19:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 李賢珠(University of Hawaii at Manoa)「歴史的脈絡からみた韓国内脱北者の社会適応過程に関する論議」
- 伊藤亜人(早稲田大学アジア研究機構)「北朝鮮社会研究の人類学的展望―科研費プロジェクト中間報告」
- 総合討論
研究成果
今年度は、共同研究会のメンバー6名と特別講師1名が、それぞれの研究テーマに即して発表を行い、それについて全員で討議を行った。
研究テーマとしては、北朝鮮の文化についてのみならず、韓国社会における脱北者の生活文化、および北朝鮮とのかかわりの強い総聯系の在日朝鮮人に関する発表があった。これは北朝鮮に関しては現地において人類学的調査ができないため、脱北者を通して、あるいは在日朝鮮人を通しての情報収集に頼らざるえないという状況のなかで、まずは彼らを研究対象者として調査するということが背景にある。
しかし、これまでの文献にのみ頼らざるをえない調査からフィールドワークによる調査へと、調査方法の転換がみられている。
今回は基礎的研究であり、研究成果は各自が論文において発表する形を考えている。
2010年度
本年度は三回の共同研究会を開き、主題に関連する先行研究の分析作業を進めていく。同時に、すでに共同研究者各自がもっている直接的・間接的な知見を共有していく。
各回の共同研究会では、各自の分担領域に関する先行研究の分析結果を4名ずつ発表し、その内容についての討議を行なう。この過程で洗い出されるのが、すでに各自がもっている直接的・間接的な知見であり、これらをたたき台として、本年度は次年度以降の研究内容を組み立てていく。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、太田心平 |
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【館外研究員】 | 李愛俐娥、李善愛、伊藤亜人、浮葉正親、岡田浩樹、川上新二、河上(小谷)幸子、韓景旭、高正子、島村恭則、林史樹、秀村研二 |
研究会
- 2010年6月19日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 伊藤亜人「(発表題目未定)」
- 岡田浩樹・髙正子「韓国における北朝鮮研究」
- 2010年10月16日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 合評(全員)『北朝鮮の家庭生活文化』
- 朝倉敏夫「北朝鮮の食文化研究に向けて」
-
2010年12月26日(日)10:30~18:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
2010年12月27日(月)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2セミナー室) - 成果取りまとめのための総合討議(全員)
- 2011年2月20日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 太田心平「脱北者研究にみる北朝鮮の体制と生活の語り」
- 質疑応答および討議
研究成果
北朝鮮研究の出発点にある本研究会の今年度の活動としては、メンバーが各自のテーマを発表すると同時に北朝鮮の民俗文化に関する文献の合評会を行った。
それぞれのテーマ発表は、北朝鮮でのフィールド・ワークができない現状にあって、どのように研究テーマに接近するかという研究方法の検討に焦点をあてて行ったが、今年度の発表からは以下のようなことが明らかになってきた。
従前の研究においては韓国での文献に頼らざるをえないが、それらは脱北者を通した情報収集が中心となっている。これらの研究は、現在の韓国を基準とした枠組みで調査が行われており、脱北者からの聞き取り調査には彼らの立場によるバイアスがかかっている。そうした限界を認識したうえで、読み取っていくことが必要である。
2009年度
本研究は、在外の北朝鮮系コリアンについての知見を有し、かつ韓国の民俗文化に精通した文化人類学者たちを中心として行う。10月にキックオフ・ミーティングを開催し、共同研究の方向性を確認しながら、メンバー各自がもつ知見を交換する。この際には、北朝鮮の民俗文化に関する先行研究の整理を分担する計画を立てる。この分担発表作業により、メンバー各自がもつ知見のボトム・アップを図る。
本研究の代表者は、科学研究費補助金(基盤研究(B)海外調査)として、「東アジアにおけるコリアン・ネットワークの人類学的研究」(課題番号21401046)を、本研究と同じ平成21年度より平成24年度に配分されている。これにより本研究の中心メンバーたちは、日中韓の三カ国をはじめとする東アジア各国にて、北朝鮮系コリアンを含む在外コリアンの調査研究を行う。
先行する研究動向の分担整理と分析作業を行いつつ、上記の科研費により各自が分担調査した地域で北朝鮮系コリアンを通してえた北朝鮮の民俗文化に関する知見を発表しあうとともに、必要に応じては、政治・外交・経済などの分野で北朝鮮をあつかう研究者や、学界外の北朝鮮研究家も特別講師として招いて共同研究会を行っていく。これにより、本研究に独自の「北朝鮮民俗文化論考」を積み重ねていく。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、太田心平 |
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【館外研究員】 | 李愛俐娥、李善愛、伊藤亜人、浮葉正親、岡田浩樹、河上(小谷)幸子、韓景旭、高正子、島村恭則、林史樹 |
研究会
- 2009年12月13日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 趣旨説明および方針策定
- 韓景旭「写真からみる北朝鮮の現状」
- 2010年2月7日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 川上新二「1950年末~60年初めにかけて北朝鮮科学院で刊行された民俗学関係研究書について」
- 李愛俐娥「北朝鮮訪問報告」
- 秀村研二「朝鮮半島北部地域のキリスト教研究にむけて」
- 岡田浩樹「北朝鮮の「民俗」研究と「社会主義」についての人類学的研究――韓国地域(国民国家)研究を越えて」
研究成果
研究会の初年度であり、初回の研究会において、メンバー各自がどのようなテーマおよび方法で研究を進めていくかについての抱負を提示してもらい、次年度以降は各自が研究テーマに即した発表をしていくことにすると同時に、従前の研究の文献リストおよび翻訳すべき図書を選定し翻訳作業を進めていくことにした。
現在の北朝鮮では人類学的な現地調査は不可能であるが、今年度の研究会では実際に北朝鮮に訪問した研究会のメンバーにより、映像を通して現在の北朝鮮の状況を報告してもらった。また、特別講師として川上氏が北京在住時に入手した北朝鮮の民俗学的資料について発表してもらい、これらに基づき研究会メンバーからの質問・議論がなされた。