国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

帰還移民の比較民族誌的研究――帰還・故郷をめぐる概念と生活世界

共同研究 代表者 奈倉京子

研究プロジェクト一覧

キーワード

帰還移民、故郷、生活世界

目的

国際的な移動が一般化するにつれ、世界各地の帰還移民の研究も近年盛んになりつつある。だが、先行研究では、「帰還」を移民が出身国を出てそこに戻るだけの現象として捉えた結果、帰還移民に含まれる「移住先に数世代滞在した後に本国に戻った」移民の形態が等閑視されてきた。そのため、「帰還」という経験の多様性や「故郷」という概念が内包している論点――頻繁な往復や第三国への再移住、出身地と同時に移住先も「故郷」として認識されていること――について、他分野の研究成果との対話は乏しいばかりか、人類学内でも十分に議論されているとは言いがたい。

こうした状況を踏まえ、本研究では帰還移民の生活世界について比較民族誌的に考察をし、まずは「帰還」や「故郷」をめぐる概念の再検討を行いたい。それにより人類学内での理論的な統合を試みることで、他分野との帰還移民研究の対話に向けてのモデルを構築できる。更には、人類学的研究では見過ごされがちであった20世紀の(脱)植民地/帝国化といった歴史性にも配慮しつつ、両概念を批判的に検討することを通して、「帰還移民」の生活世界の創造や戦略といった問題群に切り込む方法論を案出することを目的としている。

研究成果

平成23年度は、人類学における帰還移民研究の位置づけを確認し、また目指される研究枠組みについて、各参加メンバーと方向確認・意見交換を図った。さらに、本共同研究の分析概念となる「帰還」、「帰還移民」の定義について再検討をし、「定住を前提とする」という点を緩く捉えていくことにした。今後は、「帰還」、「故郷」の概念化を図るうえで、当事者にとって何が本質的な要素となっているかに留意し、各自の事例報告に基づいて、「帰還」概念を整理し、最終的に「帰還移民」の姿をあぶりだしていくという方向を共有した。
平成24年度は、本共同研究のキーワードの1つである「帰還」概念について、対象国の行政用語・法律用語での呼称や位置付けられ方、当事者の語りを通してみた自己認識の仕方、研究者など第三者の捉え方について整理を行い、誰が「名づける」のか、誰が「名乗る」のかに注意しながら比較検討を重ねた。その議論の中で、植民地からの人の移動を表す場合に用いられる傾向にある「引揚」という語を「帰還」と同じ意味で使用してよいのかという問題も提起された。加えて、「入植型帰還移民」の経験に関する事例報告を通して、当事者の経験は「ホスト社会」においてどのように公共的な記憶として想起されるのか、「不可視的移民」とも呼ばれる帰還移民はいかにして可視化されるのか、集合的アイデンティティはどのように形成されるのか、といった問題についてもディスカッションを行った。これに付随して、国民国家や国民がもつ両義性についても議論された。最終年度は、帰還移民の「生活世界」に重点を置き、ゲストスピーカーを含む5名が報告を行った。更に、静岡県立大学グローバル・スタディーズ研究センターと共催で、総括シンポジウムを開催した。第一回研究会では、在日ブラジル人・在外ブラジル人の生活世界について、個人・ローカルレベル並びに集団・トランスナショナルレベルから「自己実現」をキーワードに報告が行われた。帰還移民が何らかの自己表現・自己実現のツールを手に入れることにより、自らの生活世界を創造していくことは、新たな居場所・「故郷」を見出すことにつながること等が議論された。 第二回研究会では、山田がドイツにおける第二次世界大戦終結直後に東欧地域から強制追放されたドイツ人(被追放民/ハイマートフェアトリーベネ)と、これ以降に東欧からドイツへ移住した「ドイツ人」(アウスズィードラー、シュペートアウスズィードラー)、在日ベトナム難民、1969年にミャンマーから中国へ「帰還」した帰国華僑の事例から、ある特定の土地に所属意識を見出すことができず、土地と所属意識の結びつきから抜け落ちる人の「ホーム」について考察された。

2013年度

  1. 4月28日
    発表者(1)ゲストスピーカー 在日ブラジル人当事者のご報告
     発表者(2)渡会環:在日ブラジル人の生活世界
  2. 7月中旬
     発表者(1)比留間洋一:ベトナム難民の帰国者の生活世界 
     発表者(2)山田香織:ドイツ系帰還移民のアソシエーション活動
     発表者(3)奈倉京子:中国系移民の故郷認識と「帰還」体験
     発表者(4)ゲストスピーカー
  3. 1月下旬
     全員で論文の読み合わせ
【館外研究員】 浅川晃広、足立綾、飯島真里子、市川哲、大川真由子、比留間洋一、山田香織、渡会環
研究会
2013年4月28日(日)11:00~16:30(国立民族学博物館 第3セミナー室)研究会記録
アンジェロ・イシ(武蔵大学)「トランスナショナルなイベントから考える<在日ブラジル人>と<在外ブラジル人>の生活世界」
渡会環(愛知県立大学)「自己実現からみる在日ブラジル人の生活世界」
2013年11月24日(日)11:00~16:50(国立民族学博物館 第2セミナー室)研究会記録
山田香織(香川大学)「ドイツにおける二つ時代の「帰還」現象と故郷認識」
比留間洋一(静岡県立大学)「在日ベトナム難民の新しい物語:「二世」にとっての「故郷」をめぐって」
奈倉京子(静岡県立大学)「中国系移民の複合的な「ホーム」:あるミャンマー帰国華僑女性のライフヒストリーを事例として―」
研究成果

平成25年度は、本研究会のテーマである「帰還」、「故郷」、「生活世界」のうち、「生活世界」に重点を置き、ゲストスピーカーを含む5名が報告を行った。
第一回研究会では、在日ブラジル人・在外ブラジル人の生活世界について、渡会とイシが、個人・ローカルレベル並びに集団・トランスナショナルレベルから「自己実現」をキーワードに報告が行われた。帰還移民が何らかの自己表現・自己実現のツールを手に入れることにより、自らの生活世界を創造していくことは、新たな居場所・「故郷」を見出すことにつながること等が議論された。
第二回研究会では、山田がドイツにおける第二次世界大戦終結直後に東欧地域から強制追放されたドイツ人(被追放民/ハイマートフェアトリーベネ)と、これ以降に東欧からドイツへ移住した「ドイツ人」(アウスズィードラー、シュペートアウスズィードラー)を対象とし、それらが生じる歴史的背景の整理を踏まえ、帰還後の彼らの生活世界を描写・考察した。引き続き比留間が、在日ベトナム難民二世のラップ歌手―「MCナム」のエンターテイメントの調査を基に、故郷が議論された。最後に奈倉が、1969年にミャンマーから中国へ「帰還」した帰国華僑女性とその家族のライフヒストリーをもとに、ある特定の土地に所属意識を見出すことができず、土地と所属意識の結びつきから抜け落ちる人の「ホーム」について考察された。

2012年度

(1)4月下旬:第2回目研究会開催。
発表者(1):市川哲「生まれの故郷、祖先の故郷―オセアニア華人の『帰還』現象について」(仮題)
発表者(2):松田ヒロ子(ゲストスピーカー)「台湾と沖縄を移動する人々からみた『帰還』、『故郷』」(仮題)

(2)7月中旬:第3回研究会開催。
発表者(1):足立綾「アルジェリア出身のフランス人引揚者『ピエノワール』の故郷認識」
発表者(2):松浦雄介(ゲストスピーカー)

(3)11月中旬:第4回研究会開催。
発表者(1):飯島真里子
発表者(2):ゲストスピーカー交渉中

【館外研究員】 足立綾、飯島真里子、市川哲、大川真由子、比留間洋一、山田香織、渡会環
研究会
2012年4月21日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室) 研究会記録
奈倉京子(静岡県立大学)「前回の議論の整理」
市川哲(立教大学)「親族・家屋・墓地―パプアニューギニア華人にとっての帰郷にまつわる観念と実践」
松田ヒロ子(学術振興会PD・上智大学)「植民地台湾を生きた沖縄人:歴史・記憶・表象」
2012年7月29日(日)11:00~16:45(国立民族学博物館 第7セミナー室) 研究会記録
松浦雄介(熊本大学)「アルキの《帰還》とフランスのポスト植民地主義」
足立 綾(東京大学)「ピエ・ノワールの《帰還》と《故郷》」
2012年12月9日(日)11:00~16:30(国立民族学博物館 第3セミナー室)研究会記録
浅川晃広(名古屋大学)「北朝鮮帰還事業と戦後日本人概念」
飯島真里子(上智大学)「帰還移民の戦争体験と記憶:フィリピン引揚者を事例として」
研究成果

2012年度は3回の研究会を行い、ゲストスピーカーを含む6人が報告を行った。研究会の中で、まず「帰還」概念について、対象国の行政用語・法律用語での呼称や位置付けられ方、当事者の語りを通してみた自己認識の仕方、研究者など第三者の捉え方について整理を行い、誰が「名づける」のか、誰が「名乗る」のかに注意しながら比較検討を重ねた。加えて、植民地からの人の移動を表す場合に用いられる傾向にある「引揚」という語を「帰還」と同じ意味で使用してよいのかという問題も提起された。
次に、「入植型帰還移民」の経験に関する事例報告を通して、当事者の経験は「ホスト社会」においてどのように公共的な記憶として想起されるのか、「不可視的移民」とも呼ばれる帰還移民はいかにして可視化されるのか、集合的アイデンティティはどのように形成されるのか、といった問題についてディスカッションを行った。これに付随して、国民国家や国民がもつ両義性についても議論された。

2011年度

研究会を2回(11月、2月予定)開催する。初回は、代表者の奈倉が研究会の趣旨と人類学における帰還移民研究の概要を説明する。また目指される研究枠組みについて、各参加メンバーと方向確認・意見交換を図る。第2回目は、帰還移民を人類学的に研究する意義を、ポストコロニアリズムの観点から大川氏に、帝国史研究との関係から歴史学者の飯島氏に報告していただく。初年度は以上の活動を通じて、翌年以降の研究会の土台作りをおこなう。

【館外研究員】 足立綾、飯島真里子、大川真由子、比留間洋一、山田香織、渡会環
研究会
2011年11月12日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室) 研究会記録
趣旨説明:奈倉京子(静岡県立大学)
研究紹介
問題提起:大川真由子(東京外国語大学)
ディスカッション:全員
研究成果

人類学における帰還移民研究の位置づけを確認し、また目指される研究枠組みについて、各参加メンバーと方向確認・意見交換を図った。さらに、本共同研究の分析概念となる「帰還」、「帰還移民」の定義について再検討をし、「定住を前提とする」という点を緩く捉えていくことにした。「帰還」は、定住を伴う「帰還」、必ずしも定住を伴わないが、頻繁な往復ではなくルーツ探しを目的とした一過性の「帰還」、または第三国への再移住といった、定住の周辺も事例とし、移住先国で生まれ育った二世代以降の移民が「帰還」という現象がどのように捉えられているかということを考察していく。
今後は、「帰還」、「故郷」の概念化を図るうえで、当事者にとって何が本質的な要素となっているかに留意し、各自の事例報告に基づいて、「帰還」概念を整理し、最終的に「帰還移民」の姿をあぶりだしていくという方向を共有した。