物質性の人類学(物性・感覚性・存在論を焦点として)
キーワード
物質性、感覚性、存在論
目的
インターネットをはじめとするテクノロジーの革新による仮想現実の蔓延の結果、人文社会科学の領域においても、人間にとっての物質世界の重要性が急速に低下しているかに見える。しかし、人間は依然として、(それぞれ特定の物性をもつ生物や無生物、自然物や人工物から構成される)物質世界のなかに存在し、その物質世界に物質たる身体の感覚を介して物質的に関与する、それ自身徹頭徹尾、物質的存在でありつづけている。本研究は、人間の生活と人生の基盤をなす「物質性」(materiality)が人類学においてこれまで不当に看過されてきたとの認識に立ち、今後の人類学が問うべき「物質性」に関する問題系を、物性・感覚性・存在論の観点からラディカルに再考察することを通じて明らかにすることと、「物質性」に照準する具体的な手触りのある事例研究を、各自のフィールドワークに基づいて生みだし、今後の研究のために範を示すことを目的とする。
研究成果
起承転結の「起」(2011年度)では問題意識の共有に努め、①研究代表者による「物質性の人類学」についての問題提起および「物質性」への各自の関心について確認する作業を経て、②先行研究として、T.インゴルドの論文を素材に「物質性」という概念に関わる対立点について、E.ヴィヴェイロス・デ・カストロの論文を素材に「物質性」と「存在論」の関係について検討した。
「承」(2012年度)では個別報告を通して交錯する論点を探った。③「ゴミと物質性」についての全員によるミニ報告。④「からだの物質性」についての3報告。⑤考古学における「物質性」についての2報告ならびに展示物の触感(および「肖像」)についての1報告。⑥(不)可視性と(不)可触性という観点からケガレとモノについての1報告。
「転」(2013年度)においては、「物質性の人類学」の対象の拡大を模索した。⑦「血」をテーマとする論集を素材として「液体の物質性」について、全員のミニ報告を通して「火で焼くという物質的変化」について討論した。⑧仮面・芸能・宗教に照準した3報告をベースに、仮面と人をめぐる物質性について討論した。⑨古代出雲歴史博物館で研究会を開催し、同館所属の考古学者の報告「素材の面からみた縄文時代呪術具」にもとづいて素材と形について討論を行った。
「結」(2014年度)では「物質性の人類学」の可能性について総括的に議論した。⑩「物質と非物質のあいだ」についての全員のミニ報告を通して物質性の輪郭を搦手から再検討した。⑪民博で開催中の『イメージの力』展を新国立美術館で開催された同展と比較しつつ、展示における物質性というテーマについて討論を行った。⑫成果公開を視野に入れて、「物質性の人類学」の射程について総括的検討を行った。
物質性という概念の対象領域の広さゆえに、精緻な分析枠組を共有するまでには至らなかったが、楽しく活発な討論を通じて、「物質性の人類学」の問題領域の広がりと追究すべき問題群について、相当程度の共通理解に到達できたことは大きな成果であり、「物質性の人類学」の今後の展開につながる基盤を整えることができた。
2014年度
第1期「起」(物質性についての問題提起および問題意識の共有)、第2期「承」(物質性を焦点とする個別研究の提示と交錯する論点の整理)、第3期「転」(物質性にかかわる多様な論点の洗い出しを通じての視野の大幅な拡大、ならびに古代出雲歴史博物館で研究会を開催しての「出雲」というフィールドにおける「物質性の人類学」のケーススタディ)を受けて、最終年度においては、第4期「結」として、共同研究成果の総括的ディスカッションおよび成果公開のためのディスカッション(単行本出版とシンポジウムを視野に入れて)のための研究会を開催し、共同研究の総括と成果公開の準備を行う。具体的には、これまでの研究会で提起された様々な問題をベースとして概念整備・理論化へと収斂させていくことによって、今後の「物質性の人類学」にとって利用可能な問題群とツールボックスを整備していくことを目指す。
【館内研究員】 | 関雄二、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 秋山聰、鏡味治也、川田順造、佐々木重洋、武井秀夫、出口顯、松本直子、溝口孝司、箭内匡、渡辺公三 |
研究会
- 2014年7月12日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 全員のミニ報告および討論:「物質と非物質のあいだ」
- 成果公表についてのディスカッション
- 2014年9月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 『イメージの力』展見学および「展示と物質性」についての総合討論
- 成果公表についてのディスカッション(公刊書籍の趣旨および構成)
- 2014年12月14日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 全員による総括討論「物資性の人類学の可能性」
- 成果公表についてのディスカッション
- 2015年1月10日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 全員による『物質の流れのなかで』(仮題)公刊に向けてのディスカッション
- 研究代表者(古谷)による「物質性の人類学」の今後の展開についての問題提起
研究成果
第4期「結」として、やや包括的なテーマについてのディスカッションのための研究会を2回開催した。具体的には、(1)「物質と非物質のあいだ」というテーマの下で各自がミニ報告を行い、物質性の問題そのものを搦手から再度あぶりだすことを試みた。(2)民博で開催中の『イメージの力』展を見学し、新国立美術館(東京)で開催された同展の展示との比較を視野に入れて、展示における物質性というテーマについて討論を行った。(3)最終回の研究会において、これまでの研究会で提起された様々な問題について再度検討することを通して、今後の「物質性の人類学」の展開を視野に入れた総括的検討を行った。分析概念等、共通のツールボックスを整備するという目標は予想以上に困難であったが、広範な議論を通して、問題領域の広がりとさらに追究すべき問題群についてかなり具体的な共通理解に到達することができた。単行本出版を視野に入れて、書籍の全体構成等、成果公開のための準備作業を行った。
2013年度
第1期「起」(「物質性」についての問題提起および問題意識の共有)の基盤の上に実施された、第2期「承」における「物質性を焦点とする個別研究の提示と交錯する論点の整理」を継続して、メンバーによる個別報告を通じて、物質性にかかわる多様な論点を洗い出す。同時に、第3期「転」として、大胆な展開を試みる。具体的には、(1)メンバーでカバーできない領域(特に「感覚性」を想定している)について4名程度の外部講師を招聘して学習し、(2)全メンバー参加による研究会(2泊3日)を長崎市において開催して、原爆資料および隠れキリシタン関係資料に基づいて、現地専門家の参加を得て、現物に即して議論することを通じて、(3)「物質性の人類学」の基礎概念を練り上げ、(4)個別研究を位置付ける共通の理論的枠組みの可能性を探る。
【館内研究員】 | 関雄二、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 秋山聰、鏡味治也、川田順造、佐々木重洋、武井秀夫、出口顯、松本直子、溝口孝司、箭内匡、渡辺公三 |
研究会
- 2013年6月15日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 「液体の物質性:血とか水とか」課題文献の講読および全員によるミニ報告
- 全体討論
- 2013年9月21日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 佐々木重洋(名古屋大学)「「物質性」から再照射される仮面論」
- 吉田ゆか子(国立民族学博物館)「インドネシア・バリ島の仮面と物性」
- 仮面と物質性をめぐる討論
- 2013年9月22日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 鏡味治也(金沢大学)「バリ人のモノ観とヒト観」
- 共同研究の中間的総括のための全体討論
- 2013年12月8日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 全員のミニ報告および討論:「火で焼くという物質的変化について」
- 成果公表についてのディスカッション
- 2014年3月2日(日)10:00~17:00(島根県立古代出雲歴史博物館(島根県出雲市))
- 古代出雲歴史博物館展示の見学およびディスカッション
- 柳浦俊一(古代出雲歴史博物館)「縄文時代呪術具素材に対する価値観―中国地方の資料を中心に―」
- 島根県在資料を焦点とする物質性の人類学についての包括ディスカッション
研究成果
起承転結の「転」にあたる第3期(2013年度)においては、3つの方向で「物質性の人類学」ならではの問題設定と分析方法を模索した。第一に、基本的な物質および物質変化を素材として「物質性の人類学」のアプローチを試みた。具体的には、「血」をテーマとした諸論考を素材として「液体の物質性」について討論を行い、参加者全員のミニ報告を素材として「火で焼くという物質的変化」について討論を行った。第二に、「物質としての仮面」と「バリ島の芸能・宗教」という2つのテーマで連続した3報告をベースに討論し、特定のコンテクストに即した 分析手法を追求した。第三に、館外(古代出雲駅史博物館)で研究会を開催し、遷宮を実施した出雲大社関係資料をはじめとする同館展示を見学し、同館所属の考古学研究者による「素材の面からみた縄文時代呪術具」についての報告にもとづいて討論を行った。以上のような、物質性にかかわる人類学的議論の多面的な展開を承けて、最終年度には、理論的な概念構築などを通じて「結」へと導く予定である。
2012年度
第1期「起」(「物質性」についての問題提起および問題意識の共有)によって整えられた基盤の上に、第2期「承」にあたる平成24年度においては、「物質性を焦点とする個別研究の提示と交錯する論点の整理」を行う。そこでは、各メンバーが実施してきた、あるいは現在実施しつつある研究について報告し、その成果を共有することを目指す。この段階では、「物質性」という問題系の多様性および広がりを確認することを重点とする。年度内に5回の共同研究会を開催し、第1回では、全メンバーの個別研究の予備的提示とディスカッションを行い、共同研究として焦点化すべきトピック・概念の洗い出しを試みる。第2回~第5回は、各回2~3名ずつ、「物質性」に関わる個別研究の報告を行い、相互の関連付けを視野に入れたディスカッションを行う。なお、それに加え、「感覚性」に関わる問題提起のために、心理学・神経科学方面の専門家を外部から招聘して報告をお願いすることを予定している。
- 研究代表者による問題提起
- 共通図書の輪読による問題意識の共有
【館内研究員】 | 関雄二、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 秋山聰、鏡味治也、川田順造、佐々木重洋、武井秀夫、出口顯、松本直子、溝口孝司、箭内匡、渡辺公三 |
研究会
- 2012年5月12日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 全員「ゴミと物質性」をめぐるミニ問題提起
- 全員「ゴミと物質性」をめぐる総合討議
- 2012年7月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 秋山聰(東京大学)「西洋中近世におけるキリスト像の生動性をめぐって」
- 出口顯(島根大学)「エンバーミングと記号化する身体」
- 武井秀夫(千葉大学)「からだを形作ることば」
- 全員「からだと物質性」についての総合討論
- 2012年11月10日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 松本直子「考古学からみた物質性:象徴的人工物と物質性」
- 溝口孝司「物質性と考古学:社会性の変容との関連から」
- 野林厚志「触感という観点からの展示物の解釈」
- 全員「考古学からみた物質性」についての総合討論
- 2013年2月2日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第7セミナー室)
- 川田順造「モノとケガレ―物質が内包する可視触性と不可視触性―」
- 質疑応答およびコメント
- 全体討論
研究成果
起承転結の「承」にあたる第2期(2012年度)においては、メンバー各自による個別研究の提示と交錯する論点の整理を行い、「物質性」という問題系の多様性ならびに広がりを確認した。具体的には、計4回の研究会を実施し、第一回研究会においては、「ゴミと物質性」というテーマで出席者全員がミニ報告を行った後、世界の物質性について考える際に「ゴミ」という切り口がどのように有効であるのか自由討論を行った。第二回研究会においては、「西欧中近世におけるキリスト像」「現代日本のエンバーミング」「コロンビアのトゥユカ族の身体」についての報告を通して「物質性」という視点から「からだ」について討論した。第三回研究会においては、人の進化とモノとの関わりについての考古学の見地からの2報告ならびに展示物の触感についての1報告が行われた。第四回研究会においては、(不)可視性と(不)可触性という観点からケガレとモノについて報告があった。
2011年度
「物質性」という問題提起および問題意識の共有(本共同研究を生産的なものとするため、従来の研究の総括的レヴューを行い、今後検討すべき問題点を網羅的に精査し、議論のための共通基盤を固めることをめざす)
- 研究代表者による問題提起
- 共通図書の輪読による問題意識の共有
【館内研究員】 | 関雄二、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 秋山聰、鏡味治也、川田順造、佐々木重洋、武井秀夫、出口顯、松本直子、溝口孝司、箭内匡、渡辺公三 |
研究会
- 2011年12月3日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 古谷嘉章(九州大学)「共同研究会についての趣旨説明と問題提起」
- 共同研究会メンバー全員「物質性の人類学をめぐる各自の研究状況の説明」
- 全員「総括討論および今後の研究計画の策定」
- 2012年2月11日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
- 全員・先行研究のレヴューと討論
研究成果
2011年度は、「物質性」という問題意識を共有することをめざし、従来の研究の総括的レヴューを行い、今後検討すべき問題点を網羅的に精査し、議論のための共通基盤を固めることに努めた。具体的には、2回の研究会を実施し、第一回研究会においては、研究代表者が用意したペーパー(「共同研究『物質性の人類学』のめざすもの」)にもとづいて趣旨説明と問題提起を行い、メンバー各自が現段階で焦点化したい「物質性」に関連するトピックについて簡単に説明した。第二回研究会においては、事前に配布して予習を義務付けておいた2篇の論文にもとづいて包括的な議論をおこなった。(1)T.インゴルドの論文にもとづいて、「物質性」という概念にかかわる対立点を検討した。(2)E.ヴィヴェイロス・デ・カストロの論文にもとづいて、「パースペクティヴィズム」を焦点として、「物質性」と「存在論」の関係についての検討をおこなった。