国立民族学博物館所蔵資料の総合的保存管理:システム構築にむけての基礎的研究
目的
本共同研究は、博物館資料の「保存管理」と「有効活用」の両立をめざしており、その遂行においては文化資源プロジェクト「有形文化資源の保存管理システム構築」と密接に連携している。共同研究では、本館の所蔵資料が直面する保管環境、保存対策、収納方法に関する問題のなかから緊急性を有するものを優先的とりあげ、解決策をみいだすための基礎研究をおこなう。文化資源プロジェクトでは、共同研究で得られた成果をもとに、実用化をめざした大規模実験や開発研究をおこなう。そこで得られた結果は、再び共同研究の場において評価し、成果のさらなる発展をめざす。
研究成果
本研究では、本館が所蔵する各種資料を対象に、その保存と活用の両立を目指し、資料保存に関する緊急課題の解決策をみいだすことを目的にしている。研究内容は、資料の保存環境、資料の保存対策、資料の保管方法、に大別できる。
資料の保存環境では、殺虫殺菌剤としての臭化メチル製剤の2004年末全廃を受け、代替手法の研究開発とともに、資料の保存管理システムの構築に努めた。防虫対策と殺虫処理を有機的に結びつけながら、方法論の開発という研究にとどまらず、対応策の日常的実践という業務までを連携させることを重視した。防虫対策では、長期的に比較可能なデータとするために、資料点検、事故報告、生物生息調査分析、それぞれの手法を見直し、総合的に連動させた。殺虫処理では、資料の材質、害虫の種類、虫害の発生状況や規模、処理に要する時間などを考慮した上で、複数の殺虫処理法を使い分ける方針を打ち出した。これらの研究成果をもとに、2007年、既存収蔵庫の改修と高低温処理庫の新設が実現した。
資料の保存対策では、酸性紙図書資料の保存対策に取り組んだ。脆弱化した紙を径の異なる棒に巻くことで劣化度を評価するローリングテストを考案し、各種物性テストと化学分析結果との相関を検証した。紙の強化処理では、紙と化学的組成の近いセルロース誘導体のうち、溶剤に溶けるものは溶液として、水性のものは少量の水に溶かしアルコールに分散させることで、乾きが早く、資料にシワや波打ちを生じさせずに強化処理法を開発した。脱酸性化剤を添加することで、脱酸性化の効果も期待できた。吹きつけ法での塗工が可能なため、毎葉資料、冊子資料ともに対応できるという特徴を持つ。これらの研究成果により平成19~21年度の科学研究費補助金を得ることができ、さらなる研究の発展を目指している。
資料の保管方法では、研究者が調査しやすく、資料にとって安全な保管方法の考案、および、保管に使用する材料に関する研究をおこなった。資料の大きさや形態に応じた収納方法のプロトタイプを作成し、順次、本館の収蔵環境改善に応用している。
本共同研究の遂行においては、本館の文化資源プロジェクト「有形文化資源の保存管理システム構築」と密接に連携させることで、理論と実践がともなうようにしている。共同研究では基礎研究を行い、文化資源プロジェクトでは共同研究の成果をもとに、実用化をめざした大規模実験に取り組む。そして、文化資源プロジェクトで得られた結果を再び、共同研究の場で議論し評価した。
2007年度
研究成果とりまとめのため延長(1年間)
【館内研究員】 | 久保正敏、小林繁樹、近藤雅樹、園田直子、日高真吾 |
---|---|
【館外研究員】 | 青木睦、大江礼三郎、大谷肇、岡山隆之、金山正子、木川りか、斉藤明子、関正純、増田勝彦、村本聡子、和田浩 |
研究会
- 2007年6月3日(日)11:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 「紙の資料保存について」
- 2007年12月16日(日)11:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 大谷肇「熱分解分析法と各種劣化度測定法の比較」
- 全員「ローリングテストの実施計画」
- 2008年1月25日(金)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 出版最終打ち合わせ
研究成果
本年度は、資料の保存対策に関わる研究に中心的に取り組んだ。紙資料を、非破壊で劣化度評価する手法として考案したローリングテストの実施条件を精査するとともに、セルロース誘導体による強化処理法の開発をさらに進めた。また今までに蓄積した調査結果や新しい知見をひろく社会に還元するために、共同研究者それぞれの専門を生かしながら、図書館や文書館等で実際に働いている人々に実践の場で役立つような本の2008年度中の発行を目指して、最終準備に取りかかっている。
2006年度
下記の3テーマを研究の軸とする。
・資料の防虫黴対策:博物館の虫害対策で汎用的に使用されていた臭化メチル製剤は、オゾン層破壊物質として2004年末をもって生産全廃となった。代替の手法や薬剤の開発研究とともに、環境整備を含めた総合的な視点から資料の保管システムの基礎を構築する。
・資料の保存対策:経年により劣化がすすみ、有効活用にあたっては、何らかの保存処理が必要な資料がある。とくに脆弱化した図書資料を対象に、資料のオリジナル性を尊重しながら、有効かつ安定性のある手法をみいだすべく、先行事例や基礎実験の評価をおこなう。
・資料の保管方法:資料を安定した状態で長期間保管でき、かつ研究者が調査しやすい資料の保管・収納方法、保管環境、保管・収納のための材料に関する研究をおこなう。
今年度開催予定の研究会で(※)印のものは、人間文化研究機構連携研究:文化資源の高度活用「有形文化資源の共同利用を推進するための資料管理基盤形成」との合同研究会とする。
【館内研究員】 | 久保正敏、小林繁樹、近藤雅樹、日高真吾 |
---|---|
【館外研究員】 | 青木睦、大江礼三郎、大谷肇、岡山隆之、金山正子、川本耕三、木川りか、斉藤明子、菅井裕子、関正純、伊達仁美、増田勝彦、村本聡子、和田浩 |
研究会
- (※)2006年5月22日(月)13:00~(大演習室)
- 「生物生息調査結果の分析手法について」
- (※)2006年5月23日(火)10:00~(大演習室)
- 「国立民族学博物館における環境整備と資料管理の実際:館内施設見学」
- (※)2006年6月7日(水)13:30~(第4演習室)
- 「博物館で使用する材料のマテリアル・テストについて」
- 2006年7月9日(日)11:00~(第4演習室)
- 「経年劣化図書のローリング・テスト:その結果と評価」
- 2006年8月28日(月)11:00~(大演習室)
- 「経年劣化図書のローリング・テスト」
- 2006年9月8日(金)14:00~(第4演習室)
- 「博物館・美術館で使用する材料について」
- 2006年10月29日(日)11:00~(大演習室)
- 「ローリング・テストの実施方法について」
- 「経年劣化図書(BPP)各種官能テスト結果の相互比較と評価」
- 2006年11月21日(火)13:30~(第3演習室)
- 日高真吾「加温二酸化炭素処理予備実験中間報告」
- 二俣賢「加温二酸化炭素の殺虫効果について」
- 板橋亨「可搬型二酸化炭素処理システムの調湿方法について」
- 2007年1月14日(日)11:00~(大演習室)
- 「紙の劣化度判定における各種官能テストと科学的手法の関連性」
- (※)2007年1月26日(金)13:30~(第4演習室)
- 「博物館における生物生息調査データ分析およびマッピングの手法について」
- 「来年度の優先課題」
- 2007年3月18日(日)11:00~(第4演習室)
- 紙の劣化度反低における各種官能テストと科学的手法の関連性(続き)
研究成果
本館の所蔵資料(民族資料、映像・音響資料、図書資料)の多様性を反映して、多岐にわたる研究を進めてきた。資料の保存環境整備ではとくに生物被害対策を研究テーマとし、人間文化研究機構連携研究:文化資源の高度活用「有形文化資源の共同利用を推進するための資料管理基盤形成」との合同研究会を通じて、新しい生物生息調査結果の分析システムを構築した。資料の保存対策では、経年により劣化が進行し、有効活用に支障が生じている図書資料の劣化度を相対的に評価する手法、および、劣化度に応じた強化処理法の開発に取り組んだ。資料の保管・収納方法に関しては、昨年度にひきつづき、熱分解分析法を、博物館で使用する材料の選択規準として応用する可能性を追究しており、そのための基礎分析データの蓄積、整理、データベース化を進めた。
2005年度
【館内研究員】 | 久保正敏、小林繁樹、日高真吾、増田久美 |
---|---|
【館外研究員】 | 青木睦、大江礼三郎、大谷肇、岡山隆之、金山正子、木川りか、斉藤明子、菅井裕子、関正純、伊達仁美、増田勝彦、村本聡子、森田恒之、和田浩 |
研究会
- 2005年5月8日(日)10:30~(第3演習室)
- 関正純「セルロース誘導体による紙資料の強化処理:スプレー法と含浸法による効果の差」
- 園田直子「紙資料の大量強化処理:今後の研究のすすめ方」
- 2005年6月26日(日)10:30~(第3演習室)
- 増田久美「資料保存のための包材の選択からプロトタイプ作成まで」
- 2005年7月31日(日)10:30~(第3演習室)
- 関正純「上紙資料の大量脱酸性化処理および強化法の確立」
- 粕谷夏基「セルロースの化学 ─ 誘導体化の基礎」
- 2005年10月2日(日)13:30~(第3演習室)
- 日高真吾「ICOM-CC ハーグ大会報告」
- 村本聡子「ドイツ・オランダにおける大量脱酸性化処理の状況調査報告」
- 青木睦「アーカイブズの劣化度調査について」
- 2006年1月29日(日)13:30~(第3演習室)
- 「セルロース誘導体による紙の強化実験の進捗状況」
- 2006年2月13日(月)10:30~(第4演習室)
- 井口智子「名古屋ボストン美術館における展示材料の選択方法」
- 園田直子「収蔵・展示に使用する材料選択:国立民族学博物館での試み」
- 2006年3月11日(土)13:30~(大演習室)
- 「経年劣化図書の劣化度評価」
研究成果
保管環境および収納方法に関しては、資料を安定した状態で長期的に保管することに焦点をあて、保管に使用する包材の選択基準をみいだす研究に着手した。本館で使用している、あるいは、使用予定の包材を選び出したうえで、これらの材料が、長期的に資料と接触しても安全であるかどうかを判断する手法として熱分解分析法の可能性を追究している。
保存対策では、とくに冊子状の図書資料を対象に大量強化処理法の開発を引き続きおこなっており、その成果の一部はすでに論文で発表した。また、劣化度を評価する新しい手法の試行を始めており、現在、その評価をおこなうためにサンプル数を増やした実験が進行中である。
共同研究会に関連した公表実績
Masazumi Seki, Naoko Sonoda, Tsuneyuki Morita and Takayuki Okayama, "A New Technique for Strengthening Book Papers Using Cellulose Derivatives" Restaurator, 2005, 239-249
2004年度
【館内研究員】 | 久保正敏、小林繁樹、日高真吾、増田久美(研究機関研究員) |
---|---|
【館外研究員】 | 青木睦、大谷肇、岡山隆之、木川りか、斉藤明子、菅井裕子、関正純、伊達仁美、森田恒之、和田浩 |
研究会
- 2004年10月2日(土)13:30~(第3演習室)
- 「問題提起:資料の保管システム及び保管に使用する材料について」
- 2005年1月8日(土)10:30~(第1演習室)
- 森田恒之「英国議会資料をもとにした官能テストと紙力測定の相関」
- 大谷肇「劣化紙の熱分解ガスクロマトグラフィーによる分析」
- 2005年1月26日(水) / 27日(木) / 28日(金)10:30~(図書室)
- 大江礼三郎「英国議会資料の紙質調査」
- 2005年2月14日(月) / 15日(火) / 16日(水)10:30~(図書室)
- 大江礼三郎「英国議会資料の紙質調査」
- 2005年2月22日(火)13:30~(第3演習室)
- 神庭信幸「Oddy Testについて」
- 大谷肇、園田直子「包材の材質調査における熱分解分析法の可能性」
- 2005年3月6日(日)10:30~(第1演習室)
- 岡山隆之、関正純「セルロース誘導体による紙資料の強化処理;脆弱度の異なる紙サンプルを用いた実験結果」
研究成果
資料の防虫黴対策の一環として、虫害の早期発見を可能にするとともに、資料を安定した状態で長期的に保管する方法に注目した。その際、研究者が簡便に調査しやすいような保管方法であることにも留意している。具体的には、現在本館で使用している、あるいは、使用予定の包材を選び出した後、これらの材料が長期的に資料と接触しても安全であるかどうかを判断する手法として熱分解分析法の可能性を検討し、分析結果の解析をおこなっている。
資料の保存対策としては、とくに冊子状の紙資料を対象に、大量強化処理法の開発を進めている。各種セルロース誘導体の可能性と限界を見きわめるとともに、塗布方法の改良を課題とし、スプレー法および浸含法、それぞれの効果を実験的に評価した。さらには、紙の劣化進行度を評価する手法の開発を進めている。