中国の社会変化と再構築――革命の実践と表象を中心に
目的
本研究会は中国の近代史を貫通する最も重要なキーワードの一つである革命とその実践を人類学の研究対象とする。中華人民共和国誕生以降、社会主義体制が確立され、従来の社会構造、法制度、文化、芸術、宗教信仰に大きな変化を及ぼしたと同時に、社会主義革命はイデオロギー化され、日常的実践を通して、中国社会に根を下ろし、近代史の中でもう一つの伝統を作り上げている。社会主義市場経済の体制に移行した今でも、社会主義革命の歴史と実践は風化したのではなく、観光や芸術などの分野で形を変えて表象され、消費されている。
そこで本研究は人類学、民俗学、歴史学、社会学、文学、民族音楽学の研究者が集まり、ケース・スタディを通して、社会主義革命が生み出した伝統とそれ以前の伝統との断絶性と連続性を取り上げ、辛亥革命を含む中国近代史における革命の意味とその実践を考察する。
本研究は中国の社会主義革命の実践と表象に関する基礎的、かつ総合的な研究であり、革命による国民国家と大衆文化の生成のモデル構築に寄与するものである。
研究成果
本研究会は、はじめて世界人口の四分の一を動員した20世紀の中国革命とその実践と表象を人類学の研究対象とし、それをめぐる学際的研究の場の創出を可能にした。具体的に以下の三つの問題点に重点を置きながら中国の社会主義革命の意味と本質を検討した。
(1)革命による社会変化と持続性
まず、研究班のメンバーは民間信仰、宗教儀礼、民間芸能、親族制度、命名法、葬儀と墓制などの旧い慣習に焦点を当てて、国民党政権と共産党政権による諸政策を比較し、西洋的近代化、ロシア革命、社会主義国民国家の形成過程とグローバル化の視野から一般民衆、聖職者、芸能関係者、映画人、中央・地方政府による革命的実践と近代化の実態を報告した。
(2)革命による新たな理念、制度、英雄像、演劇、服装と民俗の形成と変化
班員たちは辛亥革命や社会主義革命にみられる服飾理念の変化と国民服の形成、革命精神と倫理の象徴とされる新しい英雄像の形成、革命模範劇の政治性・芸術性・モダンネィティ、プロパガンダと現代アートからみた中国人の身体観などを検討した。
(3)グローバルな時代における革命の記憶と構造転換
社会主義イデオロギーを具現化する道徳的アイドルである「雷鋒」と共産党政権のシンボルである毛沢東のイメージとそれにたいする年齢層・階層の記憶の変化を取り上げ、中国文化論、ナショナルな記憶と国家の演出の視点から議論した。また、観光を表象の生産と消費という観点から捉え、革命の歴史、革命精神の記念地等を観光対象とする「紅色旅游」を取り上げ、革命表象を消費対象として志向する層を考察した。青島と北京の事例にもとづき、グローバル化にともなう都市部の人口移動と社区の構造変化を分析して、社会主義国家の枠組みの中で大都会の地域社会のあり方とその変化の行方を検討した。
韓国と中国の人類学者を特別講師として迎え、中国に関する人類学研究の歴史と最新動向について発表してもらい、率直で活発な議論を通して東アジアの比較の視点から中国研究の新たな可能性を探った。
2006年度
18年度は5回の研究会を開催する予定である。初年度は、文化大革命期の服飾理念とその実態、革命精神のシンボルである英雄像の形成、プロパガンダ芸術の三つの側面から、革命の実践と表象の多様性と本質を討論し、問題点を整理した。
次年度は革命による祖先観・霊魂観、葬礼、家族・親族関係、命名法の変化、「花児」という民間芸能への国家参入、革命模範劇の発生と復興、年齢・学歴・収入による観光地選好と革命の観光商品化などの諸点について、人類学や音楽学的視点から検討し、20世紀の中国社会に起った革命及び革命による社会変化の実態を把握することができた。
今年度はこれまでの議論と問題点を整理して、社会主義革命による父系原理、社会主義国民国家の形成と地域社会の再構築、社会主義理念に基づいた諸概念、新しい社会の理想な人間像が凝縮している『雷鋒』精神の形成と伝播、伝統芸能と革命の実践、ノスタルジアと消費の対象としての革命の歴史を分析する予定である。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、新免光比呂、塚田誠二、横山廣子 |
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【館外研究員】 | 東美晴、井口淳子、汪暁華、小熊誠、何彬、佐々木衛、謝茘、周星、徐素娟、秦兆雄、瀬川昌久、薛羅軍、武田雅哉、田村和彦、西澤治彦、聶莉莉、潘宏立、深尾葉子、牧陽一、渡邊欣雄 |
研究会
- 2006年4月22日(土)13:30~(大演習室)
- 謝茘「霊魂救済の実践及び表象 ─ 1990年代以降の四川地域の事例を中心に」
- 佐々木衛「コメント」
- 武田雅哉「”雷鋒おじさんに学ぼう!”の図像学」
- 薛羅軍「コメント」
- 2006年10月6日(金)14:00~(大演習室)
- 金光億「現代の中国社会に関する韓国の人類学的研究」
- 発表要旨
- 王建新「共通の運命・異なる人生 ― 中国イスラム指導階層のライフヒストリーからみる革命と社会変化」
- 発表要旨
- 2006年12月9日(土)13:30~(大演習室)
- 井口淳子「声と音のなかの革命─農村の曲芸(語り物)現代書目を中心に」
- 韓敏「儀礼・表象・シンボル─毛沢東生誕110周年の記念行事を中心に」
- 2007年2月9日(金)13:30~(第1演習室)
- 周星「唐服・漢服・「漢服」運動――中国社会の「民族服装」の最新動態」
- 塚田誠之「広西における「改良風俗」政策について」
- 2007年2月10日(土)10:30~(第1演習室)
- 佐々木衛「現代中国におけるグローバル化と構造転換」
- 2007年3月13日(火)13:30~(第2演習室)
- 横山廣子「中華人民共和国における民族音楽・民族舞踊というカテゴリーに関する一考察 ─ 革命の表象と実践をめぐって」
- 渡邊欣雄「Sociological Anthropology としてのCommunity Study ─ 北京社区建設の事例」
- 2007年3月14日(水)10:00~(第2演習室)
- 西澤治彦「映画の中の文化大革命─中国ニューシネマは「文革」をどう描いてきたか?」
- 深尾葉子「陝北における調査を回顧して ― 現代に生きる革命の語り」
研究成果
18年度の研究会は、以下の三つの問題点に重点を置きながら中国の社会主義革命の意味と本質を検討した。
(1)民間信仰、曲芸(語り物)、「民族音楽」と「原生態」概念、映画、服装、国民党政権と共産党政権による民俗改造の政策に焦点を当てて、西洋的近代化、ロシア革命、社会主義国民国家の成立過程とグローバル化における一般民衆、聖職者、芸能関係者、映画人、中央・地方政府の革命的実践の実態を報告した。
(2)社会主義イデオロギーを具現化する道徳的アイドルである「雷鋒」と共産党政権のシンボルである毛沢東のイメージとそれにたいする年齢層・階層の記憶の変化を取り上げ、中国文化論、国民国家のナショナルな記憶と国家の演出の視点から議論した。
(3)青島と北京の事例にもとづき、グローバル化にともなう都市部の人口移動と社区の構造変化を分析して、国家の枠組みの中の地域社会のあり方とその変化を検討した。 また、韓国と中国の著名な人類学者を特別講師として迎え、海外における中国の人類学研究の歴史と最新動向について発表してもらい、率直で活発な議論を通して東アジアの比較の視点から中国研究の新たな可能性を探った。
2005年度
【館内研究員】 | 小長谷有紀、塚田誠二、横山廣子 |
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【館外研究員】 | 東美晴、井口淳子、汪暁華、小熊誠、何彬、佐々木衛、謝茘、周星、徐素娟、秦兆雄、瀬川昌久、薛羅軍、武田雅哉、田村和彦、聶莉莉、西澤治彦、潘宏立、深尾葉子、牧陽一、渡邊欣雄 |
研究会
- 2005年4月23日(土)13:30~(特別研究室)
- 秦兆雄「個人から見た漢人親族」
- 瀬川昌久「コメント」
- 王愛静「中国青島における社会的・文化的変容と名づけの実践」
- 聶莉利「コメント」
- 2005年6月11日(土)13:30~(大演習室)
- 徐素娟「「民間文化」への国家参入と民間文化の再構築─中国甘粛省蓮花山花児会における変容を通して」
- 周星「コメント」
- 田村和彦「中国の葬儀改革にみる「革命」の実践─連続と断絶を中心に」
- 横山廣子「コメント」
- 2005年10月15日(土)13:30~(大演習室)
- 何彬「文革前後の葬式・死者祭祀からみる祖先観・霊魂観 ─ 北京の調査にもとづいて」
- 東晴美「産業化と社会層構造の変容─上海人の観光地選好の分析を通して ─」
- 韓敏「コメント」
- 2005年12月3日(土)13:30~(大演習室)
- 潘宏立「通過儀礼・宗族・国家 ─ 福建省南部農村の現地調査から」
- 小熊誠「コメント」
- 薛羅軍「よみがえりつつある革命模範劇の音楽」
- 井口淳子「コメント」
研究成果
17年度において、4回の研究会を開催した。
初回は2005年4月23日(土)に開催され、前半において、秦兆雄氏は個人の視点から従来の漢族社会の父系出自に関する研究を再検討して、建国以前、社会主義集団化時期、市場経済時期の三つの段階における父系親族集団、宗族の祭祀活動および宗族内婚の出現を比較し、社会主義集団化よりも市場経済の方が父系親族集団に与えた影響が大きいと結論した。後半において特別講師の王愛静氏が「名付けの戦略--中国の青島における社会・文化変容と名づけの実践」について発表し、特に女性の名前の付け方と宗族の族譜における女性の名前の記述の変化を指摘した。研究班の全員で建国後の宗族の組織とその原則の変化と持続、リーダシップと地域の権威との関連性、名づけにおける「祖先回避」と「祖先回帰」といった中国と日本の違い、名づけにおける親子関係や宗族との関係を議論した。
第二回研究会は2005年6月11日に開催され、前半において班員の徐素娟氏が「民間文化への国家参入と民間文化の再構築―甘粛省蓮花山花児会における変容を通して」について発表し、従来国家領域と違う「民」の領域に存在してきた「花児会」への国家参入の過程および国家参入によって民間芸能に起きた変化を考察した。後半においては、田村和彦氏は、「中国の葬儀改革にみる革命の実践―連続と断絶を中心に」について発表し、清末、民国、社会主義中国の国家による葬儀改革の変遷の諸相を取り上げた。
第三回研究会は2005年10月15日に開催され、何彬氏は「文革前後の葬式・死者祭祀からみる祖先観・霊魂観――北京の調査にもとづいて」について研究発表を行い、八宝山革命公墓などの事例を通して葬儀と墓地にみる国家の死の制度化を検討した。東晴美氏は大量な統計データに基づき「産業化と社会層構造の変容―上海人の観光地選好の分析を通して」について報告し、年齢・階層化、趣味・嗜好の観点から観光地選好の分析を行い、革命遺産をめぐる「紅色旅遊」に注目し、その担い手について考察した。
第四回研究会は12月3日に開催され、潘宏立氏は「通過儀礼・宗族・国家--福建省南部農村の現地調査から」について報告して、葬儀と婚儀を中心とする通過儀礼、宗族組織および国家の相互作用の諸相を取り上げ、伝統文化に対する国家の影響力を分析した。後半において、薛羅軍氏は「みがえりつつある革命模範劇の音楽」について、文化大革命中に中国全土に広まった革命模範劇の音楽の形成とその後の変容、革命模範劇に対する一般人の想い、中国の民族音楽史における革命模範劇の位置づけを検討した。
研究成果の概要
17年度の研究会は、個人・親族・共同体・階層・地域社会・国家などの複合的視点から父系社会の組織とその原理、名づけ、葬儀、墓地、芸能と観光に焦点を当てて、辛亥革命以来の100年近代史の中で革命の実践と表象について学際的研究を行ってきた。
具体的に社会学的統計・アンケート調査、人類学的聞き取り調査、民俗学などの方法論で宗族の組織と制度上の変化と持続、名づけ行為の変化、国家による「死」の制度化、国民国家の建設における芸能の役割、大衆観光における「紅色旅游」の側面から近代中国における革命の実践と表象の実態と多様性を討論した。
議論を通して「名づけ」の実践の変化が政治的・社会的・経済的変化との関連性が明らかにされ、革命模範劇の政治性・芸術性・モダンネィティが討論された。そして宗族、葬儀、芸能の変化を研究する際に、国家と社会の二項対立という視点の限界、政府部門の細分化、国家と社会の融合の視点、台湾や海外の華人華僑というグローバルの視点の必要性が指摘された。また、近年国家旅游局が作り出した「紅色旅遊」に関しては、エコツーリズム(緑色旅游)、史跡訪問、リゾートや娯楽、探検、スポーツを目的とする観光との関連性を議論した。
2004年度
1949年中華人民共和国誕生以降、社会主義革命が進行し、社会主義体制も整備され、従来の社会構造に大きな変化がもたらされた。社会主義革命はイデオロギー化され、制度の確立、日常的実践を通して、中国社会に根を下ろし、近代史の中でもう一つの伝統を作り上げ、国家を中心とする大衆文化を形成してきたといえる。
1978年以降、中国は社会主義市場経済の体制に移行し、グローバライゼーションの動きに巻き込まれているが、社会主義革命は完全に過去の歴史と化したのではなく、観光や芸術などの分野で形を変えて表象され、消費されている。
具体的なケース・スタディを通して、ミクロな視点から、社会主義革命が生み出した伝統とそれ以前の伝統との断絶性と連続性を明確にし、中国百年の近代史における社会主義革命の意味、革命の実践と記憶を、人類学、民俗学、歴史学、社会学、文学などの学際的研究によって明らかにしたい。
【館内研究員】 | 小長谷有紀、塚田誠二、横山廣子 |
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【館外研究員】 | 東美晴、汪暁華、小熊誠、何彬、阮雲星、佐々木衛、周星、徐素娟、秦兆雄、瀬川昌久、薛羅軍、武田雅哉、田村和彦、聶莉莉、西澤治彦、潘宏立、深尾葉子、牧陽一、渡邊欣雄 |
研究会
- 2004年10月23日(土)13:30~(大演習室)
- 韓敏「研究会の趣旨説明」
- 全員「メンバーの自己紹介と抱負」
- 汪暁華「「文化大革命」期の服飾文化の形成と変遷」
- 西澤治彦「コメント」
- 2004年12月18日(土)13:30~(大演習室)
- 聶茉莉「英雄模範の「為人民服務(じんみんにほうしする)」 ─ ディスコース分析から見る全体主義下の個人と「人民」」
- 武田雅哉「コメント」
- 牧陽一「プロパガンダと中国現代アート」
- 何彬「コメント」
研究成果
本研究会は、はじめて革命とその実践を人類学の研究対象とし、それをめぐる学際的研究の場の創出を可能にした。
具体的にテキスト分析、聞き取り調査、アンケート調査などの方法論で文化大革命期の服飾理念とその実態、革命精神の象徴とされる英雄像の形成と、プロパガンダと現代アートからみた中国人の身体観の三つの側面から、革命の実践と表象の多様性と本質を討論した。文化大革命を含む中国近代の服装改革は、新政府の権威、あるいは政府の新たな決意を視覚的に表す有効な手段であり、文化大革命期における一般人の軍服と軍便服の着用は革命性や政治性の服飾による表現であることが明らかにされた。また、英雄像に見られる道徳論、「人民」、「国家の主人公」、「われわれ」、「個人」の概念カテゴリーも取り上げられ、模範的個人を組織的に作り出す制度と実践の過程についても検討された。最後に、「鉄の娘」が象徴するような画一化した女性像の特徴が旧ソ連の女性の表象と関連して考察され、社会主義プロパガンダにおける女性表象の共通点などが議論された。