国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代の保健・医療・福祉の現場における「子どものいのち」

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 道信良子

研究プロジェクト一覧

キーワード

子ども、いのち、方法論

目的

子どもは、年齢、性別、環境の違いにかかわらず生きることにおける主体性をもち、自分のいのちに関する情報を発信している。個別社会や文化にはその情報を捉えるための共通の「認識枠組み」が発達しているが、他方において、社会や文化の内部における微妙な認識の違いもみとめられる。現代社会ではその認識のギャップが大きくなり、子どもの医療や福祉の政策に影響を与えている。そこで、本研究では、人類学、社会学、医学および保健医療分野の研究者による学際共同研究を行い、現代の保健・医療・福祉の現場における「子どものいのち」のありようとその捉え方について考察する。研究の成果は、人類学と保健・医療・福祉、それぞれに意義のある問題の取組みに応用する。

研究成果

本共同研究では合わせて11回(公開研究会3回、内館外開催2回を含む)の研究会を開催した。公開研究会では、子どもの死別体験、予防接種行政、子どもの在宅医療、小児リハビリテーションなどをテーマに子どものいのちを支える社会のしくみについて議論した。この他、館内の研究会に5人の特別講師を招へいし、新生児集中治療室の看護、被災地の子育て支援とスクールソーシャルワーク、沖縄の島の子どもの日常生活といじめ、子育てにおける子どもと家族の相互作用など、多様な場面における子どもの日常や、それぞれの職種からの子どものいのちの捉え方について議論した。最終年度には、人類学と保健・医療・福祉の学問分野の知見をあわせて、子どもの健康や医療に関わる現代的課題に協働で取り組むための方法を考え、日本文化人類学会(第48回研究大会)において中間的な成果を報告し、北海道利尻島で子ども向けのワークショップを開催した。
(1) 出版
道信良子編著『いのちはどう生まれ、育つのか―医療、福祉、文化と子ども』(岩波ジュニア新書 799) 東京: 岩波書店 2015年
(2) 公開研究会
1. 2012年6月(札幌)「子どものいのちと向き合う-医療・福祉の現場から」子どもにとっての生と死の経験、子どもの死別体験もふまえて(岩本喜久子)、日本の予防接種・感染症対策と子どものいのち(神谷元)
2. 2013年6月(札幌)「障害・病気をもつ子どもの医療 〜在宅医療とリハビリテーション」医療と福祉の協働によって支える子どものいのち-我が国における小児在宅医療の意義(前田浩利)、家族を中心とした子どものリハビリテーション(樋室伸顕)
3. 2014年10月(民博)「地域における疾病予防と子どものいのち」疾病予防をめぐる地域社会の取り組み:マラリアを事例として(白川千尋)、子どものいのちを守るプライマリヘルスケア-ザンビア共和国での踊る保健教育(藤田美樹)
(3) ワークショップ
日本学術振興会助成事業ひらめき☆ときめきサイエンス「子どものいのちと対話しよう!―世界の子どもの生活と医療」北海道利尻富士町 2014年9月(道信良子(代表)、加賀谷真梨、白川千尋、幅崎麻紀子、樋室伸顕、藤田美樹)

2014年度

研究会を1回開催し、研究成果の出版に向けた議論とこれまでの総括を行う。また、「地域における疾病予防と子どものいのち」というテーマで、最終年度の成果発表を兼ねた公開研究会を民博で行う。対象は文化人類学の研究者の他に、地域医療や小児医療に携わる医療者や本テーマに関心をもつ一般市民を予定している。

【館内研究員】 信田敏宏
【館外研究員】 神谷元、亀井伸孝、白川千尋、波平恵美子、西方浩一、幅崎麻紀子、樋室伸顕、藤田美樹、前田浩利、山崎浩司
研究会
2014年10月25日(土)10:00~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
全体会議 研究成果の出版に向けて
道信良子 企画書の説明 他
2014年10月26日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
全体会議 共同研究のまとめ
公開研究会
研究成果

本年度は研究員及び特別講師による研究発表及び議論によって明らかになったことを研究の当初の目的に照らしてまとめた。具体的には、保健・医療・福祉の現場で働く医療者、病気や障がいのある子どもの家族、保健・医療・福祉の領域で研究活動を行っている研究者それぞれの「子ども」と「いのち」に対する考え方・捉え方とその共通性について議論し、人類学、社会学、医学及び保健医療福祉分野の研究者・実践家が子どものいのちに関わる課題に協働で取り組むための基本的視点について議論した。5月の日本文化人類学会(第48回研究大会)において中間的な成果を報告し、9月に日本学術振興会「ひらめき☆ときめきサイエンス」の助成を得て、利尻島で小学生向けのワークショップを開催した。10月に「地域における疾病予防と子どものいのち」というテーマで公開研究会を民博で行い、翌年3月に最終成果を中高生向けの本にまとめ、岩波ジュニア新書から刊行した。

2013年度

研究会を4回開催し、次の7つの研究課題について議論する。(1)こどもの理学療法や作業療法に携わっている医療者が、障がいをもつこどもたちやその家族の視点からこどものいのちについて考える。(2)NICUに携わる医療者の立場から、新生児のいのちについて考える。NICU退院児等親子の意見をもとに整備された周産期医療センターから特別講師を招へいする。(3)オセアニアにおけるマラリア対策を中心として、個別社会の医療環境、医療政策、医療資源によって規定されるこどものいのちについて考察する。(4)大衆メディアにおける死をめぐる言説の分析を通して、現代の日本社会におけるこどものいのちの表象について考える。(5)アフリカの狩猟採集民社会におけるこどもの死生観について考察する。(6)生殖を否定する日本の若年女性の身体観について、助産学・医療人類学の観点から考察する。(7)こどもの在宅医療に携わっている医師の立場から、自宅で療養するこどもが適切な医療を受け、よりよく生きることができる社会の仕組み作りについて考察する。

【館内研究員】 信田敏宏
【館外研究員】 神谷元、亀井伸孝、木村晶子、白川千尋、波平恵美子、西方浩一、幅崎麻紀子、樋室伸顕、藤田美樹、前田浩利、山崎浩司
研究会
2013年6月22日(土)10:00~17:00(札幌医科大学記念ホール)
全員「平成25年度の研究計画と研究成果公開計画」「公開研究会の打ち合わせ」
道信良子(札幌医科大学)趣旨説明「障害・病気をもつ子どもの医療―在宅医療とリハビリテーション」
前田浩利 (子ども在宅クリニックあおぞら診療所墨田)「医療と福祉の協働で支える小児在宅医療 」
樋室伸顕(札幌医科大学)「障害児とその家族のためのリハビリテーション」
波平恵美子(お茶の水女子大学名誉教授)「コメント」
全員「全体討論」
2013年9月15日(日)9:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
道信良子(札幌医科大学) 「平成25年度第1回研究会経過報告」「中間総括」
全員「次年度研究計画の検討」
全員「成果公表についての議論」
伊東祐子(国立病院機構福島病院周産期母子医療センター・新生児部門副師長)「福島の新生児看護の現場から」
山崎浩司(信州大学医学部保健学科)「子どものいのちを描いた大衆メディア――その死生学的分析といのち教育における活用の可能性」
全員「全体討論」
2013年12月21日(日)10:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
道信良子(札幌医科大学) 「平成25年度第2回研究会経過報告」、「平成25年度研究計画及び研究成果の公表について」
全員「本の執筆に向けて」、「平成26年度公開研究会について」
田辺けい子(神奈川県立保健福祉大学)「子どものいのちを育む環境を考える――<生殖から離れている身体>という視点から」
白川千尋(大阪大学)「マラリア対策の「問題」とマラリアのリアリティ」
全員「全体討論」
2014年3月9日(日)9:00~15:30(国立民族学博物館 大演習室)
道信良子(札幌医科大学)「今年度のまとめと来年度の研究計画(出版計画、公開研究会)について」
西方浩一(文京学院大学)「食べる機能に困難をきたした子どもとその作業療法支援―子どもの生きる力を育む関わり」
亀井伸孝(愛知県立大学)「障害をもつ子どもの生態人類学的理解: 身体と資源利用に注目して」
全員「全体討論」
研究成果

研究会を4回開催し、次の7つの研究課題について議論した。(1)こどもの理学療法および作業療法におけるこどものいのちのとらえ方とその具体的な方法。(2)新生児集中治療における児のいのちのとらえ方とケアの方法。福島県の周産期医療センターから特別講師を招へいし議論した。(3)マラリアをめぐる国際医療協力のチャレンジとおもしろさについて、マラリアは地域の人びとが共有する物語のなかに存在しないという観点からの考察。(4)大衆メディアで表象される「死」をめぐる言説の死生学的分析とそのいのち教育への活用。(5)アフリカの狩猟採集民社会におけるこどもの毎日の生活や遊び、障がいをもつこどもたちの資源利用。(6)生殖を否定する日本の若年女性の身体観。(7)こどもの在宅医療の課題および福祉と医療の連携による在宅医療の仕組み作り。これらの研究発表により、こどものいのちを文化と身体性の2つの側面から相対化して考察することの大切さが明らかになった。

2012年度

研究会を4回開催する。各回の研究内容は次の通りである。(1)子どもが日々の生活において経験する「生きること」「死ぬこと」をめぐる現象について、子どもの死別経験もふまえて考察する。(2)文化人類学の「子ども理解」や「いのちの捉え方」について整理し、現代の保健・医療・福祉の領域における子ども理解に文化人類学の知見を応用する方法について考察する。(3)マラリア・エイズ対策における「子どものいのち」の捉え方を整理し、社会の医療環境や医療資源によって規定される「子どものいのち」の具体について考察する。 (4)日本の予防接種行政や感染症対策全般における「子どものいのち」の捉え方について考察する。

【館内研究員】 白川千尋
【館外研究員】 岩本喜久子、神谷元、亀井伸孝、木村晶子、波平恵美子、樋室伸顕、藤田美樹、山崎浩司
研究会
2012年6月9日(土)10:00~18:00(札幌医科大学基礎医学研究棟5階共通会議室)
全員「平成24年度の研究計画と研究成果の役割分担、公開研究会の打ち合わせ」
道信良子(札幌医科大学)趣旨説明「子どものいのちと向き合う―医療・福祉の現場から」
岩本喜久子(札幌医科大学)「子どもにとっての生と死の経験、子どもの死別体験もふまえて」
山崎浩司(信州大学)「コメント」
神谷元 (国立感染症研究所感染症情報センター)「日本の予防接種・感染症対策と子どものいのち」
白川千尋(国立民族学博物館)「コメント」
全員「全体討論」
全員「研究会の振り返り」
2012年10月27日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
第1回研究会の経過報告・討論
第3回と第4回研究会について
成果公表における役割分担について
高田明(京都大学)「子どものエスノグラフィ: 進化,ポリティックス,相互行為」
波平恵美子(お茶の水女子大学名誉教授)「こどものいのちと親子の関係, その変化を通しての分析」
全員 総合討論
2013年1月26日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
第2回研究会(10月27日開催)の経過報告
第4回研究会について
成果公表について
藤田美樹(北海道在宅総合ケア事業団)「ザンビア共和国プライマリーヘルスケアプロジェクト――踊る大保健教育」
加賀谷真梨(国立民族学博物館)「人類学でいじめを読む」
道信良子(札幌医科大学)「北海道利尻島で生活する児童の身体性――身体と生活環境とのかかわりから」
全員 総合討論
2013年3月9日(土)10:00~15:00(国立民族学博物館 第4演習室)
道信良子(札幌医科大学) 「第3回研究会経過報告」
全員「次年度研究計画の検討」
全員「成果報告について議論」
幅崎麻紀子(筑波大学)「子どもの『身体の声』を理解するローカルな営み:ネパールを事例として」
全員「今年度共同研究のまとめ」
総合討論
研究成果

第1回公開研究会の岩本報告は、グリーフワークにおいてこどもの声を傾聴し、それをおとなの立場から解釈しないことの大切さを指摘した。神谷は「集団予防」という概念を用いて予防接種の社会的意味について述べた。第2回研究会の波平報告は、日本の村落社会において人のいのちは家族、親族、地域社会による承認の上に成り立っていたことを示した。高田は、アフリカのサンの養育者とこどもとのかかわりの詳細を「共同的音楽性」と「ジムナスティックス」という概念を用いて分析した。第3回研究会では、藤田がザンビア共和国における住民参加型の母子保健プロジェクトの内容と効果について、加賀谷が日本の離島の小学校におけるいじめの構造について、道信が小学生児童の身体性について離島の生活環境や学習規律とのかかわりから論じ、フィールドワークによるこども理解の可能性と課題について述べた。第4回研究会では、幅崎がネパールにおける乳幼児のケアにおいて、養育者がこどもの身体動作に応答するような文化的様式があることを指摘した。

2011年度

初年度(平成23年度)に研究会を2回開催し、(1)共同研究の目的・意義・成果についての共通理解を形成し、共同研究員がこれまでに行ってきた研究内容を開示する。(2)災害時の子どものケアを行っている専門家を招聘し、子どものグリーフについて考える。(3)子どもの日常生活の遊戯性から、子どもの「いのち」の観念について考察する。

【館内研究員】 白川千尋
【館外研究員】 岩本喜久子、神谷元、亀井伸孝、木村晶子、波平恵美子、樋室伸顕、藤田美樹、山崎浩司
研究会
2011年12月4日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室)
道信良子(札幌医科大学)共同研究の趣旨と方向性について
全員 自己紹介と各自の研究テーマについて
全員 総括討論・第2回研究会について
2012年3月3日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
久保香世(岩手県教育委員会派遣スクールカウンセラー)「被災地における子ども支援の現状と課題―岩手の現状に即した子どものこころのサポート」
櫻幸恵(岩手県立大学)「被災地における子ども支援の現状と課題―陸前高田市での親子の広場への支援」
全員 全体討論
2012年3月4日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
全員「被災地における子ども支援」のふりかえり
共同研究員3名 自己紹介
全員 平成24年度の研究計画と研究成果の役割分担についての討議
研究成果

第1回研究会では、共同研究の趣旨及び目的を説明し、研究の実施計画と研究成果の公開計画について確認した。各研究員が本共同研究で行う研究テーマを述べ、質疑応答を行い、互いの学問領域や専門領域に対する理解を深めた。第2回共同研究会のテーマと発表者について議論した。
第2回研究会では、東日本大震災の被災地における子ども支援の現状と課題について、以下の手順で考察した。1日目は特別講師2名を招聘し、子ども支援の具体的な内容を理解し、その取り組みを支えている方策の考え方や手法、「子どものいのち」の捉え方などについて学んだ。2日目はこれらの学びをふまえて、震災後の日本において、子どものいのちを育むよりよい環境作りのために、人類学、社会学、医学および保健医療分野から、いかなる知見が提供できるかについて議論した。